プリムラのせい Battle-Valentine 3


   ~ 二月十三日(火) 掃除 ~


   プリムラの花言葉  運命を開く



 呆れかえりはするものの。

 この際は、こいつの美点と言わせてもらおう、


 忘れっぽいがゆえに、昨日の一件など気にも留めていないのか。

 いつも通りにフライパンを振るうこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪をローツインにして。

 おさげ部分に黄色と青のツートーン。

 可愛いプリムラのお花をちりばめているのですが。


 子供が書いたお姫様みたいになっていますけど。

 絵なら可愛いのですが、実物だとちょっと怖いです。


 そんな教授が俺に差し出したお皿には。

 フカフカのあんまんが置かれているのですが。

 これがないと始まらないのだよと、目玉焼きを乗せられましても。


 せめて肉まんだったら合いそうなのに。

 久しぶりに、取り合わせが最悪です。


 とは言え文句など口にできるはずも無く。

 感謝と共に目玉あんまんにかじりついていると。


 俺達の机に、渡さんと日向さんがやってきました。



「穂咲。この間はありがとうね」

「昨日、ようやく完成したっしょ! あの特訓の成果っしょ!」

「あたしに出来るのはここまで。あとは任せたの。戦果に期待するの」


 随分かっこいいことを言いながら親指など掲げていますけど。

 戦果って何さ。


「秋山もありがとうね」

「そうそう、助かったっしょ!」

「いえいえ。俺は特に頑張ったわけでは無いので」


 実際、チョコ食べてただけですし。

 謙遜ではなく、心からお礼なんかいらないと苦笑いを浮かべたら。


 ……恩を、仇で返されました。


「穂咲と秋山の分も、お礼に手作りしておいたわ」

「あたしもっしょ! 秋山、チョコもらえて嬉しいっしょ?」

「お断りです!」


 俺のリアクションに、目を丸くさせるお二人さん。


 でも、昨日学んだばかりなのです。

 チョコの受け取り、断固拒否!


 一度や二度ならともかく、こう連日続いたら。

 俺は教授に、やきもちという銘の刀で切り捨てられます。


「……ちょっと、どういう意味よ?」

「説明するっしょ」


 お二人さんの怒り顔も怖いけど。

 俺には振り返って確認することもできないこいつの方が断然怖いわけで。


「何も聞かないでくれ!」

「あ! 逃げるな秋山!」

「待つっしょ! 香澄、追うわよ!」


 げ。廊下まで追いかけて来た。


 二人ともスポーツは得意って程じゃないだろうけども。

 俺も、女子すら混ぜて平均程度という実に大したことの無いスペックなわけで。

 追いつかれるかどうかは微妙な線なのです。


 お昼休みの廊下はそこそこの人込みで。

 これをかいくぐっては後ろを振り返りつつ。

 そして階段を駆け上って屋上へ向かおうとしたら。

 踊り場で、実に頼りになる人物と出会いました。


「道久、何を慌ててるんだ?」

「六本木君! 今から渡さんと日向さんが走って来るから、阻止して欲しい!」

「ふざけんな。なんで俺がそんなこと……」

「じゃないと、今、制服の内側に眠る君から借りた水着写真集が渡さんの手に落ちることになる」

「なん……、だと?」


 あっという間に青ざめた六本木君。

 でも、その瞳に宿った決意は本物だ。


「これより! 俺の後ろは長坂ちょうはんきょうだ! の軍勢は一兵たりとも通さねえ! 何が何でも逃げ切れよ!」


 うん。せいぜい頑張ってね。

 俺は、張飛ちょうひの肩をポンと叩いて、階段を駆け上りました。


 写真集なんか押し付けられて困ってたけど。

 ブツは、ロッカーに突っ込んだままですけど。

 まさかこんな形で役に立つなんて。


 これで少しだけ余裕ができた。

 後は、いざという時の脱出経路が確保されている屋上へ。


 でも、その重たい扉を開こうとしていたら。

 早くも女子二人の声が響いてきたのです。


「隼人! 秋山がどっちに行ったか白状なさい!」

「お、屋上と思われます……」


 六本木君シールド、脆弱!

 しかも裏切りやがった!


 でも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

 俺は屋上へ転がり出ると、搭屋の裏側へと向かったのです。


 そこに備えられた頑丈な鉄扉。

 三階、教室前のベランダに繋がる階段へ、ここから出ることができるのです。


 もちろん鉄扉には施錠してあるのですけれど。

 こうして、扉とフェンスの隙間から手を突っ込んで鍵をひねればすぐに……。


 でも、慌てる俺の手が鍵のつまみを探してさまよっているうちに。 

 搭屋の反対側から、扉が断末魔にも似たきしみを上げるのです。


「どこに行ったっしょ!?」

「ここの裏くらいしか隠れるところないわ。日向さんはそっちから回って」


 殺気をまき散らしながら、鎌をもたげて迫る二人の死神ちゃん。


 やばいやばいやばいやばい!

 急がないと!


 震える手指がつまみを探し当ててからは猛スピード。

 鍵を回して、腕を引きぬきながら扉を開いて。

 隙間に体を滑り込ませながら扉を閉じて鍵をロックして。

 それでも怖いから転げるように教室のベランダまで降りました。


 ……さて、一難去ってまた一難。

 ここからの脱出も、かなりの難易度なのです。


 三年生の、お昼休みの教室へベランダからお邪魔して。

 俯いたままこそこそと通過しようとしたら。

 その道の半ば、残念ながら、首根っこを掴まれました。


「ひい! ごめんなさいごめんなさい!」

「……何をやっとるか貴様は」


 おや? 耳慣れたその声は。


「先生? 何やってるの、三年生の教室で」

「……そのまま貴様に聞きたいところだがな。今日は、ランチミーティングだ。昼食をとりながら、国立の二次試験対策と健康管理のアドバイスを行っているんだ」


 なんと。

 さすが、高三ともなると授業のシステムも内容も全く違うもので。

 口をぽかーんとさせていたら、先輩方にくすくすと笑われてしまいました。


「いいねえ、一年生。でも、そろそろやんちゃは卒業しろよ?」

「どうしてあんなとこから出てきたのよ。洗いざらい白状なさい!」


 大事な受験を控えた先輩方は。

 大人の余裕で、俺をいじり倒します。


 ……二つしか違わない、などと大人は言いますが。

 十八歳と十六歳。

 ここまでの違いがあるのです。


 俺は果たして、あと二年でこんなに成長できるのか。

 不安しかありません。


 などと、真面目な雰囲気にのまれて殊勝なことを考えていたら。

 すっかり忘れていた恐怖が廊下から近付いてきました。


「三年生の廊下って、ドキドキするわよね」

「でも、途中で消えたなら絶対この階っしょ!」

「もう、走るの面倒。どこに隠れたかは分からないけど、ここで見張ってればそのうち出て来るわよね」

「あたしも疲れたから、まちぶせに賛成っしょ」


 うげ。

 この二人、体力無し、頭の回転良し。

 そんな偶然のせいで、身動きが取れなくなったのですが。


 そして、俺の困り顔を見て事情を察した先輩方が。

 お弁当を頬張りながらニヤニヤとしているのですけど。


「助けてください! ここにいちゃダメですか?」


 そんな俺の懇願を。

 先生は、真面目な顔で一蹴するのです。


「大事な場なんだ。邪魔をするな、外へ行け」


 ……いつもと違う、冷静な指示。

 そんなのずるいよ。


 俺は、仕方なしに盛大なため息をつくと。


「……大切な時間を、お邪魔してすいませんでした」


 心からお詫びをしながら扉を開き。

 そして待ち構えていた二人により、即逮捕。


 そんな俺に、頑張れよと声をかけて下さる先輩方。

 俺の方こそ、心から言わせていただきます。


「みなさんも、頑張って下さい!」

「急になによあんたは! 洗いざらい白状してもらうわよ!」

「ほら、きりきり歩くっしょ!」


 ……せめてこのドタバタがみなさんをリラックスさせることが出来ていたら。

 俺は、そう思わずにはいられませんでした。




 後半へ続く!


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