メリッサのせい


   ~ 二月十一日(日) お菓子作り ~


   メリッサの花言葉  共感



「ココアパウダーは持ってきたっしょ!」

「カラースプレー、少ないから気を付けて使ってちょうだい」

「あはは、穂咲ちゃんが食べちゃいそうだから、途中で買い足しに行かないと」

「そんなことしないの。じゃあ早速、チョコを割るの」


 昨日、本気で怒ったことなど忘れてしまったのか。

 朝っぱらから呼び出してきたので、お隣さんへ顔を出すと。

 クラスの女子が何人も集まって、わいわいとやっているのです。


 なんでしょう、嫌な予感しかしませんが。


「あ、来たの、毒見や…………、審査員」

「いっそ言い直さない方が腹が立たなかったかもしれません」


 甘い香りに全員のエプロン姿。

 しかも、時期も時期なわけで。

 事情は察しました。


 俺を毒見役に任命した料理長。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は下ろしたままにして。

 耳の横に、小さなメリッサの花をひとつ挿しています。


 透明感のある、白い不思議なメリッサの花。

 正しくはレモンバーム。


 ここのところ、変わった形のお花シリーズがブームのようですが。

 これだけ小さいと、可愛らしく見えるものです。



 ……もちろん、お花が。



 そんな穂咲が、ぽむと手を打つと。


「さて、それじゃ始めるの」


 偉そうに言いながら、一人だけ仁王立ちです。


「君は何様?」

「…………お子様?」

「そうじゃなくて。手を出さないのかってことです」

「あたしのはほとんどできてるの。生地を寝かし中なの」


 皆さんがせっせと作業する中。

 砕けたチョコをつまみながら冷蔵庫など指差していますが。


 生地ってなにさ。

 チョコレートケーキでも焼くつもり?


 ……穂咲のチョコも気になりますが。

 藍川家のキッチンに居並ぶのは、出席番号順に神尾さん、日向さん、渡さん。


 一体何個のチョコを食わされることになるのやら。

 しかも待ってる間、すげえ暇です。


「仕方ない。六本木君とメッセでもして遊んでよう」

「だめよ秋山! 隼人にバレちゃうでしょ?」

「どうして? バレるわけないでしょうに」

「にゃはは! これだから秋山は分かってないっしょ!」

「あはは。そうよね、伝わるものよね」


 いやいやいや。

 それは女のカンってやつなわけで。

 男は普通分かんないよ?


 と、言いますか。

 女性陣はメッセを打ってる相手の居場所くらい普通に分かるものとして会話を弾ませていますけど。


 怖いよ。

 ほんとに分かるものなの?


「てか秋山。携帯見てるんだったら作り方を指示するっしょ」

「あ、それいいわね。秋山、頼むわよ?」

「なんで俺が……」

「あはは。災難ね、秋山君」

「あと、あたしに美味しいお茶を淹れて欲しいの」

「おい」


 こうして、せっかくの日曜日が四人のお嬢様に連れ去られてしまいました。



 ~🌹~🌹~🌹~



「ちょっと風味が無いかな?」

「やっぱりそうか……。よし、もう一回!」

「こっちは甘すぎ」

「うそっしょ!? あちゃあ、やっちまったか……、もう一回っしょ!」


 やれやれ。

 適当な事を言うと叱られそうなので。

 忌憚なく意見を言ったことにより。


 あれからお昼を挟んで。

 もう何度も試食をさせられているのですが。


 ……いい加減、気持ち悪くなってきました。

 次はどんなのが来てもうまいって言おう。


 日向さんと渡さんは。

 恋人が出来て、初めてのバレンタイン。

 こちらのお二人とは気合いが違うのです。


 そして、気合いが入っていないコンビは。

 材料のチョコなどかじりつつ、談笑しているのですが。


「神尾さんのは試食しないでいいの?」

「家族で食べる予定だからそこまではしないでいいよ。それに、秋山君が食べ過ぎで具合悪くなっちゃうといけないから……」


 おお、さすがはみんなの委員長。

 思わず幸せを感じる思いやり。

 神尾さんの前世は、洗い立てのバスタオルに違いない。


「そう言われると協力したくなるのが人情です」

「ほんと? じゃあ、お願いします……」


 神尾さんがおずおずと差し出してきたのはスタンダードなブロックチョコ。

 つややかで、実に美味しそう。


 さっきまではどんな品を口にしても美味しいと言おうなどと思っていたけれど。

 これは安心して感想を言えそうです。


 それでは一つ。


 俺は比較的、形の悪いものに手を伸ばして。

 口に放り込んだ瞬間、直前の誓いをあっという間に破りました。


「うげえっ!!! にぎゃい!」

「ごめんなさい! そんなに?」

「うへえ……。これはチョコの姿をした漢方薬です」


 慌てて牛乳を口に含んで飲み下しましたが。

 胃が、苦い苦いと文句を言い出します。


「あたしも作り直さないと……」


 そそくさと立ち上がった神尾さん。

 出来上がったチョコを湯煎して戻し始めましたけど。


 その漢方薬がベースじゃ、リカバーは無理よ?

 いっそ糖衣でくるめば?


「そう言えば道久君。あたしの、試食してないの」

「おかしなことをおっしゃる。君、さっきからチョコなんか作ってないじゃない」


 お菓子を焼いたり。

 お昼ご飯にカレーをこさえたり。


「作ったの。これなの」

「…………これは、世間ではチョコと呼びません」


 クッキーじゃん。


「むう! 文句を言わずに食べるの!」

「口に押し込みなさんなもがががが。…………ほはひ」

「なに?」

「これ、クッキーですらありません」


 俺は六段重ねに押し込まれたクッキーを皿に出して。

 試しにそのうち一枚を両手でつまんでみましたが。


 割れるどころか、曲げることすらできないよ?

 

「歯でも砕けない合金を生成してどうする気でしょう?」

「むう、それじゃ、針は通らないの。もうちょびっとだけ柔らかくするの」

「もうたっぷりと柔らかくしてください」


 針を通してどうする気なの?

 呆れる俺の前に、新たな刺客が登場です。


「いざ! 勝負!」

「今度のは自信あるっしょ!」


 ……………………。


 この拷問、いつまで続くのでしょう。

 今更ですが、俺は泣きを入れました。


「気持ち悪い。もう勘弁してください」

「御礼ならするから。頑張りなさいよ」

「あたしもお礼するっしょ!」

「……チョコで。って落ちじゃないよね」


 そうつぶやくと。

 四人が一斉に俺を見て、ポンと手を叩くのです。


「じゃあ、もうお礼は十分なの」

「おい」


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