シャクナゲのせい


   ~ 二月二十日(火) お風呂掃除 ~


   シャクナゲの花言葉 危険



 お風呂に揺れる、体洗い用のポンポン。

 我が家では母ちゃんも豪快にタオル状のあかすりを使うので。

 思わず女性らしさを感じてしまう一品なのです。


 そんな藍川家の浴室で。

 スポンジを片手に、鼻の頭にシャボンを付けた藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、お掃除用にアップにまとめたところに。

 おばさんが面白がって。シャクナゲをすぽんと挿してしまったのですが。


 身を寄せ合って開いた薄紅色のシャクナゲ。

 君がそうして頭を下げると、ポンポンが三つになるのです。



「はあ。……ほっちゃんは、お風呂掃除もへたっぴね」

「まだまだこれからなの。お友達に教わって来たから完璧なの」


 そんなえらそうなことを口走りつつ。

 鼻をふふんと鳴らしていますけど。


 それに合わせて飛ぶ洗剤のバカっぽさと言ったら。

 頭を抱えるしかないのです。


 しかし、webで調べれば済むでしょうに。

 なんで君は一日中、会う人会う人からお掃除の仕方を聞いて歩いたのでしょう。


 授業中には先生にも聞いたりするから。

 いつものように、俺が立たされてしまったじゃないですか。


 しかも、せっかく貯えた知識が生かされていません。

 俺は溜息と共に、穂咲へ声をかけました。


「洗いムラが酷いです。なんでシャワーヘッドばかりそんなに丁寧に洗いますか」

「だって、一番重要なところなの。こいつがピカピカじゃないと、シャンプーが全然落ちないの」

「見た目じゃ変わりませんよ。君は曲がったキューリだってまっすぐなキューリだって等しく愛するでしょうに」

「そうでもないの。ヤツをサラダ用に斜めスライスしてくと、びっくりするほど巨大な一切れが生まれるの」


 しまった、例えが悪かった。

 ムッとしながらシャワーヘッドをごしごしする穂咲はその手を止めようとせず。

 おかげで、おばさんから俺がにらまれることになったのですが。


 そんなおばさんの目が、随分と座っているのですけれど。

 実はこう見えて、結構酔っぱらっているのです。


 ……ちょうど俺が、風呂に入ろうと思っていたところへ。

 おばさんから誤字だらけのメッセージが届いたのは三十分ほど前。


 お風呂セットを持ってすぐに来いとの内容に。

 足を運んでみたら、いつもの試験じゃないですか。

 

 この風呂桶は何のために持って来させたの?

 これだから酔っ払いは意味が解りません。


 とはいえ下手をすると、理不尽なとばっちりを食らいそう。

 穂咲に、ちゃんと掃除をさせないと。


「……昼間、教わったでしょうに。お風呂掃除は丁寧さも必要だけど、時間をかけないことも重要だって」

「はっ!? そうだったの! それは香澄ちゃんが教えてくれた話なの!」


 穂咲は、そう叫びつつシャワーヘッドを床に置くと。

 適当に撫でただけの浴槽へ再びスポンジを這わせ始めました。


 これでどうでしょう、おばさん。

 落ち着いた表情になるものと信じて振り返ってみましたが。

 予想に反して、未だ厳しい顔で穂咲を見つめています。


「穂咲の掃除の仕方、ダメですか?」


 俺だって、ちゃんとした風呂掃除の仕方なんか分からない。

 でも、それなり正しく掃除しているように見えるのですけど。


「掃除としては悪くないわ。でも、アレンジが無きゃダメ!」

「…………おばさん。それ、いる?」

「いるわよ」


 返事がお酒臭い。

 今日は試験官に問題があるようです。


 ……東京でお世話になるファッションデザイナーさんが訪ねてきたとのことで。

 駅前で食事をご馳走したついでに、ランチビールを楽しんだとのお話ですが。



 夕方まで飲んでたら、もうランチじゃねえ。



 さて、アレンジしろと言われて首をひねりながら手を止めていた穂咲ですが。

 ならあれだとか言いながら手をぽふんと叩くと。


 びしょびしょ、かつあわあわの足で風呂場を飛び出して。

 ぬいぐるみだのクッションだの、風呂場にいれてはいけないものばかりを両手に抱えながら二階から降りてきて。


「これぞ、神尾さん直伝アレンジなの」


 そう言いながら、お風呂場を飾り付けていくのですが。

 神尾さんが教えてた飾り付けって、プラスチック製の品ばっかりだったはずだよ?


「さすがにそれは無い。ねえ、おばさん」

「それなりいいと思うけど、道久君がイヤなら、無しね」

「それなりいいんだ。なら俺の意見なんか関係ないんじゃない?」


 穂咲が気に入ってて、おばさんがいいならそれでいいじゃない。

 そう思って口にした言葉だったのですが、あっさりと否定されました。


「道久君の意見が最重要じゃない! このお風呂なら入ってみたいって思わせなきゃ意味が無いでしょうに!」

「はあ。…………え? 何の話?」


 なんで俺がこの風呂に入らなきゃいけないの?

 よく分からないけど、不穏な話としか思えないのでこれ以上聞くのはやめておくことにしましょう。


「これもダメなの? あとは、意味が分からないアドバイスしか残ってないの」

「他にもアドバイス貰ってたんだ。誰から?」

「千歳ちゃんなの。でも、ちょっと準備が必要なの」

「日向さん? …………なんか、不安なんですけど」


 眉根を寄せた俺の前を、びしょびしょのあわあわが再び部屋へ向かって行って。

 そのままたっぷり十分ほど待っていたら。



 ……バカが現れました。



「真っ白なビキニと花柄のパレオですか。可愛いですが、だったら始める前に着てくりゃ良かったでしょうに。それに、掃除とは一切関係ありませんよね?」

「うう、やっぱりこれもダメ?」


 モジモジとしながら、上目遣いにおばさんを見つめていますけど。

 こんなのダメに決まって……。


「合格! 可愛いってさ! やったねほっちゃん!」


 ……はあ?


 いえーいと、ハイタッチなどして二人ではしゃいでいますけど。

 もう、判定基準が俺には分かりません。


 

 俺の意見が最重要だったんじゃなかったか?


「……ああ、だから合格なのか」



 納得はできたものの、とんだ茶番なのです。

 俺は、はしゃぐ二人を置いて。

 自宅の風呂へ向かいました。


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