ボロニアのせい Battle-Valentine 6
ボロニアの花言葉 心が和む
空に舞うトンビがくるりと輪を描いて。
君がそうして日の光を遮るから。
さっきから、寒くて鼻水が止まらない。
「ずずっ……。へえ、俺も知らない話だ」
「すごいって思ったわよ! 私も、来年はそれぐらいやらなきゃ!」
「あたしも真似したいっしょ! でも、健治君には響かないかなあ……」
俺が教室に来ないことを心配してくれたようで。
神尾さん、日向さん、渡さんが、屋上へ様子を見に来てくれたのです。
俺を袖にした穂咲は三人に、おじさんとおばさんの、バレンタインの物語を話したようなのですが。
「日向さんの言う通りかも。穂咲のおじさんだから、ころっとやられちゃったんじゃないかな。おじさん、裁縫とか苦手そうだもん」
「秋山。幸せそうに語ってる場合じゃ無いっしょ」
「う……。そうだった……」
俺が冷たい床に突っ伏すと。
渡さんがからからと笑うのです。
「大丈夫よ、秋山。あの穂咲が他の人にチョコを渡すはず無いから。お母様と食べるんじゃない?」
「その可能性はあるんだけど……。ここのところ、あいつの事怒らせてばっかりだったから」
別に俺は、あいつの事を好きなわけでも嫌いなわけでもないのですが。
急に妹が彼氏を連れてきた的な。
きっとそういう感情なのでしょうけど。
「なんか心配。へこむのです……」
「あはは……。それより秋山君。どうして穂咲ちゃんが怒ったのか分かった?」
「それが、分からないのです。……どうやら、俺がチョコを貰うことに怒ってるわけじゃなさそうなのですけど」
そう、目下の課題はこちらなわけで。
どうして穂咲が怒り出したのか、まずはそれを知りたいのですが。
俺たちは、お昼休みの屋上で。
むむむと首をひねり続けたのでした。
~🌹~🌹~🌹~
「……じゃあ、ここで開けなさいよ」
洗練された、少しきつめのメイクをした大人の女性がピンヒールを鳴らすと。
「ああ、はい……」
野暮ったいカーキのブルゾンに、履き古したスニーカー姿の男性が、ちまちまと剥きにくそうにラッピングへ挑みだす。
クリスマスのイルミネーションが、そのままバレンタインまで光り輝く新宿の雑踏の中で。
ファーのコートを着こなした女性のため息が、オレンジ色に染め上げられながら夜風にたなびいた。
「ああもう、イライラするわね! べりーっといっちゃいなさいよ!」
「いや、そんなの悪いですよ」
男性は、きつい言葉に慌てたのか。
寒空というのに、額に汗などして。
丁寧に剥がしたラッピングを、これまた丁寧に折ってポケットへ押し込むと。
恐縮そうに、情けない笑顔を女性に向けながら。
小箱の蓋を開いて、そして…………。
「なによ。なんか言いなさいよ」
「……すいません。これ、食べずにずっと取っておいていいですか?」
幸せを溶かしたような笑顔で呟くと。
大きな背中を丸めて、小箱の中をずっと見つめていた。
……彼に、幸せをくれたもの。
それは、ボタンの形に加工されたチョコレート。
硬く編まれた布に、糸で縫い付けられたチョコレートは。
裁縫とお菓子作りが苦手と話した記憶のある彼に。
この上ない幸せを運んでくれたのだ。
~🌹~🌹~🌹~
ああもう。
考えても考えても分からん。
「やっぱり、変なことしたとは思えないんだけど」
「じゃあ、なんで馬のかどに頭をぶつけちゃえとか言われてるのよ」
「そこまで怒ってるんだ。……意味分かんないけど」
馬って、意外と滑らかだよね。
かどってどこなんだよ。
「もう、秋山の事なんかどうでもいいっしょ!」
「おい」
「それより、ボタンのチョコってどう作ればいいの?」
あのスーパースタイリストのことだ。
簡単に作れるんじゃないかな。
「……穂咲にも作れそうだな。そういうの得意そう」
「穂咲なら、服に直接縫い付けてドロドロにしそうっしょ」
うわ、ありうる。
「チョコじゃ溶けちゃうから、クッキーで作ればいいじゃない」
渡さんがニヤニヤ笑いながら言うと。
みんなであははとか笑い始めましたけども。
「冗談のつもりで話してるんだろうけどさ。ぐずぐずになるだけ」
「面白みのない男ね」
「だって、実際にやられたことあるもん」
「ウソっしょ?」
「お腹をぎゅうぎゅう押されたから目を覚ましたらさ。俺のパジャマのボタンに、あのバカがボンドでクッキー張り付けてやがったんだ」
「え? 秋山君、穂咲ちゃんと一緒に寝てるの?」
「なんでそうなる。勝手に家に入ってきたんだよ。おじさんもいたころだと思うから、三歳か四歳の頃」
「クッキー……、ぐずぐずになっちゃうじゃない」
渡さん、口をとがらせてますけれど。
さっきクッキーでボタンを作ればいいと言ったのはあなたです。
「なったよ。だから嫌がらせだと思って、泣いたんだ」
「あはは……。怒るんじゃなくて、泣くんだ」
「そしたらあいつ、しょんぼりして帰ったから。仕方なく黙っててやったんだ」
「ふーん。じゃあ、お母さんから話を聞いて真似したっしょ。穂咲、かわいいっしょ!」
「そうね。素敵なバレンタインプレゼントだったんじゃない?」
…………え?
「バレンタインプレゼント?」
「だから、お母様の真似をしたんでしょ? あの話を聞いたら確実じゃない」
なるほど、たしかに。
でも、そんな小さな頃の俺にバレンタインなんか分からない訳で。
俺は気づかずに今まで…………?
「ああああああああああ!!!」
「びっくりした! ……どうしたっしょ」
「あいつ、俺が手作りチョコを貰ったことが無いって言ったのを怒ってたんだ!」
ようやく分かりました。
三人も、ああなるほどねと手を叩きます。
でも、それって……。
「……こうしちゃいられない」
「秋山、謝りに行くの? 一緒に行こうか?」
「そんな必要ないっしょ! デリカシーないこと言った秋山が悪いっしょ!」
「いや、謝りに行くのではありません。あの鳥頭を叱りつけに行くのです」
立ち上がりながら言った俺の言葉に、三人そろって眉根を寄せていますけど。
「何度だって言いましょう。俺は、手作りチョコなんか貰ったことありません」
「あはは……、まさか、それって……」
「クッキーならあるってこと?」
「穂咲らしいっしょ! 勘違いで怒ってたってことっしょ!」
「勘違いじゃないもん!」
急に現れた大声の主は、もちろん穂咲なわけで。
「あの時あげたの、チョコだもん!」
そう言いながら、ショッピングセンターで見かけた半透明の小袋を突き出してくるのですけど。
「……穂咲。これは?」
「これは、道久君にあげるクッキーなの」
…………おお。
チョコなんか持ってきてないって、そういうこと?
思わずにやけそうになりながら受け取りましたが。
現在の問題はそこではなく。
「基準が分かりません。では、俺のパジャマにくっ付けてたのは?」
「チョコ」
「チョコ?」
「……チップ含有率二十っパーのクッキー」
「クッキーやないかーい!」
「違うの、チョコなの。チョコチップのせいで強度が保てなかったの」
「チョコチップは形容詞! 主語と述語がまるっとクッキーです!」
「チョコだもん! 道久君のおたんこなす!」
ああもう、呆れた。
でも、怒らせていた理由が分かって落ち着きましたよ。
「もうそれでいいです。チョコを貰ったことが無いなんて言ってごめんなさい。……あと、クッキー。有難くいただきます」
ふくれっ面の穂咲がくれた手作りクッキー。
俺は、丁寧に小袋のリボンを外してポケットに入れて。
一つ摘まんで口に入れると、ようやく穂咲は笑顔になってくれました。
……いろんなことがあったけど。
どうやら、丸く収まったようで。
春を待つ冬の昼下がり。
俺はぽかぽかとした心地で。
口に入れたものをそのまま出しました。
「……超合金」
「これなら崩れないの。五パー」
穂咲が指差すクッキーには。
四つの穴が綺麗にあいていたのでした。
Battle-Valentine 完!
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