第6話
「ああ、百合子。やっと来てくれた」
百合子が学校を終え、人気が去ってから蘭の家に行くと、彼女が正門の影から出てきた。
「どうしたの、こんなところで」
「ふふ、いいことがあってね。あなたにはやく言いたかったの」
その笑みはいつか見た、夫について話しているときの表情だった。
「昨日、突然あの人が帰ってきてね。私、急だったからびっくりしていつもより下手だったけれど、英語で挨拶できたのよ」
そうしたら喜んでくれて、と蘭は嬉しさを持て余したかのように手を振り、全身が常に動いて子供のようにはしゃいでいた。時折見せる愛らしい無邪気さ。百合子はわがことのように嬉しくなった。
「それで、ああ、どう言ったらいいかしら。こう、いえ、きっとしてみたほうがわかりやすいわ。それに、きっと気持ちよくてよ」
蘭はキャラメルを取り出し、浅く咥えて百合子に差し出した。彼女は目を閉じ、腰を折って顔の高さを百合子にあわせた。
(これって)
百合子は唾を飲んだ。
(きっと、私も唇でキャラメルを受け取るのだわ)
こんなことをしてはいけないという気持ちとともに、百合子はどこかでそれをずっと望んでいたような気がしてならなかった。
そして、ついには彼女も目を閉じ、恐る恐る顔を近づけた。甘い香りが鼻をくすぐる。それがキャラメルのものなのか、蘭から香るものなのか区別もつかないまま、唇に触れた硬くも柔らかいキャラメルを受け取った。
そのとき、咥えただけだと思ったキャラメルが百合子の意思とは無関係に口内に飛び込んできた。それと同時に触れたものはもっと弾力があって粘りを帯びたもの。
(なに?)
襲い掛かる恐怖に目をきつく閉じ、身を強張らせた。そのあいだもキャラメルを弄ぶように口内を蹂躙するなにか。
(舌だわ!)
頭を引こうにも、いつのまにか後頭部に添えられた蘭の手に押さえつけられて逃げることもままならない。
しかし、いつのまにか繰り返される蹂躙の前に諦め、身を委ねる自分に気づいた。
(ああ、私、喜んでいるのだわ)
頭が蕩けそうな感覚もつかの間。キャラメルが溶けてしまうと同時に蘭の唇も離れていってしまった。
「ああ、もう溶けてしまったわ」
それが終わってもなお頭の中にかかった靄が晴れず、百合子はぼうっとしていた。
「百合子?」
名を呼ばれ、正気に返った彼女は体温が下がっていくのを感じた。
(私、いまなにを)
「百合子?」
「っ……!」
襲い掛かる罪悪感に耐えきれなくなった百合子は心配そうに顔を覗き込む蘭を振り切って走り出し、家まで逃げてしまった。
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