2.夕風に揺れる髪に

 夕方の赤くなってきた陽光が眩しい放課後の教室。その窓際真ん中あたりの席で、わたしはグラウンドと教室の中とを交互に見ていた。

 ていうか、えっ? どういうこと?

 慌てて覗き込んだ和田わだの顔にも、いつもの余裕を装うようなヘラヘラした笑い顔は見当たらない。小さい声で「うーわ、やべ」と言いながらキョロキョロ目を泳がせているその顔はほんのり赤くなって見える。


 えっ、じゃあ何?


 さっきまくし立てるように言われたことに混じって聞こえたこと――和田がわたしのことを好きっていうのは、聞き間違いとか誤解とかではなくて、本当に、わたしが思ってる意味でのなの?


「マジですか?」

「マジですが?」

 いつも通り人をからかうような返し方だけど、その声がどこかせわしないように聞こえるのは、何だろう、わたしの心が忙しいから? 「ん?」とか「え?」とか、とにかく心の中でクエスチョンマークが止まらない。

 いや、だって、ね。

 ありえなくない?


 和田とは確か小学校に入ったときに出会って、それから何やかんやで一緒にいるけど、うん。とりあえずそんな目で見たことはない。


 何だろう。

 とりあえず一緒に遊び過ぎて男の子とかそういうんじゃなくて性別越えた親友っていうか、そもそも何でも見透かしたような態度とか嘘くさい笑顔を振り撒きながら毒ばっかり吐いてるところとかけっこう皮肉っぽいところとか空気読めないというか読もうとしないところとか、もう何だろう、とりあえずわりと最悪な人間性を知っていると、とても恋人にしようとか思えない。

 笑顔が可愛らしかった小学1年生。

 第一印象が最高だっただけに、そのあとのギャップでどんどん嫌なやつになっていったというか……、あれ、何でこんなやつと10年近く一緒にいるんだろう。もしかしてわたし、人望ない?


「ん、何かすっげー失礼なことを思われてる気がする」

「さすがはエスパー」

「それ、吉澤よしざわしか呼んでないよ」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ、個性的というか、ね」

「一言余計だよね」

「大丈夫、吉澤のそういうところが僕は好きだから」

「ほんと余計だわ」


 そう、昔から和田は一言余計だ。

 普段から人をからかうような言葉をかけてくるし、それが落ち込んでるときでも変わる気配ないし、そのくせわたしの心に引っかかってるところにもしっかり答えをくれるような言葉も出てくるし、触れてほしくないところにまで律儀に触れてくるし、頼んでもないのにわたしじゃ思いつかないようなアドバイスをしてきたり、半分やけくそになってあれこれしようとしたときには先回りするみたいにいろんな手を打ってたりして、こいつわたしのストーカーなんじゃないのみたいなことも何回思ったことか。

 たぶん、そういうことだ。

 わたしが和田と一緒にいるんじゃなくて、和田がわたしを放っておいてくれてないんだと思う。あぁ、もう。ほんとにめんどくさい。


 だけど、たぶん今が1番。

 あっ、いけね、じゃない! そうなるんだったらもう少し言わないでくれてればよかったのに……!


 そうしたら、こんなに悩んだりしなくてよかったのに。

 本当に、余計なことしかしない――一切、こっちのタイミングとか考えないで。あぁぁ、まったく……。


「じゃ、帰るわ」

 顔を赤くした和田が、教室を出て行く。慌て過ぎたのか、途中で何回か教卓とか机とか、最後には教室のドアにぶつかって躓いたりしながら廊下に出て行った。

 夕方の教室に、やっとグラウンドの音が戻ってくる。

 その音に静寂が塗り潰される前に、一言だけ呟いてみた。


「遅すぎるんだよ、ばーか」

 …………。

 ……。

 ………………。

 うん、よくあるセリフだからって、心にもないこと言ってみても寒いだけだ。けっこうあったかい時期なのに、セリフの寒さとあと単純な恥ずかしさで体が震える。

 あー、ほんとにわかんない。

 近くたって、わかんないことはわかんないもんなんだ。


「あー」


 背中を反って見上げた天井は、相変わらず穴ぽちだらけの味気ない白で。

 あー。

 別に昔好きだっただとか告白してくるの遅過ぎるとかそういうの以前に和田を恋人にしたいなんて思ったこと、なかったんだけどなぁ……。


 先生が来て、補修終わって、帰り道。

 まったく考えもしなかった新しい問題に直面したわたしには、頭上に広がる赤と紺のグラデーションは目に毒な気がした。

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