第4話『隠された素質』

「おはようございま~~す………」


 寝惚け、頭に寝癖を作りながら翔は寝室からリビングに出る。

 リビングではテレサが珈琲を嗜んでおり、翔に優しい微笑みを見せる。

 それを見るだけで翔は眠気が吹き飛び、意識が完全に覚醒する。


「おはようございます。今朝食の準備をしますね」

「ありがとうございます。シャルルとケットシーは?」

「今、朝の九時ですよ?シャルルは既に迷宮へ、ケットシーは山菜採りに向かいました」

「もしかしなくても、俺寝坊ですか?」

「はい。寝坊助さんです」

「すいません………」


 謝罪する翔にテレサはクスクスと笑い、朝食の準備に取りかかる。

 これと言って、翔には手伝えることは無いので大人しく席に着いて朝食の完成を待つ。

 ふと、目の前の新聞が気になった。手に取って見てみると、『グランド・エデンでまたもや不可解な殺人事件!?』と大きく載っていた。


「またこの事件ですか。最近多いですよね」

「そうですね。今週でそれで被害は十人目。未だに犯人は見つかるどころか、情報が何一つ手に入ってないようです」

「犯人は何を考えているんですかね」

「さぁ?軽率に殺人を犯す人の事なんて知りたくもないです」


 テレサの声には少なからずの怒りが含まれていた。

 被害にあった人達の種族はバラバラ。人類種だったり半魚人種だったりと多種多様。その中には勿論テレサと同じ森霊種もいた。

 テレサが怒るのも当然と言えよう。


「命とは、生命に平等に与えられた権利です。それを奪うなんて、例え神であろうと許されることではありません。絶対に。しかし、私達も生きる為に動物の命を奪っています。だから、奪ってしまった動物に謝罪と感謝をする為にも食事の際に『いただきます』『ご馳走さま』をするんですよ」

「ごもっとも」

「ですが、その事件の犯人は何も考えていない。ただ殺戮を楽しんでいるように見えます。だから私は、犯人が嫌いです。大嫌いです」


 部屋の温度が一気に下がった気がした。全身に刃を突きつけられたような異様な殺気。

 翔はここで思い出した。

 いくら普段穏やかなテレサでも、簡単に人を殺せる魔法を有する森霊種なのだと。

 けどそんな感覚も一瞬。

 テレサはすぐに元の穏やかな彼女に戻って、台所から翔の朝食を持ってやってくる。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます。うん。今日も素晴らしいお味です」

「フフッ、お褒めに預り光栄です」


 絶品な料理に箸を入れながらも翔は先程の新聞のことを考えていた。

 もしかすると次は自分なのかもしれない、いや、それかテレサやシャルルにケットシーかもしれない。

 そんな不安が翔の中に渦巻く。

 翔は、自分が来た世界の恐ろしさを改めて実感した。




「てやぁぁぁぁぁ!!」


 幼い雄叫びと共にクルセイダーの閃光が走る。

 返り血で折角の青髪を赤く染めた少年シャルルは今回も難なくEランク迷宮をソロクリア。

 迷宮の主の死体から金になりそうな素材をナイフで手慣れた手つきで剥ぎ取り、ウエストポーチにしまう。

 Eランクといえど、シャルルくらいの歳でソロクリアはそうそうない。てかシャルルが歴史上初めてだ。

 自分がまさかの偉業を成し遂げていることも知らずに、シャルルは鼻唄を歌いながら迷宮の帰路を辿り出す。


「今日も大量大量♪お母さん喜ぶぞ~♪カケル兄も褒めてくれるかな~♪」


 スキップで迷宮内を進むシャルルの前に━━━


「おい、止まれ」


 剣を抜き、鋼の鎧をギラつかせた一人の剣士。


「誰?」

「モルドレッド」

「えっ!?も、ももももモルドレッド卿!?」


 シャルルは膝を地面について頭を垂れた。

 帝国魔術兵士団を目指す者なら彼の名前を知らない者はいない。いたとすればそれは命知らずか大馬鹿者くらいだ。


「お目にかかり光栄でございます!先程のご無礼をお許しくださいませ!」

「まぁいい。許そう」

「有り難き幸せ!で、ですが、貴方様のような偉大な方が何故このような貧相な迷宮に………?」

「貴様は最近起きている殺人事件は知っているか?」

「はい。街でも大変話題になっております。頭の狂った殺戮犯がいると。それが如何なさいましたか?」

「俺は今それの調査をしていてな、貴様、最近怪しい者は見なかったか?」


 シャルルはこれまでの記憶を探る。

 翔がやって来たこと以外は気になる事は無かった。寧ろ生活がより楽しくなったくらいだ。

 しかし、かと言って翔の事を教えるのは翔の命に関わる為、憧れの人物に嘘を吐くのは気が引けるが敢えて隠し通すことにした。


「私は怪しい人物は見ておりません。お力になれず、申し訳ございません」

「その言葉に嘘は無いな?」

「と、申されますと?」

「今回の事件は極めて危険だ。些細な手掛かりでも惜しい。もし貴様が何かを知っていて、隠すものならここで始末する。俺は虚言が大の嫌いでな。もう一度問う。今の言葉に、嘘は無いな?俺の目を見て、答えろ」


 モルドレッドはシャルルの首を掴み、強引に顔を上げさせて視線を合わせる。


「ありません。誓って、貴方様に嘘は吐いておりません」


 シャルルは一言一句はっきりとモルドレッドに言った。

 数秒間二人は見詰め合う。

 モルドレッドは一般的にはこう呼ばれる。『真実の魔眼』と。

 彼の眼光は相手の精神に負荷を与え、嘘を吐けなくする力を持っている。その眼光に睨まれた者はまるでキレた獅子を目の前にしている錯覚に襲われると言われる。

 それはシャルルも同じだった。

 だがシャルルの精神は折れなかった。

 兄を想う心がモルドレッドの眼光からシャルルの精神を守ったのだ。それはシャルルが優しかった故の功績だった。


「…………チッ!ハズレか」


 モルドレッドは舌打ちをしてシャルルの首から手を離す。


「まさか、俺の問いに怯まねぇ奴がいるとは。それも貴様のような下級でボロくせぇガキの冒険者とはな」


 珍しくシャルルはカチンッと来た。

 絡んで来たのは向こうからだと言うのに何故ここまでボロくそに言われなければならないのだ。

 いくら尊敬する存在でも、許せる言葉では無かった。


「お言葉ですが、モルドレッド卿。その下級に今遅れを取ったのですよ」

「何だと?」


 立ち去ろうとしていたモルドレッドの足が止まる。振り返り、シャルルを睨む目の上には青筋が浮かんでいる。


「貴方様がどれだけ強く、どれだけ偉大であろうと、下級の冒険者が弱いというのは少々見下し過ぎではありませんか?」

「弱いから下級なんだろうが。雑魚を雑魚と捉えて何が悪い?」

「力が全てだと思っていらっしゃるなら、貴方様こそおつむが弱い」


 ━━ブチッ━━


 刹那、赤い稲妻がシャルルを完璧に捉えた。

 シャルルは目にも止まらぬ速度で吹き飛び、先程までシャルルがいた場所には剣を抜いたモルドレッドの姿。


「口に気を付けろよ。今回はこれくらいで許してやる。今すぐ俺の目の前から去れ」


 剣を鞘に納めようとしたモルドレッドの手が止まる。彼の視線はシャルルが飛んでいった方向から離れない。


「~~ッ!さ、すが……モルドレッド卿……見事な太刀筋で…ごさい…ます………」


 砂煙が晴れるとクルセイダーを盾のように構えたシャルルが姿を現す。


「貴様、あれを受け止めたのか」

「骨はいくらか逝きましたが………」

「そうか。それじゃあさぞツラかろう?ここで楽にしてやる。死ね」


 再び赤い稲妻が走る。

 シャルルはクルセイダーを構え、迎え撃つ。稲妻を狙ってクルセイダーを振る。

 だが当然当たるわけもなく、また吹き飛ばされた。


「…………俺に歯向かうからこうなるんだ」


 モルドレッドは剣を鞘に納め、そう吐き捨てる。

 だが次の瞬間、モルドレッドは目を疑った。

 ポタリと自分の足元に何かが落ちた。それは赤い水滴。つまり、血。

 まさかと思い、右頬を拭った。銀に輝くナックルガードに似合わない赤いデコレーション。


「馬鹿な……この俺が斬られた……あのガキにか………」

「……また……遅れを取りましたね………」


 ぶつかった衝撃で崩れた迷宮の瓦礫の中からボロボロのシャルルが出て来て笑う。

 モルドレッドはそんなシャルルを見て歯軋りをした。


「…………貴様、名は?」

「私は……貴方様に名乗る程の者では………」

「口答えするな。今度こそ細切れにするぞ」

「…………シャルル……シャルル・セリライトでごさいます……」

「シャルル・セリライト。その名、確かに覚えた。喜べ。今の俺は気分が良い。見逃してやろうシャルル。また会える日を楽しみにしているぞ」


 モルドレッドはまた赤く弾けてその場から姿を消した。


「…………何だったんだろう、あの人」


 シャルルは状況が飲み込めないまま自身に治癒魔法を掛けてからため息を吐いて、再び帰路を辿り始めた。





「あ~疲れた~」


 帝国魔術兵士団本部の特別室『円卓の集い場』でモルドレッドは鎧を脱ぎ捨て、ソファに寝そべって大きく背伸びをする。


「モルドレッド卿、だらしないぞ」


 向かいのソファで紅茶を嗜みながらモルドレッドを睨む黒い鎧の騎士はモルドレッドと同じく『十二星』の一人、アグラヴェイン卿。


「貴殿も王の血筋なら、身嗜みは整えたまえ」

「硬ぇこと言うなよアグラヴェイン」

「時にモルドレッド卿。その頬はどうした?貴殿が傷を作るなど、明日は槍でも降るのかね?」

「あぁこれか。ネズミにやられた」

「はぁ……貴殿も冗談が下手になったな。よもやそこらの冒険者に遅れを取った等とほざくか」

「嘘じゃねぇよ。下級の少年冒険者に斬られた」

「………まことか?」


 アグラヴェインの目が鋭くなる。対し、モルドレッドはつまらなさそうに長髪の毛先を整えながら口を尖らせる。


「本当だよ。油断したつもりは無かったが気がついたら斬られてた。ありゃあまぐれでもやべぇぜ」

「この団で貴殿に傷を与えた者は?」

「いねぇな。それどころか俺の髪の毛すら斬れた奴は一人もいねぇ」

「その冒険者は何者だ?」

「知らん。まだ子供だったな。それにありゃ━━━だ」

「子供で、更に━━━相手に傷を付けられたのか………王に何と報告したら良いのだ………示しがつかぬぞ………」

「どうせあの人は俺の事なんて何も見てねぇよ。ほっとけほっとけ。それよりさ、どうよ?だろありゃあ。兵士団へのスカウトも視野に入れるべきだと思うんだよ」

「子供をか?他の団員が黙ってないぞ」

「俺の組に加える。それに、今すぐってわけじゃねぇ。数年待てばあのガキはきっと化ける。それまで様子見と行こうぜ」


 モルドレッドは珍しく無邪気な笑みを浮かべてアグラヴェインに押し寄る。

 アグラヴェインは体を仰け反らせて距離を取りつつ頷いた。


「良かろう。貴殿が責任を持つのならそうするがいい。私は一切関与せん」

「オーケー。父上にはめんどくせぇから報告無しだ」

「そうはいかないようだがな」

「あん?」


 アグラヴェインは扉の方を指差す。

 扉の前にはモルドレッドの側近、頭に黒い湾曲した角を二本生やした悪魔種の斧使い、ルシウスがいた。

 ルシウスはモルドレッドに敬礼をして頭を垂れる。


「モルドレッド卿、王がお呼びでございます」

「何用だ?」

「この度の捜査の結果報告だそうで」

「それだけか?」


 モルドレッドはルシウスを睨む。ルシウスは少し考えたのち、首を横に振った。


「………何処ぞの愚か者が、迷宮での出来事を告げ口したようです。貴方様とあの少年の事が王に知られました」

「告げ口した馬鹿は分かってるんだろうな?」

「はい。第二番隊のセシル・アバーン、ルイス・バーバリオンでございます」

「あの糞共か」

「如何なさいますか?」

「アグラヴェイン、お前いるか?」

「貴殿がいらぬと言っている奴等を私が欲しがると思うか?」

「だよなぁ~。よし!ルシウス、俺は父上のところに行ってくる。その間に糞二人を闘技場に連れていけ。くれぐれも、俺が呼んだとバレないようにな」

「御意」


 ルシウスはお辞儀をすると煙のように姿を消した。

 モルドレッドは鎧を着て、気だるげに欠伸をして、彼の父親アーサー王のいる部屋へと向かった。





「ち~っす。父上~、元気か~」


 気の抜けた声を出しながら扉を荒っぽく開ける。

 敬意も何も無しにずかずかと入ってくるモルドレッドにアーサーの護衛の者達は困惑する。


「も、モルドレッド卿。王の前ですぞ」

「ああ"?てめぇらごときが俺に指図すんのか?」

「い、いえ。滅相もございません………」

「気を付けろよ。俺は今最高にキレてんだ。これ以上俺の機嫌を損ねるなら、消すぞ?」

「申し訳ございませんでした………」


 部屋の中に用意された長いテーブル。

 その奥に陣取る彼こそ、帝国魔術兵士団の総帥アーサー・ペンドラゴン。

 シンプルなデザインの鋼の鎧を纏い、青色のマントに引かれた金のラインは眩しい程に輝きを放つ。

 彼の座る玉座の横にはSSSランク迷宮に住まう魔獣バハムートの牙から作られた愛剣『エクスカリバー』が立て掛けられている。

 その持ち主のアーサーは金色の髪を持ち、全てを見透す碧眼に心を奪われた女性は数知れず。

 玉座の手すりに頬杖をついているだけで息が詰まりそうな緊張感が部屋の中を支配する。


「相変わらずだな。モルドレッド卿」


 凛とした声が部屋内の者達の耳に入る。それだけで皆、心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥った。

 モルドレッドただ一人を除いて。


「捜査の進捗は如何かな?」

「アンタも部下から聞いてるだろうに。まだスタートラインにすら立ててねぇよ」


 モルドレッドは椅子を引き、腰の下ろしたかと思えば両足を上げてテーブルの上に乗せた。

 足の裏がアーサーの方へ向いており、それは一般的には無礼な行いになる。

 モルドレッドの遠慮のない行動にアーサー以外の全員が固唾を飲んだ。


「貴殿の口から直接聞いておきたくてな」

「はいはい、そうですか」

「次の話だが、その頬の傷、誰にやられた?」

「それこそ聞いてるだろ。俺の、アンタにと~~っっっっっっっっっっても従順な愚かな部下からな」

「そこらのネズミに遅れを取るとは、貴殿も落ちたな」

「へいへい。悪ぅございました。まっ、俺にその傷すらつけられなかったこの団の雑魚共とは違い、まぐれでも掠り傷をつけたあのガキの方が何倍も価値があると思うけどな」


 意地悪な笑みを浮かべて護衛達を見る。護衛達は悔しさに顔を俯かせている。当然だろう。頂点に最も近い位置にいる自分達を差し置いて、何処の馬の骨かわからない子供に負けたのだから。


「貴殿のその言い様、まさか、そのネズミを団に入れるつもりか?」

「少なくとも、あのガキが入団を求めて来たら俺の組に迎え入れるつもりだ。勿論、テストは入れるがな」


 篭に積まれた林檎を一つ取ってかぶり付く。


「俺が直々に力を見てやる。迷宮攻略なんてまどろっこしい事はせず、俺との戦いの中で必要か否かを見定める」

「はたして、それが他の団員に受け入れられるかな」

「アグラヴェインと同じ事を言うんだな。別にいいさ。だいたい、他の団員だってお情けで団に入れてやったものだ。反抗するなら首を落とすまで」

「怖いものだ。流石『真実の魔眼』。いや、貴殿にはもう一つの異名があったな。『紅蓮の鬼神』よ」

「気に入らないモノは叩き潰す。反抗するモノは叩っ斬る。それが俺のやり方だ」


 モルドレッドは食べかけの林檎を握りつぶし投げ捨て、部屋を後にした。

 扉が閉まる際、アーサーがこちらを見て笑っていたのが見え、モルドレッドはまた腹立たしく思った。

 その笑みがまるで『全てお見通し』とでも言いたげだったから。


「………糞親父」

「モルドレッド卿、御命令通り、あの者達を闘技場へと呼び出しました」


 何処からともなくルシウスが現れる。


「よくやった」

「勿体無きお言葉」

「俺が場に入ったら全ての脱出通路を塞げ。奴等が絶対に抜け出せないようにしろ」

「御意」


 モルドレッドが赤く弾ける。

 すると彼は廊下から一瞬で闘技場の扉の前へと移動した。ルシウスもそれに着いてきていた。


「じゃっ、やりますかねぇ」

「いってらっしゃいませ」


 扉を開け、中に入る。

 既に待っていた二人が扉の方を見て、そして驚愕した。


「も、モルドレッド卿……」

「よう、馬鹿共。気分は如何かな?」

「な、何故貴方様がここに………」

「何故ってそりゃぁ━━━」


 モルドレッドの後ろの扉が大きな音を立てて閉まる。そしてガチャガチャッと鍵が閉まる音。

 モルドレッドは二人を見下げて最高に最悪な笑みを浮かべて言った。



「お前らを消しに来たんだよ」

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