警察官も人の子でした
「失礼しまーす」
そう声をかけ、一つのテーブルに五本ずつ置いていく。全部置いたところで座敷から出ると、今度は料理を運び入れる。
まずはフライドポテトと鳥の唐揚げ、サラダを各テーブルにセット。それが終わると店長が宴会の口上を述べ、乾杯が終わったところで刺身の盛り合わせと、イカやエビ、キスやししとう、ナスとサツマイモの天ぷらを各テーブルに置いておく。そして天つゆも同時に注ぎ入れていく。
一人四千円の飲み放題なので、料理はこれで終わり。足りなければ頼んでもいいけど、それは自腹だと幹事さんに注意されていた。
ビールが無くなると焼酎やジュースが出る。カクテルもあるけど、一部しか頼めないので割愛。焼酎の割り材としてウーロン茶や緑茶が出るので、お湯が入っているポットや氷などと一緒に持っていく。
他にはレモンスライスやレモンの櫛切り、梅干し。変り種としてきゅうりの輪切りも出るかな? きゅうりを焼酎に入れるとメロンの味がするらしい。
私自身はメロンが得意じゃないから、焼酎を飲むなら梅干し入りのお湯割りかウーロン茶がいいなあ。まあ、仕事中は飲めないんだけどね。
パントリーと座敷を行ったり来たりしながら、合間に入る普通のオーダーも作っていく。手が空いたらグラスを洗って冷蔵庫に入れて冷やしたり、空いてきたビールケースに瓶ビールを詰めて冷やしたり。
あとはレモンをスライスや櫛切りにしたり、不足してきたカクテル類の材料や原液を補充したりしながら、パントリーから見える範囲で、宴会じゃない人たちの様子を窺っていた。
雨降りのせいなのか、座敷以外はポツポツと席が空いていた。
「小夏ちゃん、僕がパントリーとフロアを見てるから、他の人と一緒に空いたグラスとか持って来てもらってもいいかな」
「わかりました」
普段はそんなことはないんだけど、今日は元々一人がお休みでもう一人が急に休んでしまった。店長はレジがあるから、人数が少ない時は私もホールに出たりグラスや空いた食器を下げてくる時もある。
もう一人がくれば楽になるから、それまでの三十分頑張ろう! とトレーを持って座敷に行ったら、芸をしていた。
漫才をやる人、物真似をする人を見て、内心笑いながら空いたグラスや食器を片付け、パントリーや厨房に持っていく。合間にビールやジュースなどの飲み物を頼まれるから、それを作ったりしていた。
もちろん、途中にあるテーブルでオーダーを頼まれたらそれも受ける。
座敷がある程度片付いたのであとは他の二人にお願いし、店長と場所を代わるとまたグラスを洗ったりしていく。そんなことを繰り返しているうちにもう一人来たので、今度は次の宴会の用意をしたりしていた。
動いていると暑いし、喉が渇くのでフロアの人や厨房内にいる人にウーロン茶を振る舞い、私も飲んで一息つく。そして新たに来た人とちょっとだけパントリーを変わってもらってまた座敷に行くと、森川さんが変な格好をしていて固まった。
どこで買ってきたのか知らないけど、彼はYシャツの上におっぱいの形をしたものを首からぶら提げていたのだ。しかもEかFカップはありそうなほど大きなおっぱいを。
「……ひょえっ?!」
素っ頓狂な声をあげた私は悪くないはずだ。だってその格好のままポーズを取ったりクネクネ動いたりしていて、周囲は笑い声をあげていたのだから!
警察官も人の子、今は宴会! と、見たものに対してスルーし、彼に背を向けてグラスと食器を回収していた。そして隣の席に移動する時に見たのは、別の人がそのおっぱいの形をしたナニカにビールを入れていた。
(すっごく嫌な予感がするんだけど?!)
何か嫌な予感がして回収したグラスや食器をパントリーや厨房の洗い場へと置き、おしぼりを掴めるだけ持って座敷に行くと、今度は森川さんといつも一緒にくる人の首からそのおっぱいを首から下げ、胸に吸い付いていたので顔を引きつらせる。
同じように座敷にいた店長も顔を引きつらせていて、二人して顔を見合わせると真新しいおしぼりの半分を店長に渡した。
「ありがとう、小夏ちゃん」
「いえ。溢さなきゃいいんですけど……」
「多分だいじょ……ああ、やった!」
「うわ~……」
店長と小声で話していてフラグが立ったのだろう……見事におっぱいの中に入っていたビールを溢した。
「私が床を拭きます」
「ありがとう」
店長が「服は大丈夫ですか?」と声をかけて彼らの服やズボンを拭き、座布団に溢したビールをおしぼりで吸い取るとそれごと座敷から出し、邪魔にならないところに置いた。店長はその人にもう一度服は大丈夫かと聞いていて、その間に私は畳に零れたビールをおしぼりで拭き取った。
ほとんど座布団に溢してくれたから、畳はほとんど濡れていなくて、ある意味助かった。
備品室から別の座布団を持って来たら、その人からおっぱいを取り上げたらしい店長とすれ違い、店長は中に入っていたビールをパントリーの流しに捨てると一回洗い、丁寧に拭いていた。
「ごめん、小夏ちゃん。これ、返して来てくれる? 一応今後は液体を入れての使用は禁止って言っておいたから、もう大丈夫だと思う」
「いいですよ。あ、洗い物はそのままにしといてください。戻って来たら私がやりますから」
「僕がやっとくから大丈夫だよ」
「じゃあ、お願いします」
店長とそんな話をして座敷に行き、森川さんにおっぱいを渡した。
「すまない、畳や座布団は大丈夫だったかい?」
「はい、あれくらいなら大丈夫です」
日常茶飯事だし、と内心で告げ、ついでに空いたグラスを持って踵を返したら呼びとめられた。
「ねえ、俺は森川
「え?」
「名前を教えてほしいな」
酔っ払っているからか、顔を赤くした彼から、なぜか自己紹介された。相手は酔っ払いだと我慢し、嘘の名前を教えようかとも思ったけど、のちのち面倒なことになりそうだったから本名を告げることにした。
「室田ですけど……」
「苗字じゃなくて、名前のほう。この店だと君だけ知らないんだよ~」
そう言われて、そう言えば私以外はこの人――森川さんに名前で呼ばれてたなー、と思い至ったので「小夏です」と告げると、すっごく嬉しそうな顔をした。
なんでそんな顔をしてるんだろう?
「こなちゅたんねー。よろぴくー」
「……やっぱり酔っ払ってますね」
思いっきり名前を噛んだ森川さんに溜息をつくと、そのままパントリーへと戻った。
それが一回目の出来事だった。
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