ネコヤナギのせい Battle-Valentine 2


   ネコヤナギの花言葉  自由



 そもそも生まれてこの方。

 頭の花を絶やしたことのない穂咲。


 俺から逃げおおせることなどできないわけで。

 花の子がいたという情報をwebで辿ればすぐに発見できるのです。


「ええと、穂咲の発見情報を時系列で並べると……」



『穂咲ちゃんなら、九時前にネコにじゃらされながら駅の方に行ったわよ』

『バカ穂咲なら九時半過ぎに店のバーガー盗んで逃げたぜ』

『ローカルニュース:本日十時。駅前のバスロータリーにて大渋滞発生。おばあさんを背負って横断歩道を渡ろうとした高校生が途中で転倒し……』

『穂咲さん、エスプレッソを頼んでミルクで五倍ぐらいにして飲んでいかれましたけど。お店を出たのは十時半ごろです』

『ショッピングセンターブログ:十一時の店内情報です! ちょっと正面入り口付近で騒動がありましたが、今は復旧しています! 本日のお買い得情報は……』



「……驚いた。花、関係ないじゃない」


 もはや歩く広告塔。

 穂咲の背中に宣伝広告を書けば、一躍世間に知れること間違いなし。


 ただし、悪名として扱われる可能性には十分ご注意ください。



 祝日の、のんびりとにぎわう駅前の喧騒。

 家族連れが目立つ、幸せな冬の一日。


 そして、町のそこかしこがピンクと赤で彩られ。

 白く抜かれたバレンタインデーの文字。


 ふわふわと浮足立つ人の流れもしかたのない事なのです。



 駅の反対側へ抜けて、何やら事件のあった横断歩道を渡った正面。

 ショッピングセンターへと足を踏み入れて。

 インフォメーションのお姉さんへと話しかけました。


「すいません。警備室はどこですか?」


 いぶかしむお姉さんの指差す先。

 ちょっと物々しい扉をノックしてぎいと開けば。


「やっぱりいたか。こいつの保護者です。もうめちゃくちゃさせないので、引き取っていいですか?」


 俺を見据える警備員のおじさんたちのほっとした表情。

 ほんとすいません。

 事情はうかがわずとも察します。


 なにやらトラブルを起こして叱られているというのに聞きゃしないで。

 そうしてお茶とお饅頭を御馳走になっていたんですね。


「あ! 道久君なの! このお饅頭、見て! 皮がこーんなに薄くてびっくり!」

「君にびっくりされてもお饅頭が恥ずかしいだけだから」

「どういう意味なの?」


 きょとんと俺を見上げる、地上最強のびっくり生物の名は藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪をハーフアップにして、そこにわんさかとネコヤナギを挿していますけど。


 警備員のおじさんたちに深々と頭を下げて、ザ・自由人の穂咲と共に警備室を後にすると。

 こいつは、何やら気合いを入れて歩き出すのです。


「ちょっとは反省なさいな、まったく」

「随分遠回りしたけど、ようやく目的の場所へ出発なの!」

「俺なら三十分ぐらいで済みそうな買い物も、君には大冒険になっちゃうんだね」

「そりゃそうなの。女の子の買い物は長いって相場が決まってるの」

「絶対に意味が違う」


 いつもと変わらぬバカな発言に、ぐったりと両肩を落としつつ。

 穂咲が入ったファンシーショップへ足を踏み入れようとしたのですが。


 さすがはバレンタインデー前。

 お店の中央にラッピングの特設コーナーが設けられていて。

 女性客でごった返しているのです。


「……俺、外で待ってますので」

「なんで? 道久君にも忌憚のない意見を言って欲しいの」

「さすがにそういう訳には……、あれ? 神尾さん?」


 そんな人込みの中で。

 我らが優しき委員長、神尾さんが俺たちに気付いて手を振っていました。


「仲良くお買い物?」

「いいえ、仲良くなく。かつ、俺は何も買いません」

「あはは……。穂咲ちゃんは何を選びに来たの?」

「包み紙なの。……あ! そのラッピング可愛いの!」


 そう叫ぶなり、穂咲は神尾さんが手にしていた包み紙を取り上げて目を輝かせていますが。


「返しなさいな。ゴメンね神尾さん、こいつがいつも通りで」

「ううん? それよりその包みは、こっちのリボンと兄弟で、このお店でようやく再会できたところだから一緒に買ってあげて?」

「……神尾さんもいつも通りですね」


 よそのお店でもそんな妄想しながら買ってるんですね。

 なんといいますか、とってもポエムな彼女なのです。



 ……そんな神尾さんの見立てで。

 穂咲はあっという間に買いたい物が決まったようですが。


 俺が相手じゃ、何時間かかることになっていたか分かりません。

 助かりました。


「チョコをラッピングするのに色々買わなきゃいけないんだね。これじゃ、既製品買った方が時間もお金もかからないでしょうに」

「あはは、確かにそうだけど。でも、それだけ一生懸命プレゼントしたいのよ」

「なるほど、そんなものか」


 神尾さんがにっこりと微笑みながら説明してくれて。

 手作りチョコの有難みをようやく知った気がします。


「秋山君も、試食手伝ってもらったし。チョコあげるから楽しみにしててね」

「おお。こんな話の後じゃ、ドキドキしちゃうね。手作りなんて貰ったこと無いから嬉しいよ」


 俺が素直に感謝を伝えた所。

 つい今しがたまで、俺と神尾さんの間で嬉々としてラッピングを眺めていた穂咲が急にがばっと顔を上げました。


「……凄いふくれ方してますけど。どうしました?」


 おたふく風邪なの?


 この間もそんな感じになりましたよね。

 美穂さんとスーパーで会った時。



 …………まさか、やきもち?



「意地悪な道久君なんか、豆腐の角に頭をぶつけると良いの」

「ぶつけただけじゃべちょべちょになるだけ……、行っちゃった」


 ぷりぷり怒りながら、一人で走って行ってしまった穂咲を目で追っていたら。

 神尾さんが両手を合わせて謝るのです。


「ごめんね、あたしのせいでケンカさせちゃって……」

「いや、別に神尾さんのせいじゃないよ。俺がデリカシー無かったかも」


 そう言いながら頭を掻いてみたものの。

 ここまで穂咲が怒るとは思いもしなかったわけで。

 しっかり反省です。


「気を付けないと。チョコは気持ちだけ受け取っておきます」

「うん。早く追いかけてあげて」


 神尾さんに手を振って、穂咲の頭を追いかけましたが。

 この人込みの中、よくもまあスイスイと歩けますね、追いつけないです。


 お店を抜けて、ようやく人がまばらになって。

 よしここから追いつくぞと気合を入れて。


 でも、そんな俺の肩が。

 お店のお姉さんに叩かれました。


「…………またか」

「また? じゃあ、常習犯?」

「ここんとこ、二回連続です」


 俺は、神尾さんの弁護を受けながら。

 穂咲がお金も払わず持ち去った品の代金を、平謝りでお支払いすることになりました。




 明日へ続く!


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