アフェランドラのせい


   ~ 二月二十二日(木) 料理ファイナルバウト ~


   アフェランドラの花言葉  素敵な心



 どうにも家事試験の成績が芳しくないというのに。

 いちいち完璧なのと自画自賛するこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は鉢植えの形にして。

 そこに、アフェランドラを株ごと植えているのですが。


 特徴的な模様の葉っぱに、フルーツをおしゃれにカットしたような不思議な黄色いお花。


 昨日ご迷惑をおかけした神尾さんが。

 今日は一日、ひきつった苦笑いを浮かべたまま席を遠ざけていました。


 ……ごめんなさい。



 さて、そんな観葉人。

 おばさんから渡されたお題食材を前に、ごくりと喉を鳴らしていたりします。


「……苦手なの」

「まだ中身も見てないのに、苦手と分かるとはどんなエスパーなのでしょう」


 藍川家のキッチン、そこに置かれたテーブルの上。

 おばさんが、じゃじゃーんなどと声を上げながら置いたのは、発泡スチロールの箱なのですが。


 海産物っぽいですけれど。

 魚をさばくのが苦手という意味ですか?


「これ、開ける時きゅきゅってなるの。苦手なの」

「そっちかい。……まあ、俺も背筋がぞわってするほど苦手ですけど」


 とは言え、片手で耳を塞ぎながら、片手でどうぞどうぞしてくる穂咲に勝てるはずもなく。

 俺が渋い顔を背けながら、発泡スチロールに手をかけると。


「……おお。うまそう」


 中には、車エビが二尾。

 氷の中で、びちびちと動いていたのです。


「まーくんが送って来たのよ」


 まーくん。

 穂咲のお父さんの弟さん。

 太っ腹な人なのです。


「おばさんならフライにする?」

「いえいえ、新鮮だからね。焼いただけってのもいいかも」


 そんな会話をしていたら。

 おばさんと同時にお腹がグー。


 すでによだれが溢れそうな俺たちを。

 穂咲の大声が、我に返すのです。


「大変! こうしちゃいられないの!」


 そう言って、おじさんの部屋に駆け込んだのですが。

 何が大変?


 取り残された俺たちが肩をすくめていると。

 穂咲は、うんしょと声を漏らしながら。

 でかい水槽をキッチンに持ってきました。


 そして水槽に水を張って。

 お塩をざっとぶち込むと。

 びちびち跳ねる車エビを、一匹一匹丁寧にそこへお引越しさせていきました。


「ありゃあ。ほっちゃんは相変わらず予想外なことするわね。そう来ましたか」

「うそでしょ? 飼う気?」

「磯に帰してあげるまで、元気でいて欲しいの」

「磯から来たかどうか怪しいのですけど」


 養殖ものじゃないのかな。

 いや、そんなことではなく。


「……これ、調理しないの?」

「だって、生きてるの」

「じゃあ晩御飯はどうなるのさ」

「カップ麺を作るの。おネギたっぷり入れて」


 鼻歌を歌いながらネギを刻み始めましたけど。

 足元の水槽が邪魔そうですね。



 そんな穂咲を、幸せそうな笑顔で見つめていたおばさんが。

 ぽつりとつぶやきました。


「そう言えば、パパも動くのをさばくのは苦手だったわね。可愛そうだって」

「うわ、言いそう。……でも、河原でキャンプした時に魚をさばいてくれた記憶があるんだけど」


 川魚を、包丁じゃなくてナイフでさばくおじさんがカッコよくて。

 鮮明に覚えているのですが。


「ああ、あれね。泣きながらやってたのよ。ほっちゃんと道久君に、料理を教えなきゃって」


 なるほど。

 それもおじさんらしい。



 ……今は、携帯があるけれど。

 魚のさばき方なんて、調べれば簡単に分かるけど。


 かっこよさとか。

 可愛そうって思った話とか。

 俺たちに教えようとしてくれた気持ちとか。


 そんなものは、携帯からは伝わらないわけで。



 おばあちゃんが来た時に、家庭の味を伝えることの意味を教わったけど。

 レシピと一緒に、学ぶものがあるわけで。

 それは、次へ伝えて行きたいなって思う気持ち。


 おじさんはあの日。

 そんな大切なものを俺たちに教えてくれたんだ。



 胸が一杯になって、目頭が熱くなって。

 そんな俺に、静かな、優しい声がかけられました。


「とんこつとしょうゆ、どっちにする?」

「台無しです」

「そんなことないの。どっちも合格間違いなしなお味なの」


 ああもう、呆れた。

 溜息しか出てきません。


 でも。


 まだ動いているものをさばくのが無理という君の気持ち。

 おじさんから学んだその気持ちを失格にしたくもないわけで。


「……審査委員長。これは、判定どうしましょ?」


 困ったので、おばさんに丸投げすると。

 そのまま綺麗にピッチャー返しされました。


「道久君が決めなさいよ」

「ええ? 俺も半々なので…………」


 どうしよう?

 いっそ、料理と関係ないことで決めようか。


 おばさんと俺の分。

 まだくっ付いたままの割り箸で蓋を留めたカップ麺を。

 慎重にテーブルへ並べていた穂咲に。


 我ながら、変な課題を出しました。


「そうですね。じゃあ、この二匹のエビに名前を付けてあげなさい」

「なにそれ? 変な道久君なの」

「自覚はありますが。そのセンスで合否を決めます」


 そんな俺の話も聞かず、キッチンタイマーをセットした穂咲が。

 ノータイムで命名しちゃいました。


「こっちがゲコ子ちゃんで、こっちがニョロすけ君なの」

「食われる食われる」


 ゲコ子ちゃん、丸のみにされちゃうよ。


「もっと、合うのを考えてください」

「合うもの?」

「そう。こいつらによく合うもの。君の合否がかかってるんだから真剣に」


 ようやく真面目になったよう。

 穂咲はあごに手を当てながら、二匹をじっと見つめます。


 そして、これだとばかり、ぽふんと手を打つと。


「じゃあ、わさび醤油ちゃんとてんぷら粉君なの」


 ……確かに、よく合うけども。

 なんかもろもろ台無しです。


「我ながら完璧なの。合格?」

「不合格です」



 ピピピ

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