リュウキンカのせい


   ~ 二月十九日(月) 料理再び ~


   リュウキンカの花言葉 人見知り



 打率三割弱。

 俺がこいつの料理を食べた時にしかめ面になる確率だ。


 時にノックダウンされるほどのゲテモノを出してくるとは言え。

 それなりちゃんと美味いんですよとおばさんに抗議した昨晩。

 こんなテストを命じられました。


 その内容を聞かされてもいないのに。

 包丁とお玉をかっしゃんかっしゃんさせて。

 任せておけと息巻くこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭の上へ丸い花瓶のように巻き上げて。

 そこに大量のリュウキンカを、ただ突っ込んでいるので。

 朝からぽろぽろ落っことすのです。


 ……大変迷惑。

 拾って歩く俺の身にもなって下さい。


「ロード君! 今日こそ課題を軽々とクリアしてみせるぞ!」

「そう願いたいものですよ、教授」


 教授は買ったばかりの真新しいYシャツを翻して。

 頭から、鮮やかな黄色が眩しいリュウキンカを二つ落っことしながら。

 随分と自信ありげにしておりますが。


 そしてタッパーから出した味噌をべっとりとエプロンに付けてくれていますが。


 そう調子に乗っていると、足元すくわれるかもですよ?

 だって今日の課題。

 君にはちょいと難しいと思うのです。


 いつものように手際よく。

 いや、いつもよりてきぱきと食材を並べながら。

 教授はようやく聞いてきます。


「ロード君! では、ママから出された課題とやらを言いたまえ!」

「そろそろ来ると思うのですけど。……お、噂をすれば。おーい、こっちです」


 俺が手を振ると、彼も気付いて手を振り返します。

 そんな、教室の後ろの扉から現れたのは。

 一年生で一番の巨漢と噂されている男子なのですが。

 彼が人込みを割って近付くと。


「ひにゃっ!?」


 教授は叫び声をあげて、俺の後ろに隠れてしまいました。


「教授。隣りのクラスの加藤君です。柔道部の」

「始めまして、藍川さん!」


 スポーツマンらしい、爽やかな笑顔を浮かべる加藤君に。

 教授はおずおずとお辞儀をしますけど。


 基本、人見知りなんかしない君ですが。

 唯一苦手なのが、加藤君のような、体の大きな男性なわけで。


 まあ、その理由も分かってはいるのですが。


 ……寂しくなっちゃうんだよね。


「ほら、そんなにしがみつきなさんな。ちゃんとあいさつしなさいよ」

「うう、はじめましてなの」

「押忍! 今日はよろしくお願いいたします!」

「……なんのことなの、道久君?」

「これがおばさんからの課題です。俺が最近知り合いになった、教授が知らない人に料理を作りなさいとのことです」

「有名な藍川教授の料理を食べることが出来るなんて、光栄です!」


 爽やかに微笑む加藤君とは対照的に。

 教授は、ぎくしゃくとひきつった笑みを浮かべていますけど。


 ……なるほど、七草粥の時みたいに試験にしたり。

 初めて会う方がお相手だったりすると。

 途端にいつもの調子が出せなくなる。


 その辺りを心配したおばさん、正解なのです。

 こりゃあいい特訓だ。


 既に、ニンジンを切る包丁の動きがすたたたたではなく。

 すこん、すこんになってますし。


 コンロにのせた鍋を上げたり下ろしたり。

 無駄な動きが目立ちますが。


 俺は教授が怪我や火傷をしないよう気を張りつつ。

 加藤君に話しかけました。


「あらためまして、図書館ではありがとうございました」

「いえいえ! 自分の背だと、背伸びすれば届くくらいの高さでしたから!」

「それにしても。まさか絵本好きな男友達ができるとは思いませんでしたよ」

「あの時もお話しましたっけ、自分の母が趣味で絵本を書くものですから。ああ、頼まれていた品、持ってきましたよ」

「ごんぎつね! そうそう、これ読みたかったんできゃん!」


 ほんの一瞬、まな板から目を離した隙に。

 教授が切り損ねたジャガイモが俺のこめかみを直撃。

 話の腰が、ばっきり折られました。


「……痛いです。今日は随分とへたっぴですが、合格する気あるの?」

「うう、あたしはそんなミスしないの。きっとゴンが道久君に野菜を届けたの」

「ゴンにそんな情けをかけられる筋合いはありません。母ちゃんなら朝からうな重がっついてましたから」


 俺は、わざわざ皮まで剥いて、芽も丁寧に取ってくれた几帳面なゴンにジャガイモを返すと。

 再び包丁を滑らせてジャガイモを飛ばして。

 今度は俺のおでこを直撃後、頭の花瓶にホールインワン。


「……教授、プチ奇跡は面白かったですけど。いくらなんでもカチンコチンです」

「そんなことないの。たまたまなの」

「やはり、自分がいるとご迷惑ですか?」


 ありゃりゃ。

 心配した加藤君が、眉根を落としてしまいました。


「そんなこと無いですから心配しないでください。教授、慌てないでいいから。いつも通りにどうぞ」


 リラックス、リラックス。

 教授は何度か深呼吸すると、ようやくいつも通りの手際で野菜を鍋に入れて炒め始めました。


 ……知らない人を前にして。

 緊張している姿を見ていると。


 俺に料理を作っている時の。

 リラックスして、楽しそうな姿が思い出されて。



 どうしてでしょう、ちょっと嬉しくなってしまうのです。



「……それにしても、試験だからって気合入れ過ぎ。三つも鍋を出して。何を作る気なの?」


 鍋に豚肉を突っ込んで、灰汁を取ってから味噌を溶かし始めた教授は。

 その手も止めずに、返事をしてきましたが。


「トン汁とけんちんと芋煮なの」

「へえ、それは楽しみ…………? なんだって?」


 俺の乏しい記憶をあさってみたけども。

 それらの料理に、明確な違いが見当たりません。


 悩む俺と、同じく首をひねる加藤君の前に。

 それぞれ三つの椀が差し出されましたが。


「お待たせなの。どうぞ召し上がれなの」


 ……全部同じに見えるのですけど。


 頭にハテナのマークを浮かべながら。

 加藤君と同時に、ひとつずつ箸をつけると。


 お隣からむほっと嬉しそうな声が上がるのです。


「うまい! これ、テストなんですよね? 百点満点ですよ!」

「うん、確かにうまい。これなら合格だな」


 違いがまったく分からないという疑問は残るけどね。


 すると、俺たちの評価を聞いた教授が。

 ほっと胸をなでおろしながら、こんなことを聞いてきました。


「良かったの。……じゃあ、トン汁とけんちんと芋煮、どれが美味しかった?」

「え?」

「え?」


 俺と加藤君。

 思わずフリーズです。


「どれがどれ? しかも、味が同じなんですが」


 素直に感想を言うと、途端に膨れた教授は。


「ちゃんと違うの! アレンジで豚肉を入れたけんちんと、里芋の代わりにジャガイモで作った芋煮と、ちょっと豚肉を減らしたヘルシートン汁。こんな違いも分からないなんて」


 腕を組んでふんすと見下しながら。


「審査員失格なの!」


 俺たちにダメ出しをするのでした。


 でも、おっしゃる通り。

 そんな違いが分からないでは審査もできないでしょう。


「申し訳ありません教授。正解を教えてください」


 男二人、揃って許しを請うと。

 教授は鼻息荒く三つの鍋に目を落として。


 ……きょろきょろと見比べ始めて。



 …………中身をお玉でかき混ぜると。



「そんなの、あたしに分かるわけないの」

「じゃあ、君も失格です」



 そんなばかなと口に出して落胆する教授。

 あなたにひとつ言わせてください。

 

 俺たちの方こそ、そんなばかなです。


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