『俺のムスコ~』じゃありません!
そして二回目はすぐにやって来た。宴会があった二週間後、いつものメンバーに加えて先日宴会に来ていた人がいた。
総勢十人ほどで、店長が座敷に通していた。ちょうどこの日から新店ができるからと二人ほど研修に来ていて、その一人に店長がパントリーの仕事を教えていたのだ。
私は調理場で洗い物をしている人が体調を崩してお休みしていたので、調理場のヘルプに入っている時だった。
洗い物がなければ料理をテーブルや座敷に運んだりすることもある。ちょうど洗い物が一区切りして水を取り替えている時で、板長に舟盛を持って行くようお願いされたので持って行くと、ちょうど乾杯を終えたあとだったらしく、よかったと胸を撫で下ろした。
「失礼しまーす。舟盛でーす」
舟盛を置いてから
そのあと団体さんがもう一組来たのでそっちの料理や他のお客さんの料理など、洗い物の他にサラダに使うゆで卵やツナ缶の油切り、きゅうりを切ったりレタスを切ったりなどのお手伝いをしているうちに一時間半が過ぎた。
厨房が落ち着いて来たのでそろそろ食器やグラスを下げてくるかー、と板長に断りを入れて座敷から回収し始めたんだけど……。
「あ、こなちゅたん、見て見て~、俺のムスコ~」
森川さんは酔っ払っていて、やっぱり私の名前を噛んだ。それに苦笑していたら、おしぼりで何か作ったらしく、テーブルの上にはウサギやネズミなどのおしぼりアートがあった。
おしぼりの業者さんに怒られるから、おしぼりを解かなきゃいけないので、やってほしくないんだけどなー、なんて思っていたらおしぼりアートを突きつけて来た。なんだろうと思ってみたら、妙にリアルに作られた、男性のアレだった。
しかも酔っているせいなのか、そのおしぼりを股間のあたりに当てて腰を前後に振っていたのだ!
一応学校で習ったといえど、今まで彼氏なんていたことなんてなかったし、慣れてないから顔が赤くなるのは仕方ないじゃないか!
「わ~、真っ赤になったよ、こなちゅたん! 慣れてないの? かーわいいー。なんなら、俺が手取り足取り教えてあげるよ?」
「へ、変態……っ!」
「え~? そんなことないでしょー? 男の本能だと言って~」
「勘弁してくださいよ! 店長! 店長ーーっ!!」
何が面白いのかわかんないけど、真っ赤になった私をからかい始めたので、これは店長に代わってもらったほうがいいと判断して店長を呼んだ。そして森川さんの状態を見た店長は、呆れたように森川さんを見たあと、私を見て「代わるよ」と言ってくれたので、そそくさと厨房に戻った。
「大変だったな、小夏」
「うー……もうやだ……」
一部始終を見てたらしい板長に慰められたものの、恥ずかしくて顔を上げられなかった。そんな森川さんたちは、店長に説教をくらったらしい。
その次の日、この日もおばちゃんが休みだったので、私は厨房の手伝いだった。一人で飲みに来た森川さんは板場の前のカウンターに座って店長や板長と話していた。
昨日のことがあったから近づきたくなかったんだけど、板長に呼ばれて隣に行ったら、彼が謝ってくれた。
「ごめん、悪乗りしすぎた」
「あ、いえ……」
そう言って渡されたのは、紙袋。中にはチョコやクッキー、マドレーヌなどのお菓子が入っていた。
「いただけませんよ」
「いいの、もらって。お詫びの印に全員に配ったから。それは小夏ちゃんのぶん」
「でも……」
「もらっとけって、小夏」
「うん、僕たちももらったから、大丈夫」
こんなにたくさんもらえないと思って遠慮したんだけど、板長や店長にも同じことを言われたから、有り難く頂戴することにした。実はここのところ甘いものを買って食べたりしてなかったし、今日の帰りにコンビニに寄って買って帰るつもりだったから、内心ではすっごく嬉しかった。
「じゃあ、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」
「……っ、いや」
満面の笑顔でお礼を言うと、森川さんは一瞬息を詰まらせたあと、嬉しそうに目を細めていた。
「よかったな、小夏」
「うん!」
「そういえば、明日はどうすんだ?」
「明日はお墓参りに行く予定」
「一緒に行くか?」
「いいの?!」
手が空いたし洗い物が溜まっていたので、手伝ってくれた板長と一緒にプライベートの話をしていた。実は板長は小さいころに離婚した父親にくっついて行った人で、私の兄だ。私は母にくっついていった。
月に一回、父と兄のところまで会いに行っていたし、途中で待ち合わせて三人でご飯を食べたりしてたんだけど、私が高校生になるころに父が再婚したから、行き来しなくなった。
一時期音信不通になって心配したけど、どこにいるかなんてわからなかったし、ここに面接に来た時兄がいてびっくりしたことを今でも覚えてるし、二人して「あーーーっ!!」って叫んだのもいい思い出だ。
面接が終わったあと、新たに連絡先を交換した。その時に母がガンで亡くなったことを伝えていて、その月命日が明日だった。
「たまには一緒に行くよ。俺も場所を知らないしな」
「うん!」
そんな私たちの様子を、森川さんが昏い目をして見てたなんて、この時の私は知らなかった。
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