その話の続きは、いつか。

遊月奈喩多

スタートラインは、遥か後ろに。

1.グラウンドの声は遠くて。

「おっ、今日も居残り組か? 吉澤よしざわもよく真面目に出てるよなぁー」

 忘れ物でもしたんだろうか、静かだった放課後の教室に入ってくるなり和田わだは軽く笑いながらそう言ってきた。「まーねー」と適当に答えて、わたしはまた少し時間を潰すことにした。


「ていうか吉澤ってそんな成績悪かったっけ? 中間とかクラス5位くらいだったじゃん。全然悪くなんかないと思ってたけど」

「うわー、クラス1位の和田くんに言われても嬉しくなーい」

「ストレートな棒読みだなぁ~」


 そんなことを話しながら、何てことないみたいに自然な感じで和田はわたしが座っている席の隣にやってきた。

 ガガガ、と高低入り混じった不快な音を立てながら椅子が引かれて、椅子の背もたれと机を肘置きにするような向きで和田がわたしを見つめる向きで座る。ま、別にどうだっていい。

 どうせこのまま帰ったって暇だから、少しちょっかいを出しに来ただけ。

 そんなところだろう。和田はそういう男だ。


「あのさ」

「ん?」

「こうやって残ってんのって槇野先輩マッキーのこと好きだから?」

「はっ!!???」


 急に鋭いことを言う。和田はそういう男だ。

 咄嗟にわたしの視線は、窓から見下ろすグラウンドで大会前の走り込みをしている槇野先輩に向かっていて。


「うーわ、わかりやす……」

 若干引いたような呆れたような声。それでも顔は笑ってるから始末が悪い。ていうか、何でバレた!? わたしけっこうそういう気持ちが外に漏れないように気を付けてるつもりなのに……!

「まぁまぁ落ち着いて」

 落ち着いてないのは和田のせいだよ!?

 思わず涙目になりながら睨み付けると、苦笑が返って来た。理不尽だなぁこの腐れ縁は! そんなことを思ってるのはどうやら筒抜けみたいで、「そりゃ伊達に十年近く一緒にいないからねぇ」と返ってきた。


「一緒にねぇ……。確かに和田って何かあるといっつもわたしのとこ来てたもんね。高校だって、もっといいとこ受かってたのにこっち来たし」

 不思議なこともあったものだ。

 しみじみと感慨にふけっているとまるでその辺のおじさんになったみたいな気持ちになる。

 そんなわたしを見て「やれやれ」と言いたげな顔をしてから、優しいというか胡散臭いというか、とりあえずわたしに何か言おうとするときに浮かべる表情で話し始めた。


「まぁ、ちっさいときから妙に思い込み激しくて猪突猛進っていうか立ち止まれないっていうか、何かを思い立ったらちょっとやそっとの失敗じゃ止まろうともしないし、勢い任せで後悔することめっちゃ多いうえに同じ失敗を高確率で繰り返すし、その愚痴を聞かせておいて僕の忠告はほとんど無視だし、何ならたまに特に理由のない暴力の矛先にもさせられるし、とにかく危なっかしいし、と言いつつ僕はそういう吉澤が好きだし、まぁそういういろんな理由があってほっとけないな――とか思っちゃったわけだよね」


 まぁ、そんな長い台詞をよくもまぁほぼ一息で言えたもんだ。

 ……ん。

 …………んん?


 何か、今……。


「あっ、いけね。言っちゃった」

「えっ?」

「んー、あー。僕さ、吉澤のこと好きじゃん?」

「え、いや初めて知った」

「だよね」


 は、何それ。


 傾き始めた夕陽が差し込む教室を訪れる静寂は、あまりにも重たくて。

 グラウンドから聞こえる部活中の生徒たちの声は、もっとはっきり聞こえてもいいくらいのはずなのに、水の向こうから聞こえてくるみたいに遠かった。

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