第2話

 授業が始まっても、百合子の頭は洋妾のことばかりだった。

(洋妾だなんて呼ばれているから、てっきり、日本人だとばかり思っていたけれど)

 しかし、彼女が今朝方見かけた女性の顔は日本人離れしており、外国人女性そのものだった。

(ミセス・マアガレットによく似ていたわ)

 百合子は教壇に立つ英国人教師に目をやった。外国語の授業中ではあったが、優しい彼女はすこし訛りのある日本を話し、生徒たちにもわかりやすいよう授業を行っていた。

「アソウさん、アソウユリコさん」

 百合子は名を呼ばれ、はあい、と答えた。

「はなし、きいていましたか? いま、授業中ですよ」

 ミセス・マアガレットが黒板をこつこつと叩く。そこにはいくつか英文が書かれていたが、百合子のノオトは白紙のままだった。

「すみませぇん」

 百合子の返事を聞いたミセスは「まったく」と呟いて百合子の席に近づいてきた。

「やる気、ありますか」

 百合子は彼女が近づいて来るにつれ、丸まっていた背筋を伸ばして首だけ曲げて視線を下げた。

「あなたのお父上はとても素晴らしい方。けれど、あなたがもっと真面目でなければ、この学校でその素晴らしさ、伝わりません。お父上、悲しみます」

 そんなこと言ったって、と百合子は反発したい気持ちになった。

(どうせ女は男の人より馬鹿にできているのだから、勉強したって意味なんかありゃしないじゃない)

 思っていることを言おうと顔を上げたが、ミセスの青い瞳に見つめられ、押し黙ってしまった。

 ふう、とため息をついたミセスは百合子の沈黙を反省と受け取ったのか、教壇に戻りながら教科書を読み上げる。

(ミセス・マアガレットの目は青かったけれど、あの人も青いのかしら。それとも、髪と同じで鳶色なのかしら)

 終業の鐘が鳴り、ミセスが職員室に帰っていくと生徒たちはいくつかのグルウプを作って洋妾の噂をしていた。

「今朝、妙な歌を歌っていてよ。よく聞いていなかったけれど、でも、悪い歌に違いないわ」

「お母さまが言ってらしたの。あの洋妾は少女の生き血で湯浴みをするそうよ」

 馬鹿馬鹿しい、と百合子は思った。

(そんなのは嘘よ。一度あの人を見たらいいわ。だれが善い人なのか、すぐにわかるわ)


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