ミツマタのせい


   ~ 二月二十一日(水) ミシン ~


   ミツマタの花言葉 意外なこと



「……実に意外なのですが」

「うう。メカは苦手なの。意外じゃないの」


 お昼休み、いつまで待っても教室に帰って来ない人を心配して。

 家庭科室へ足を運んでみた所。


 そいつは神尾さんに付き添われて。

 ミシンと格闘中でした。


 そんな半べそ顔の居残り女子、藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はサイドにきゅっと結んで。

 そこに、ミツマタの枝をぶすっと挿しているのですが。


 淡い黄色のぼんぼりが、三つに割れた枝の先に揺れて。

 ちょっと早めのひな祭りのようなのであります。


 でも、そんな女の子のお祭りに。

 縫物が出来ない子は参加資格が貰えないと思います。


「どういうことさ? スカートなんか、いつもちょちょいのちょいで作っちゃうでしょうに」

「だから、マシーンが苦手なの。こんなのを軽々と操縦できるみんなは凄いの」


 操縦ってなにさ。


 妙な事を言って、のたのたとミシンに糸をセットする穂咲の横で。

 神尾さんが、お得意の苦笑いで俺を見上げています。


「あはは。あたしには、手縫いでスカートを作れちゃう穂咲ちゃんの方が凄いって思うけど」

「俺も中学時代の家庭科で習ったきりだから、まるで縫物の難しさは分からないのですが。その点には同意です」

「でしょ? だからこいつなんか使えなくても生きていけるの」

「それとこれとは話が別です。課題なんだから、頑張りなさいな」


 俺の応援に文句でもあるのでしょうか。

 こいつは頬を膨らませながら、ミシンにスカートをセットしました。


「いざ! 八回目の挑戦!」

「あはは。そんなに気合い入れちゃダメ。リラックスだよ」

「分かったの! 全力でリラックスして挑むの! ふんす!」


 神尾さんのアドバイスに、逆に気合いを入れた穂咲さん。

 ミシンのスイッチを入れると、かたかたとお母さんの音色と共に。

 真っ白なスカートを送っていきます。


 でも、穂咲は道をまっすぐ歩けない子なわけで。

 どんどんと、縫い目が裾へ向かっていくのです。


「ストップ! ファッションのことは良く分かりませんけど、さすがにそこは縫わなくていいゾーンだと思うのです」

「うう。どうしても曲がってっちゃうの」


 曲がると言うよりは。

 好んで荒野へ飛び出して行くフロンティアスピリットを感じるのですが。


 そんな、しょぼくれた穂咲から。

 神尾さんがスカートを受け取って。

 なにやら先端が二つに分かれた道具を取り出します。


「半分くらいまではできてるから。次はがんばろうね」


 そして穂咲に優しい言葉をかけつつ。

 スカートの表側の糸をさっきの道具でぷちんと切って。

 手早く抜いてくれるのです。


「待つの。裏側はあたしがやりたいの」

「あはは、いいよ」


 神尾さんからスカートを受け取った穂咲が。

 スカートの裏側、糸の端を引っ張ると。

 ぴろろろろっと、面白いように抜けました。


「……確かに面白そうですけど。それやりたくて、わざと失敗しているんじゃないでしょうね?」

「そんなこと無いの」

「じゃあも少し真剣に頑張りなさいよ」

「そうは言っても。文明の利器とはどうにも仲良くできないの」


 やれやれ、屁理屈ばかり。

 いつもなら、もう少しきつく言って頑張らせるところなのですが。


 俺にもミシンなんて扱えないわけで。

 自分が出来ないことを偉そうに言うことなどできません。


「こんなの出来なくても、手で縫うから平気なの」


 そう言って、とうとうスカートを放り投げてしまった穂咲に。

 神尾さんが優しく言葉をかけてくれました。


「でも、デニムとか加工できるから楽しいよ?」

「うう……。それはやってみたいの」

「穂咲、繰り返し練習すればできるようになるかもしれないから。頑張ろうよ」

「分かったの。頑張るの」


 やれやれ、子供に宿題をやらせる親の心境です。

 思わず神尾ママと目配せをして、苦笑いです。


 ……それにしても、気になることを言っていましたけど。

 穂咲、デニムにアップリケとか、よく付けてるじゃない。


「厚手の生地って、手縫いはできないの?」

「できるの。でも大変だから、いつもママがやってくれるの」


 穂咲は、落書きだらけのノートを指で追って。

 さっきもやっていた通り、ミシンの糸を一度外して一からセットしながらそう言ったのですが。


「それじゃあ、急きょ厳しくします」

「なんでなの?」

「おばさん、留守がちになるんだから。ミシンもできるようにならないと」


 そんな言葉に、穂咲は少し寂しそうな表情を浮かべると。

 ミシンに当たるかのように、ぐりぐりと突き始めました。


「……え? 穂咲ちゃんのお母さん、留守になるの?」

「そうなの。東京でお仕事をしてくる日がちょいちょいできそうなの」


 神尾さんも初耳だったようで。

 心配そうな顔を…………、あれ?



 …………なにさ、その花咲く乙女顔は。



「じゃ、じゃあ! その間は、秋山君が穂咲ちゃんのところに泊まり込んで家事するの!?」

「しませんよ。どうしてそうなった」


 ああ、いつものヤツですか。

 ほわあと口を半開きにして、頬を両手で挟み込んでいますけど。

 この、妄想が始まった神尾さんには何を言っても無駄。

 捨て置きましょう。


「ほれ、ミシンに罪はないでしょう。そんなに突きなさんな」

「こいつが全部悪いの」

「黙って君の鬱憤を受け止めてくれるいい奴じゃないですか。悪いのは君の方ですから……、こら。ペンで落書きしなさんな」


 ああもう、備品になんてことするのさ。


 ……『針治療承り〼』?


「こんな高速で打つ必要ないだろ。一日に何万人相手にする気さ」


 あと、貫通しちゃまずいんじゃないか?


「こんな無免許鍼灸師より、あたしの手縫いの方が速いの」

「そんな馬鹿な。……じゃあ、神尾さんと勝負する?」


 俺と穂咲が同時に妄想少女を見つめると。

 神尾さんは、はっと驚きの表情を浮かべて。


「え? なんで秋山君を取り合ってあたしが勝負するの? いらないよ?」

「どうしてそうなりました? そして俺なんか確かにいらないでしょうけど。傷ついたので、問答無用で勝負です」


 穂咲と神尾さんの席を交換。

 そして穂咲が自前の裁縫セットを手にしたところで。


「よーい、どん」


 あたふたとしていた神尾さんも、穂咲の神速の手さばきを見て火がついたらしい。

 もう一枚のスカートをミシンにセットすると、あっという間に縫い上げたのです。


「できた!」

「こっちもなの!」

「……最初のハンデがあったとはいえ、ほんと驚くほど速いね」


 ミシンとほとんど同じ速さとか。

 信じがたい。


「君はミシンの生まれ変わり?」

「いやなの。そいつは敵なの」


 膨れながら、そんなことを言いますけど。

 凄いのです。


 思わず拍手を送ろうとしたら。

 きゃあと声をあげた神尾さんに驚かされてしまいました。


「やだ! これ、糸が入ってないじゃない!」

「え? ……ほんとだ。縫えてない」


 ああ、さっき穂咲が準備の途中でやめちゃったからね。

 一度外したミシン糸が、寂しそうに転がっているのです。


 やれやれと、溜息をついた俺たちですが。

 ひにゃあと声をあげた穂咲に驚かされてしまいました。


「これ、糸を通すの忘れてたの」


 そう言いながら、まったく縫えていないスカートを持ち上げていますけど。


「君はミシンの生まれ変わりなの?」

「いやなの。そいつは敵なの」



 でも、こいつにそっくりです。


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