エーデルワイスのせい Battle-Valentine 4
エーデルワイスの花言葉 大切な思い出
白く気高いエーデルワイス。
……が。
品の無い、ポップなデザインの紙コップでテーブルに飾られています。
そんな、ちょっとずれたセンスを持つ店長さんが経営するのは。
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
見慣れたポジションに立っているのは。
「なんでバイトしてるのさ」
「バレンタインデー騒ぎで散財しちゃったの」
あの後、放課後にみっちりと灸を据えられていた俺を置いて、先に帰ってしまった
絞られ尽くした元気を取り戻そうと。
ふらっと寄ってみたところ。
心労の元凶と出くわしたのですけども。
「……君のやきもちのせいで散々です」
「おもちは置いてないの。ハンバーガーとポテトと飲み物と一緒に、ハンバーガーをどうぞなの」
「二個も食えません」
なにやら悪化した口上をスルーしながら。
単品でチリトマトブリトーを頼んで、おひやを貰ってテーブルに着くと。
バックヤードから掃除道具を持ったカンナさんが顔を出してきました。
「お? 助かるぜ。バカ穂咲は保護者がいねえと役に立たねえからな。ちゃんと見張っててくれ」
「嫌ですよ。バイト代出ないのに」
お断りした俺の言葉が届いているやらいないやら。
カンナさんは穂咲にホコリ取り用のモップを押し付けると、レジ周りの整理などし始めます。
「ほら、君はぼーっとしてないで。早くしなさいな」
「……しまうの?」
「今、出してきたところでしょうが。会社帰りのお客様で混む前、この時間にモップをかけるのはいつものことでしょうに」
「そうなの? ……あ! 丁度よかったの! 今日の課題は掃除なの!」
「へー。そういう事なら、俺が審査してやるから。頑張りなさい」
ふんすと鼻息も荒く気合いを入れた穂咲さん。
お客様のいらっしゃらない辺りの床から掃除を始めますが。
その第一打。
まさかのドライバーショット。
「ファーーー!!! 店内が埃まみれになるでしょうが!」
ああもう、ちょっと貸しなさい。
静かにちょこちょこと砂埃をかき集めてチリ取りに乗せて。
それが舞わないようにお店の外へ捨てて戻ると。
穂咲はおろか、お客様からも拍手を頂戴いたしました。
……どうなってるんだよ、この店。
「上手なの。次はあたしの番なの」
「次だけじゃなくって、ずっと君の番」
気付けばカンナさんの思うがまま。
悔しいので、もう絶対に手を出しません。
角の、埃が一番溜まっているところをスルーして。
雑に、斜めにモップをかけてはお客様に柄をぶつけて。
挙句に、チリ取りへゴミを入れられずに延々と後ろへ下がっていきますが。
「…………カンナさん。せめてなんかご馳走して」
「ああん? あたしは何にも知らねえなあ」
くそう。
でも、このままでは精神衛生上良くない。
俺は再び穂咲からモップとチリ取りを取り上げて。
フロアの隅から掃除をし直して。
結局、タダ働きにいそしむことになりました。
🌹~🌹~🌹
「いやあ、助かっちまったぜ!」
「ちきしょう。穂咲がバイト入れた日は、もう二度と来ない」
「そう言うなって、いいもんやるから」
気付けばエプロンを着けて手伝って。
いつも俺たちが上がる、八時までお店にいたのですが。
ぐったりとテーブルに突っ伏していたら。
カンナさんが、何やら冷蔵庫から出した箱を押し付けてきました。
「店長にやる分は手作りにしようと思ってな。あらかじめ買った分が余っちまった。お前、どうせ貰えねえだろうから、一日早いけどくれてやるよ」
「またチョコ!? いらない!」
慌てて席を立って逃げようとしたものの。
カンナさんに腕を掴まれたかと思うと。
何が起きたか分からないうちに組み伏せられました。
良く見えないけど、うつぶせの俺の背中に座って片腕を捻じりあげて。
長い足を組んで涼しい顔をしているのでしょうけれど。
この戦闘能力、さすが元ヤン。
昼間の二人と同じ感覚で挑んでしまった俺のミスなのです。
……でもね?
「ちょっと! 他のお客さんに迷惑!」
まだ四人程お客さんいらっしゃるのに。
申し訳なくて、無理やり顔を上げて様子を窺うと。
カンナさんへ、やんややんやと称賛の拍手を送っているのです。
……ほんと、どうなってるんだよこの店。
「何をぶつぶつ言ってんだ。それよりあたしがやるっていったのに逃げ出すなんざ、いい度胸じゃねえか。おい! 穂咲!」
「へい姉御! なの!」
威勢のいい返事をあげた下っ端が。
チョコの包みをビリビリと破り捨てて。
先に自分で一個摘まんで満足そうに鼻を鳴らした後。
俺の口にも強引に押し込んできますけど。
「うげ! この姿勢で食わされても……? おお! うまい!」
ちょっとビターな感じが、いかにもカンナさんセレクト。
それでいて甘さも程よくて。
さらには、チョコの風味が鼻をたっぷりと抜けるのに、後味はすっきりしてもたついていないなんて。
「すごいや。高かったでしょ、これ」
「まあな。今日の駄賃にしちゃ十分だろ」
うん。
これだけ美味しいチョコをいただけたなら、かなり満足。
そう思っていた俺の口に、再びチョコが放り込まれて。
さらに幸せに浸っていたのですが。
それよりも。
気になることがあるのです。
「穂咲、これはいいのか? カンナさんが俺にチョコくれたんだけど」
「何がなの? はい、あーん」
ぱくり。
うーん、ほんとうまい!
ではなく。
「カンナさんがくれるのはOKなの?」
「だから、何がなの? 分からない事を言う道久君なの」
…………ええと。
君のやきもち、基準が分からないのですが。
「もひとつ食べる?」
「うん。あー、ん? 穂咲、指切った?」
チョコを摘まむ穂咲の指に、結構大きな切り傷が出来ています。
「今、チョコの包みを破った時にやっちまったの」
「やっちまいましたか」
「傷? どれ、見せてみろ」
ようやくカンナさんが俺の上から降りて、穂咲の指を診てくれますが。
腰を叩きながらよっこらしょと立ち上がると。
衝撃的な事を言うのです。
「なんだこりゃ? 結構深く切れてるじゃねえか」
「こんな怪我しょっちゅうだから気にしないの」
「気にしろよ。こんな怪我じゃ、料理もできねえだろ」
「できるの。簡単なの」
「てめえが簡単かどうかじゃねえ。血液が入るから、今日は料理するんじゃねえぞ」
「え? ……料理、しちゃ、ダメなの?」
そう呟いたまま、呆然と固まってしまった穂咲は。
悲しそうに顔をゆがませると、ぽろぽろと泣き出して。
制服のまま、お店から飛び出して行ってしまいました。
「何だ今の? どういうこと?」
訳も分からず、思わずつぶやいた俺に。
カンナさんがチョップを落としてくるのですが。
「ちっ、まずったな。血が完全に出なくなったら作っていいってメッセージ入れといてやるか。……おい、秋山」
「はい」
「あいつ、今日は九時まで仕事してくことになってたんだ」
「はあ。…………え!? 代わりに仕事してけってこと? おかしいでしょ!」
そう、文句を言ったものの。
この流れで断ることなどできないわけで。
「ああもう、分かりましたよ。でも、ただ働きはもう嫌ですよ?」
「当然給料は出す」
「チョコじゃなくて、現金で」
「当たり前だろう。今日は前払いだったからな」
…………。
「ほんとに、どうなってんだよこの店」
明日へ続く!
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