第5話
日曜日、いつもより早い時間から勉強していたため、決めた分を終えてもなお日は高く、帰るには惜しい時間だった。
「退屈になってしまうわ」
蘭が呟いた。百合子も頷く。しかし、勉強以外の口実がでてこない。
(どうしたら、もっと長くここにいられるかしら)
「ちょっと来て」
蘭が百合子の手を握り、駆け出した。向かった先はいままで踏み込んだことのない二階。蘭の部屋だった。
「ねえ、百合子。ちょっとこれを着てみないかしら」
蘭が出したのは洋服だった。
「むかし着ていたのだけれど、いまだとすこし小さくて。ねえ、気に入ってものがあればあげるから、着てみましょうよ」
蘭は次々と服を引っ張り出した。オレンジのバイアステエプで縁どりした白いワンピイス。肩の膨らみや胸元にあるリボンのせいか高貴な雰囲気を醸し出す深緋色のワンピイス。
どれもあまり見かけない最先端の洋装だった。
(さすが洋妾。モガなのだわ)
「さあ、どれがいい?」
百合子が見惚れているすきに、蘭は彼女の制服をめくり上げて無理やりに着替えさせようとしていた。
「やっ、自分でできるわ」
「いいから、ね? 私にやらせて?」
百合子は流されるまま、さまざまな服を着ては脱がされを繰り返した。そのうちに、やはり最初に目を引いた深緋色のワンピイスを選んだ。袖を通した時の柔らかな感触、全体的に大きめだが、それがかえって開放感のような余裕があって心地よかった。
「すごく、綺麗」
「それが気に入ったのね」
「ねえ、すこし外に出てもいいかしら」
え、と蘭の表情に陰りが出た。
「ごめんなさい。外には出たくないの」
「どうしてぇ? 今日はいい天気よ?」
「怖いのよ」
蘭が振り絞るような小声で言った。
「私って混血でしょう? 外に出て、物珍し気に見られるのがいやなのよ」
胸の前で握りしめられた蘭の拳はかすかに震えていた。
「それに、私って町の人に嫌われてるみたいだから」
世間の目が洋妾に冷たいことは百合子も知っていた。今までは彼女自身もそうだったのだから。でも、
「大丈夫よ。私が守ってあげるわ」
「ありがとう」
蘭は拳をほどき、強張らせていた肩を下ろした。
「その服、あげるわ。いつか、今は無理だけど、いつか、一緒に出掛けましょう。そのときにはきっと、その服を着てちょうだい」
「ええ、約束」
またひとつ約束が増えた。そのうちのいくつが叶うのだろう、と思いながら、百合子は蘭と小指を絡めた。
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