ヒマラヤユキノシタのせい


 ~ 二月十日(土) お買い物 ~



「お買いものの練習とか。あたし、もう小学生じゃないの」

「違いますよ。食材の目利きとか、そういうことなのです」


 本日の課題は夕飯のお買い物。

 連日おばさんから出される課題を。

 文句を言いつつも楽しそうにこなすこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りにお団子にして。

 そこに、ヒマラヤユキノシタを一株。

 ぶすっと活けています。


 紫色の小花が毬のように咲いて、まるで頭の上に花火が上がったよう。



 本日も、バカ絶好調。



 穂咲と二人、地元のスーパーで。

 より安く。

 より良いものを。


 目利きや金銭感覚を問うのであろうこの課題。

 君はかんたんかんたんと言っていますけど。


 買い物かごの中身、百パー失格です。

 お菓子しか入ってないとかどういうことでしょう。


「君は課題をこなす気、皆無なの?」

「だいじょぶなの。買ってきてって言われた物、全部台所にあるの」

「そうやって君が自由に翼を広げる度にさ、俺が不自由になっていくのですけど」


 穂咲が課題に失格するたび。

 俺が叱られるのですけど。

 勘弁してください。


 すでに、足かせにくくられた鉄球。

 ガスタンクくらいの大きさなのです。



 そんな穂咲を溜息と共に追うと。

 妙なものを発見しました。


 高い高い商品棚。

 その、上の方に向かってぴょんこぴょんこと飛び跳ねる姿は。


「美穂さん! こんにちは」


 最近知り合った、一つ年上の綺麗なお姉さん。

 彼女の名前は、明石あかし美穂みほさん。


「道久君!? ……と、穂咲さん……。こんにちは」

「こんにちはなの! お買い物なの?」


 美穂さんは、恥ずかしい姿を見られたと言わんばかり。

 モジモジと手を擦りながら、俺たちの事を上目に見つめてきます。


「また子供にでもいじめられたんですか?」

「いえ、あのチョコを取りたくて」


 美穂さんが指差す品と同じもの。

 商品棚の低い位置にもあるようですが。


「……こっちじゃダメなの?」

「ええ。だって、青いパッケージがあれしか無くムグッ!」

「へえ、美穂さんも青色好きなんだ。俺も青が好きなんですよ。……よいしょ」


 ちょっと格好をつけて。

 軽くジャンプしながら青いパッケージの品をキャッチ。


 そのまま颯爽と着地して。

 爽やかな笑顔と共にバランスを崩して尻もち。

 からの、後頭部強打。


「ぐおおお! ……いてて、すいません、かっこ悪くて」

「いいえ、かっこよかったですよ?」


 美穂さんは俺からパッケージを受け取りながら、にっこり笑ってくれました。


「おいしそう。あたしも同じの買うの!」


 そんな俺たちを捨て置いて。

 穂咲も赤いパッケージをかごに放り込むのですが。


 サンプルには、八つ並んだ可愛いトリュフ。

 確かに美味しそうですけど。


「いいかげんになさいな。すでにおばさんから預かった金額越えてます」

「たまには食べたいの、高級チョコ。それに美穂さんとお揃いなの」

「あ、私は……、えっと、道久君はこういうの好き?」

「は? ええ、まあ」


 俺が曖昧な返事をしたところ。

 穂咲がニヤニヤしながら買い物かごをあさります。


「道久君、かっこつけてるの。高級なの苦手なの」


 そう言いながら、ひらひらと板チョコを振って。


「道久君、こういうのが好きなの」

「恥ずかしいからやめなさいな。……美穂さん、どうしました?」


 なにやらよろよろと、棚にもたれかかっていますけど。

 でも急に、小さな握りこぶしを顔の横に作って、大きな声を上げました。


「負けない!」


 はあ。

 なにがだろう。


「あ! それより、何かお礼しないといけないですね」

「え?」

「美穂さんが持っていた蓋に書いてあったあれ。おじさんからのメッセージの片割れでした」


 スーパーの喧騒の中。

 きょとんとする美穂さんに。

 俺は昔話を始めました。



 ――昔、穂咲のお父さんが。

 空き缶の宝箱を地面に埋めて。

 それを俺たちに探させたのです。


 宝箱には、もう一つの宝の地図が入っていて。

 でも、それは俺たちが大きくならないと読めないもので。

 俺たちの知らない、その地図の場所まで車で連れていかれました。


 大きくなったら、これを掘り起こして欲しいという遊び。

 俺たちは車の中で、二つ目の缶に願い事を書いて。

 おじさんは、最初の缶と二つ目の缶の蓋にメッセージを書いて。


 さて埋めようかと車を出ると、木から降りられず泣いていた子がいたのです。


 俺が順序だてていきさつを話していくと。

 美穂さんは、はじめは幸せそうに相槌を打ちつつ。

 でも、どんどん表情を曇らせていくと。

 最後には、深々と頭を下げてしまいました。


「……まさか、私はそんな品をせがんでしまったなんて。なんてことをしたのでしょう」

「いえ、子供の頃やった事ですし。それに、美穂さんがいなければ宝の場所も未だに分からなかったことでしょうから」

「それに、美穂さんが大事にとっておいてくれたからパパの願い事が読めたの」


 嬉々として美穂さんにしがみつく穂咲を。

 美穂さんは申し訳なさそうに見つめます。


 そして、俺と穂咲を交互に見ながら。

 太いため息をついたあと。


「……ずるいです、幼馴染なんて」

「え? なにがです?」

「でも、負けないっ!」


 再び握りこぶしを顔の横に掲げると。


「……道久君!」

「はい」

「手作りのチョコって貰ったことありますか!」


 どうしたのでしょう。

 凄い剣幕で迫ってくるのですが。


「そんなの、貰ったことなんか無いですが」

「ようし! じゃあ私、負けませんので!」


 美穂さんはそう言い残すと、鼻息荒くレジへ向かってしまいました。



「何だったのでしょう?」


 俺は穂咲へ振り向いて、そんな質問をすると。

 こいつは俺に買い物かごを押し付けて。


 そして、無言のまま、お店を出て行ってしまいました。



 ……そんな穂咲の顔は。

 本当に怒っている時のものでした。



 なんで怒ってるのさ。



 穂咲の後を追いかけて、慌てて自動ドアをくぐったのですが。

 俺の肩に手をかけた大人が、追いかけてはいけないよと止めるのです。


「止めないで下さい! 俺が何をしたのか、あいつに聞かないと……」

「その必要はないんだよ」


 店員のおじさんは首を左右に振ると。

 優しく微笑みながら言いました。


「君がしたのは、ダイタンな万引き」

「え? …………うわあ! いけね!」



 事情を分かってくれるまで。

 俺は一時間ほど立ったまま説明を繰り返したのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る