第5話『モルドレッド卿』
「け、消しに来た………?」
「な、何を仰るのですか!我が君!」
セシルとルイスは訳が分からないと声をあげる。
そんな二人をモルドレッドは無視して剣を抜く。
「簡単だ。貴様達は必要無くなった。それだけだ」
剣を掲げ、振り下ろす。
すると剣先を始点に破壊の塊が二人に向かって轟音を立てて飛んでいく。
二人は寸でのところで避け、剣を抜く。
「モルドレッド卿、貴方がそのつもりなら、我々もやらせていただきます!」
「おう、そうしろ。じゃないと俺も面白くない。精々、俺を楽しませてみろ!」
赤い閃光が闘技場内を駆け回る。
目視すら許さない。残像の線が残り、鮮やかな赤色が闘技場内を飾る。
「は、速すぎる!?」
「ルイス殿!後ろだ!」
「遅ぇよ」
鋼の鉄拳が振り返りの途中だったルイスの脇腹にめり込む。次に回し蹴りがセシルの肩を砕く。
二人は壁に吹き飛ばされ、口から血を吐く。
「どうしたどうした?そんなものか?俺の組にいたんだからよ、せめてそれくらいの実力は見せろよ」
「モルドレッド卿……何故こんなことを………」
「我等は……これまで幾度なく貴方様に……お力添えしてきたと……言うのに………この仕打ちは…あんまりでございます……」
二人の泣き言にモルドレッドは心底嫌気がさして馬鹿デカイため息を吐いた。
「貴様らなぁ。まさか、俺が貴様らが今まで何をしてきたか知らないとでも思っているのか?」
「ど、どういう意味でございましょう……」
「あっっっっっっっっっきれた。心底呆れ果てた。まさか俺がこんなにも舐められていたなんて、これ以上の侮辱ったら無いわ」
モルドレッドは肩に剣を置いてネタバラシをする。
「貴様らがこの団に入り、行った悪事の数々。帝国魔術兵士団という立場、権利を利用して、立ち寄った店への金は全てツケ。無銭飲食しほうだい。ありとあらゆる女を抱いては捨て、抱いては捨ての女癖の悪さ。気に入らない事があればすぐに俺達の団の名を掲げて抑圧する。闇市での麻薬の取引、人身売買。よくもまぁこんなにも悪事を積み重ねれたものだ。いやな?確かにこの団に入ればあらゆる権利が己の意のままなんだがな、貴様らみたいなゴミの為にある権利じゃねぇんだわ」
弾け、二人の背後に瞬間移動。
そして頭を掴み、地面に叩きつけた。
「精一杯人々の為に貢献し、平和を守り、上へと目指す奴等の為にあるんだよ。なぁ?分かるか?ああ"?断じて貴様ら屑の為にあるんじゃねぇんだよ。聞いてんのかコラ」
髪を掴み、叩きつけた頭を引き上げる。
セシルとルイスの顔面は潰れ、鼻血が出ている。だがモルドレッドは容赦なく再び叩きつけた。
二人が掠れ声で許しを請うが無視して容赦なく何度も何度も叩きつける。
モルドレッドは以前からこの二人には怒りが溜まっていた。二人の悪事は知っていたが必死に我慢をしていた。
それが今日爆発した。
情けで入団を許可し、組にも加え、今までの悪事を黙ってやっていたのに、全て駄目にした。
時間と労力をこんな二人に無駄にしてしまった己への怒りが冷めなかった。
「ざけんじゃねぇぞオイ。恩を仇で返しやがってよ。どうせあれだろ?今回の告げ口だって、俺を貶める為にしたんだろ?そこらの雑魚に俺が遅れを取ったなんて父上が知ったらさぞ幻滅して、俺の階級を下げると思ったんだろ?それで貴様らは逆に階級が上がり、俺を叩き潰し、しまいにゃ父上を落とそうと考えてたんじゃねぇの?ハッ!浅はか過ぎて泣けてくるぜ」
モルドレッドは剣を抜き、二人の目の前に突き刺す。
「生憎、父上はそんな事で俺を落としたりしない。それに、貴様らじゃ父上に傷を付けるはおろか、出し抜けすらしない。俺すら出し抜けないんだ。結果は見えてるだろ」
「く………そ………」
「オラ立てよ。一分やるから俺に一つでも良いから傷を付けてみろ。付けれたら許してやる。土下座して貴様らの靴を舐めてやろう。さぁ、やれよ」
剣を納め、二人から少し距離を取って佇む。
セシルとルイスはフラフラと立ち上がり、手を上げた。
「モルドレッド……貴様はここで必ず殺す!!」
「我等を愚弄した罪を思い知れ!!」
「やっとか。最初からそうすれば良いのに」
とうとう本性を見せた二人にモルドレッドは肩を落とした。
「《雷鳴の槍よ》━━ッ!」
「《業火の怒りよ》━━ッ!」
赤と黄色の魔方陣が展開。赤からは炎の玉がマシンガンの如く放たれ、黄色からは五本の稲妻が飛び出した。
その二種の魔法はモルドレッドを目掛けて飛ぶ。
だがモルドレッドは避ける気配を見せない。それどころかため息を吐いていた。
「《
二種の魔法はモルドレッドのすぐ目の前で弾かれる。
モルドレッドが傷を負わない理由はここにあった。
彼の体を包む薄い膜は魔法で作られた壁。その堅さはオリハルコンを凌駕し、魔法を全て打ち消す力を持っている。
しかもこれはモルドレッドの意識で発動する物ではなく、彼の持つ本当の愛剣の加護であった。
勿論、そんな事はあの二人は知らないが。
「くそっ!やはり通らない!」
「焦るな!まだ五十秒ある!撃って撃って撃ちまくれ!!」
何度も雷属性魔法と炎属性魔法が放たれるが、防御壁に弾かれる。
本来『防御壁』は基礎中の基礎の防御魔法なのだが、使用者によって効果は大きく変わる。
三流が使えば、Dクラス迷宮の魔獣の攻撃を一撃でも喰らえば破れるが、モルドレッドのように一流が使えば最低Sクラス迷宮の魔獣くらいの攻撃なら何度でも防げる。
しかも基礎魔法な為、有する魔力の量も僅か。モルドレッドにとっては非常にコストパフォーマンスが良い魔法なのである。
「残り三十秒」
魔のカウントダウンが半分を切った。
セシルとルイスは徐々に焦りが募る。このカウントダウンがゼロになれば自分達は死ぬ。
迫り来る絶対の死に二人は恐怖する。そのあまりに攻撃を止め、闘技場から逃げだそうと出口に向かった。
しかし開かない。当然だ。事前にモルドレッドがルシウスに退路を塞げと命令しておいたのだから。
「どうした?もう終わりか?残り二十秒あるぞ?」
「い、嫌だ!死にたくない!!開けてくれ!!誰か!!」
「許して下さい!お願いします!何でもしますから命だけは!!」
モルドレッドはニコリと笑う。
その笑顔に二人も自然と頬が緩んだ。
「駄~~~目♡」
まぁ、それも一瞬で絶望に変わるのだがな。
「残り十秒」
「は、早く開けろ!早く!!」
「分かってんだよ!!けど開かねぇんだよ!!」
「九~」
「畜生!他に出口は!!」
「あ、彼処だ!!あの窓から逃げよう!!」
「駄目だ!結界が張ってある!くそっ!何処まで用意周到な奴なんだ!!」
「八~」
「何か……何か手段は無いのか……!」
「七~」
「嫌だ……殺さないで……」
「六~、五~」
残り五秒を切った。
二人の恐怖は遂に頂点に達した。その場に崩れ落ち、歩いてくる鬼神に全身を震わせた。
「四~」
カウントダウンをする声は最早悪魔の囁き。いや、地獄へ続く汽車の汽笛の音にも聞こえる。
「三~」
背筋が凍る。全身の毛穴から嫌な汗が吹き出す。
「二~」
耳を塞ぐ。なのに迫り来る足音と声が消えてくれない。
「一」
足音が止まり、影が二人を包んだ。
二人の瞳に写るのは最早モルドレッドではない。
人の姿をした『鬼』。
「零」
紅蓮の瞳が二人を射ぬく。
二人はもう呼吸が止まりそうだった。全身がガタガタと尋常では無いくらいに震え、涙が止まらない。恐怖が大きすぎて股間辺りは水浸し。
元帝国魔術兵士団の一員とは思えない程の体たらくだった。
「…………貴様らの親御さんが見たらきっと今の貴様らみたいに泣き崩れるな」
「ゆるひてくだひゃい……」
「おれはゃひがわるひゃっひゃれしゅ………」
「あのなぁ、一つだけ言わせてくれや」
モルドレッドは頭をガシガシと掻いてから、二人を睨んだ。
「なんで俺が貴様らみたいなゴミを許さなきゃいけねぇんだ?」
モルドレッドの右手が赤く発光し、一本の剣が現れた。
【魔剣:ブラッドエクスカリバー】
SSランク迷宮の魔獣ファフニールの牙から作られたモルドレッドの愛剣。
その切れ味は振るだけで大陸を砕き、海を割ると言われている。
名前は『エクスカリバーの影』という意味を込めてアーサーが名付けた。
「折角だ。冥土の土産としてコイツで葬ってやる」
モルドレッドは剣先を地に付けるように構える。
剣に魔力が送られ、赤く輝きを放つ。その輝きは更に大きくなり、次第に巨大な光の剣へと姿を変える。
「反逆の狼煙を上げろ。ブラッドエクスカリバァァァァァァ!!!」
ブラッドエクスカリバーを振り上げた。
すると轟音と共に闘技場の地面が抉れ、壁が吹き飛び、セシルとルイスは消し飛んだ。
闘技場から伸びた光の剣は外にいた者達からも確認が出来た。
その剣が何の剣なのかと困惑する者もいれば、アグラヴェインのように意味を理解して頭を抱える者もいた。
「貴様らには慈悲すらかけねぇ。そのまま地獄に落ちろ」
ブラッドエクスカリバーを仕舞い、一息吐くモルドレッドの目の前には大きな穴。
流石にやり過ぎたと苦笑いをする彼の隣にはいつの間にかルシウスの姿があった。
「お疲れ様でしたモルドレッド卿」
「おうルシウス。悪い。思った以上にやり過ぎちまった」
「問題ありません。明日までには完璧に直しておきます」
「いつも悪いな」
「しかしモルドレッド卿」
ジトッとルシウスがモルドレッドを睨む。
従者に睨まれるなんて思わなかった為、モルドレッドは珍しくビクついてしまった。
「な、何だよ」
「命令をくだされば、私があの者達を始末致しましたのに。何故ご自身から行かれたので?」
「何でって言われてもなぁ。ムカついたからとしか言えねぇ」
「だとしても、貴方様が直接そのお手を汚す必要は無かった筈でございます」
「…………何が言いたい?」
ルシウスはモルドレッドの手を持ち上げ、血で汚れた手袋を丁寧に取ってから、見えた素肌にそっと自身の手を重ねた。
「貴方様の手は、あのような輩の血を浴びる手ではございません。貴方様の手は、正義を振るう手なのですから。それに………」
「それに?」
「貴方様は━━━なのです。汚れ仕事は似合いませんよ」
「…………うるせぇ。変なところで気を遣って、俺のやり方にケチつけんな。従者風情が」
「出過ぎた真似をどうかお許しください。ですが、私は貴方様を想って━━」
「あ~あ~!もううるさい!さっさと片付けを頼むぞ!それと腹が減った!今日のメニューは肉だ!良いな!」
「御意。夕飯まで、ゆるりとお過ごしください。我が君」
「フンッだ!」
丁寧にお辞儀をするルシウスにご立腹なモルドレッドはズカズカとがに股で自室へと戻っていった。
ルシウスは魔法を展開し、壊れた闘技場を直しながら、顔を赤くして去っていくモルドレッドの姿に優しい笑みを浮かべた━━━。
◆◆◆
「モルドレッド卿と戦ったニャァァァァァァァァ!!?!!??!」
「だぁぁぁぁ!なんだなんだ!!?」
場所はセリライト家に移る。
翔はリビングで書物に読みふけっていたらケットシーがいきなり叫ぶものだから驚きのあまりに椅子から転げ落ちてしまった。
「ひ、姫!なななな何を考えているのニャ!下手すれば死んでいたニャよ!!」
「分かってるよ。けどカチンと来ちゃったんだもん。仕方ないじゃん」
「し、仕方なくないニャ!!十二星には逆らっては駄目だと、冒険者の中では鉄の掟の筈ニャ!!姫も知らないわけないニャ!!」
「知ってる」
「だったらなんでニャ!!」
「落ち着けって。ケットシー」
全身の毛を逆立て、尻尾をピーンと立てたケットシーを翔は後ろから抱き抱える。
ケットシーは翔の腕の中で暴れる。
「カケルからも何か言うのニャ!」
「何か言えって言われても、シャルルだって怒ることはあるさ。それに、俺はシャルルが自分から突っかかったりしない子だって知ってる。今回だって、きっとそのモルドレッド卿ってのがシャルルに喧嘩売ったんだろ。なっ?シャルル」
「カケルは姫に甘過ぎニャ!!もしかしたら殺されているところだったんだニャ!!」
「けど生きてる。それが全てだろ。そこまで怒ってやるな」
翔はケットシーの喉辺りを擽る。するとケットシーは耳をたたみ、気の抜けた声を出して大人しくなる。やはり猫であるから、喉下は弱いらしい。
「や、やめるニャ~~」
「説得力の無い声だな。ほれほれ」
「ふニャ~~」
「で、話は戻すけど、そのモルドレッド卿ってのはあれか?円卓の騎士って奴か?」
「知ってるの?」
「まぁ一応俺の世界でも知られた名前だしな。『アーサー王伝説』っていう物語があってな、結構有名だよ」
「凄いね。何処の世界にもアーサー王は伝説になってるんだね」
「で、それと同じか?」
「うん。だいたい同じ。この世界にもアーサー王は実在していて、今は帝国魔術兵士団の総帥なんだ」
帝国魔術兵士団にも組は数多くあり、各組の団長が『円卓の騎士』と呼ばれる。そしてその中でも飛び抜けて優秀な十二人が、幹部『十二星』になることが出来るのだ。
現在の十二星は『ランスロット』『ガウェイン』『トリスタン』『ガラハッド』『パーシヴァル』『モルドレッド』『ベディヴィエール』『アグラヴェイン』『ユーウェイン』『フローレンス』『ライオネル』『ガレス』である。
「ほ~。俺の世界と一緒だ。こんな偶然もあるんだな」
「その中でも上位の切れ者にモルドレッド卿が入ってるんだニャ。そんな人と戦闘したとなれば、得られるのは『死』ニャ。今回助かったのは本当に奇跡ニャ」
「そんなに強いのか?」
「うニャ。帝国魔術兵士団の団員でも彼に傷を負わせた者は一人もいないと聞くニャ。アーサー王の息子なだけあって魔力の量や質は常人と比べるのも烏滸がましいくらいニャ」
シャルルはこの時、掠り傷程度なら負わせたと言おうと思ったが、そんな事を言えばまたケットシーが煩いので言わないことにした。
「それだけ強いなら迷宮だってSランク以上なんて余裕じゃないか?」
「無論ニャ。彼らならSランクをソロクリアなんて朝飯前ニャ」
「けどAランクが帝国魔術兵士団のギリギリだって言わなかったか?」
「彼らを帝国魔術兵士団の団員と一緒にしては駄目ニャ。彼らは最早生命と呼ぶのが間違っているくらいの力の持ち主なんだニャ。生命の概念を超越してるニャ」
「化け物かよ」
「まさしくその通りニャ。なのに姫と来たら、その化け物と一戦交えたなんて言うから、あては心臓が破裂する思いだったニャ。山菜取りなんてしてる暇じゃないからすぐに帰って来たんだニャ。そしたらこの通りニャ。治癒魔法では追い付かない程の重傷。ホント、これくらいで済んで良かったのニャ」
ケットシーは手から逃れ、山菜篭を台所に持っていって薬草の調合を始めた。
テレサもケットシーの手伝いに入る。
一方、翔はシャルルの隣に腰かけて包帯を巻く作業に移る。
自分よりも一、二周り細くて小さな体に付く切り傷やアザを見る度に背筋に寒気が走る。
まだほんの十三歳のこの体に、これ程の傷はあまりにも酷過ぎた。
「痛くないか?」
「大丈夫」
包帯を巻きながら呼び掛けるもシャルルは平気そうに応答。
「シャルル、俺はお前が悪かったとは思わない。けど、これからは少し気を付けような。お前はまだ幼い。まだまだ未来があるんだ。決して、命を粗末にするような事は止めてくれ。何よりも、自分の命を優先するんだ。良いな?」
「うん……心配かけてごめんなさい……」
「偉いぞ。よし!今日は一緒に寝るか!傷の心配もあるから看病も兼ねてな」
「ホント!?やった~!」
「おいおい!体を動かすなって!傷が開く!」
両手を上げて
けど当の本人は痛みよりも兄と一緒に寝ることの方が優先事項のようだ。
シャルルらしい反応に、翔だけじゃなく台所にいたケットシーとテレサも自然と笑みが溢れていた。
「やれやれ………俺の勇者様はお転婆だな」
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