第3話『帝国魔術兵士団』

 翔が住むことになったセリライト家はこの世界の主軸とも言える迷宮攻略機関都市『グランド・エデン』に設立している。

 グランド・エデンの中心には迷宮のタワーが聳え立っている。そしてその後ろには冒険者達の目的地『帝国魔術兵士団』の拠点が建っている。

 グランド・エデンの面積は日本列島の約二分の一。都市一つにしては馬鹿デカい。

 しかし、そうなってしまうのは仕方ない。元々小さな都市ではあったが、迷宮の存在が発覚するなり、全国から沢山の種族がこの場所にやって来て己達の拠点を建てている内にここまでの巨大な都市となった。

 人類種ヒューマニア森霊種エルフ猫人種ケットシー半魚人種セイレーン悪魔種デビル等々、紹介しきれない程の大量の種族がこの都市には集まっている。ここまで来たら最早国と言ってもいい。

 普通、各種族同士は敵対している筈だがこの世界ではそれはない。迷宮内での取り分の争いはあるが、種族間での争いはまずない。皆、同じ目標を持つ者同士、仲間でありライバルとなっている。まぁ、全ての者がそうであるわけじゃないが…………。

 上記までの話はあくまでも、一般的な話だ。例外も勿論ある。

 それが『人間』である。以前紹介した通り、この世界では魔法が全ての原点だ。魔法が使えない人間なんて家畜以下、ゴミ同然。なら当然生命とは見られず、道具モノとして扱われる。それがこの世界の常識。

 だが、それを払拭する方法はある。

 人間は魔法適正零だが、魔力が無いわけではない。ならば、どうにかして魔法が使えるようになれば、人間であろうと存在価値は僅かながらだが認められる。

 では、どうやって魔法を使えるようにするのか?


「それが分かれば苦労しない………」


 セリライト家の書斎で本を散らかした人間、間藤翔がそうぼやく。


「畜生……魔法の極意とやらはどの本にも記されているのに人間が魔法を使えるようになる為の方法が一切載ってねぇ………」


 人間を奴隷にする契約魔法はあるがな。

 どうやらこの世界は本当に人間を生命体として扱う気はないらしい。あくまで道具。誰が道具ごときに時間を費やして魔法を使えるようにする術を見つけようとするのか。そんなのいる筈がない。

 だがこのままではまずい。本当に術が見つからなければ翔は本当にただの引きこもりのヒモになってしまう。

 道具同然の人間が不用意に外を歩くわけにもいかない。かと言って何もしないわけにはいかないが、現時点では何かしたくても出来ない状態。完全に詰みである。


「もっと何か無いのか?こう、魔力適正を上げるアクセサリーとか色々………」


 だが見つからない。魔法とは少し違う、錬金術はあるがやはりこれも魔力を有する。使えない品物だ。


「調子はどうですか?」


 テレサが紅茶を持って書斎に入ってきた。

 翔はげっそりとした顔で笑顔を向けて渡された紅茶を啜る。

 テレサは散らかった書物を見て肩を落とす。


「まだ見つからないようですね」

「えぇ。この世界って本当に人間に優しくないですね」

「すいません………」

「テレサさんが謝ることじゃないですよ。ただの愚痴です。聞き流して下さい」

「私がもう少しこういうのに詳しければお手伝い出来たのですが……」

「いえいえ。そもそも自分の元に人間が来るなんて誰も予想しないですよ。知らないのが普通なんです。だから本当に気にしないで下さい」


 テレサだけじゃなく、最初はシャルルも手伝ってくれていたのだが、二人とも流石に専門外な故、途中で脱落してしまった。

 ごめんなさいと二人揃って翔に謝るのだが、こんな自分に少しでも時間を割いてくれただけでもこちらが感謝したい程だと翔は思う。

 やはり、翔の問題なのだし翔が解決するべきなのだろう。

 まぁ未だに泥沼にハマった状態なのだがな。


「シャルルは凄いですね。あんな幼いのに立派に迷宮攻略に向かっているなんて。もし俺が魔法を使えてもきっと怖くて行けなかったですよ」

「シャルルは夫似なので」


 改めて良い親子だと思う。それが少し羨ましい。


「俺も早く魔法を使えるようになって、シャルルの助けにならなきゃな」


 翔は頬を叩き、改めて気合いを入れ直さし、再び書物に目を通す。テレサはその姿を少しの間眺めてから周りに散らかった書物の片付けを始めた。




「へ~。結構馴染むのが早かったね。本当はこうなること分かってたのかな?」


 セリライト家の真上。白い長髪で金と紫のオッドアイを持つ身長百五十センチ程の女の子が空から家を見下ろしていた。薄い紫色を基色としたドレスは目立った装飾は無いももの、シンプルだが逆に目が引き寄せられる謎の魅力を漂わせている。

 少女は家の中にいる翔を見ては不敵に笑う。


「まぁどちらにせよ、貴方はあの世界にはもう必要ない。せいぜい私の駒としてこの世界で頑張ってね。楽しみにしてるよ。オニイチャン♡」


 少女は笑いながら姿を消した。それはまるで蜃気楼のように自然に、違和感なく、うっすらと━━━。



 ◆◆◆


「おじさ~ん!これく~ださい!」

「はいよ~」


 グランド・エデンの中心街。ここはグランド・エデンの中でも一番賑わっている街だ。店は多く、品揃えも飛び抜けて優秀。グランド・エデンに住むなら誰もがこの街に住みたいと思う。

 セリライト家はこの街に建てられている。なのでシャルル達はいつもここで食料や道具を買い揃えていた。因みにケットシーの山菜採りはケットシーの趣味である為、あまり追求はしないで欲しい。

 話は戻って、この街にある商店街にシャルルと翔は立ち寄っているわけだが、勿論翔はフードを被って人間であることを隠している。今話している店主も竜人種ワイバーンの為、人間とバレると些かまずい相手だ。


「まいどあり」

「ありがとうおじさん」

「ところでよ、ソイツ何だ?お前の連れか?」


 店主が翔に視線をやる。翔は少し後ずさったが動揺すると余計に不信がられるので寸での所で耐えた。


「うん。最近この街にやって来た森霊種の友達なんだ」

「にしては髪黒いが」

「そうなんだ。彼、ちょっと魔法の失敗でね、髪の毛が黒くなっちゃって。それ以来髪の色がコンプレックスになってて、それでフードを被ってるんだ」

「そうか。そりゃあ災難だったな兄ちゃん」

「フード被ったままですいません………」

「ガハハハッ!誰だって隠したい事あらぁ!気にすんな!」


 こんな優しい店主も、自分が人間と知ったら一変するんだろうな。

 そう少し悲しく思いながら店主から、シャルルが買った商品を受け取って、二人は店を離れた。

 翔は歩きながらシャルルに謝る。


「悪いな。俺の我が儘に付き合ってもらって」

「ううん。カケル兄もずっと引きこもってても疲れるだけだろうし、たまには気分転換もしないとね」


 そう、今回翔が外出出来ているのは彼がシャルルに頼み込んだからだ。

 外の様子を見てみたいと、シャルルに頭を下げた。最初こそは受け入れられなかったが、数日間による家族会議の結果、少しだけなら問題ないだろうとなり、こうやって外出しているわけである。

 実際、シャルル達も近い内に翔を連れて街に出向く予定を立てていたようだ。それも重なって今回許可がでたのだ。


「しかし、よくこんなので隠せるよな。ケットシーは顔を見ただけで俺を━━だって見抜いたのに」


 街の中にいる場合は『人間』というワードを伏せて会話するのも外出の条件とされている。


「まぁ普通に考えてこの世界に━━がいるなんて思わないからね。わざわざ相手の種族を探ろうなんて思う人は僅かだよ。それに一応僕の隠蔽魔法も掛けてるしね」

「い、いつの間に………」

「家から出る前からだよ」


 すげぇ。流石森霊種すげぇ。


「一般人からしたらカケル兄は森霊種にか見えないよ」

「ありがてぇ」


 するといきなり近くの何処かで女性の悲鳴が上がった。二人は声がした元へ急いで向かった。

 現地には鋭い角を二本生やした全長約三メートル魔獣が竜人種の女性を拘束していた。


「なんだアイツ!」

「あれは……百鬼びゃっき!?」

「びゃ、ビャッキ?」

「迷宮Bクラスの魔獣だよ。それが何でこんな街の中に……」


 迷宮から出てきたのか?ならば迷宮管理所はどうなってる?

 様々な疑問が浮かぶが今はそんな事考えている余裕はない。


「どうする?」

「決まってる。倒して竜人種の人を助ける!」


 シャルルは一目散に駆けていく。周りが怯えて百鬼から離れているのに一人だけ臆することなく突っ込んでいく。流石冒険者。だが、仮にも奴はBクラス魔獣。シャルル一人で太刀打ち出来るのか?

 百鬼が片手を掲げ、シャルルに向かって振り下ろす。シャルルは慣れた身のこなしでヒラリとかわして高くジャンプして百鬼の顔面狙って鞭のようにしなる蹴りを放つ。

 バンッ!と音がなって蹴りが当たるが百鬼は平然としていた。そしてシャルルの脚を掴んでシャルルをぶん投げた。


「シャルル!」


 翔は咄嗟の判断で動き、投げられたシャルルを全身で受け止める。だが投げられた勢いが尋常では無かった為、二人してそのまま吹き飛んで壁に叩きつけられた。


「カハッ!?」


 翔の口から赤い液体が吹き出る。どうやら叩きつけられた衝撃で内臓を一部損傷したらしい。


「カケル兄!?くっ!許さない!」


 シャルルはキッと百鬼を睨んで再び走る。

 そして右手を前に出して呟く。


「《穿て》━━」


 瞬間、赤色の魔方陣がシャルルの前に展開し、中心から炎の大砲が放たれた。

 百鬼は拘束した女性を盾に自分の前に出す。女性はまた悲鳴を上げる。

 だが━━━


「ナメるな」


 炎の大砲は女性の目の前で軌道を変える。その様はまるで蛇の様で、女性を避けて百鬼の腕に噛みついた。

 百鬼は苦痛の声を上げて女性を手放した。そこにギリギリ復活していた翔が滑り込んで女性をキャッチして離れる。


「流石カケル兄」


 シャルルは我が兄に笑みを贈る。

 確かに百鬼はシャルルには荷が重すぎる相手だ。だが今のシャルルには何故か『勝てる』という確信があった。それはきっと翔の存在があったからだろう。

 一人じゃない。魔力適正零でも、兄という心強い存在が近くにいる。

 それだけで、シャルルに大きな力と勇気を与えた。


「行くよ《クルセイダー》」


 バチバチとシャルルの手元に大剣が現れる。


【大剣:クルセイダー】

 Dランク魔獣の素材によって作られるシャルルの愛剣。横幅が広く鋼一色とシンプルな作りの大剣だが切れ味と強度は抜群。使い手によって価値が大きく左右される少し癖がある品物。


 シャルルはクルセイダーを両手でしっかりと持つ。

 百鬼は口から紫色の炎をシャルルに放つ。シャルルは避けることなく、クルセイダーの側面を正面に向けて盾のように構えた。

 炎はクルセイダーの側面によって弾かれる。そしてシャルルはもう一歩強く踏み込んで一気に愛剣を振り上げた。すると暴風が辺りに起こり、炎が消滅。


「すげぇ………」


 傍らで見ていたら翔がそう溢す。勿論それはシャルルにも聞こえた。

 兄に褒められた。それが嬉しくて、その勢いに乗ったままシャルルは地を蹴って百鬼よりも高く飛ぶ。


「終わりだ。百鬼!!」


 クルセイダーの周りに風が巻き起こる。その風に炎が重なり、炎の竜巻のようになる。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 シャルルの雄叫びと共に百鬼の体には炎の筋が太く縦一本に確かに刻まれた。

 勝った。

 そう誰もが思った。

 だが百鬼の息はまだ僅かに残っていたのだ。百鬼は最後の力を振り絞って目の前でクルセイダーを振り下ろしたまま動かないシャルルに襲いかかる。


「シャルル!!」


 翔が逃げろと叫んだ。

 けどシャルルはニヤリと笑い━━━


「弾け飛べ」


 百鬼の体に刻まれた縦線から強風が噴き出る。そして横に真っ二つに割けて、それからピクリとも動くことなく百鬼は息絶えた。

 辺りから歓喜の雄叫びが上がった。

 シャルルは皆から讃えられ、翔は竜人種の女性に頭を下げられていた。

 だが、喜んでいられるのもこの時だけだった。


「帝国魔術兵士団だ!!」


 シャルルと翔はビクリとした。

 二人の視線の先には武装した騎士の集団。おそらく今の騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。

 二人はお互いを見合った。

 シャルルは憧れの帝国魔術兵士団を一目見たい欲求と翔を連れてこの場を離れないと翔が人間だとバレてしまう焦りから。

 翔はシャルルの願望を優先したいもどかしさと自分が人間だとバレてしまう可能性からの恐怖。

 一瞬の間に行われた二人のアイコンタクトでのいくつもの葛藤。

 その末に、シャルルが翔よりも先に決断し、動いた。


「帰るよ!」


 シャルルは翔の無事を優先した。

 憧れなんかより、愛する兄の方が何倍、何百倍も大事だとシャルルはこの道を見事に選び抜いた。

 もしこのまま帝国魔術兵士団を見る道を決断していれば翔は今頃彼らに拘束されていただろう。

 翔はシャルルに手を引かれたまま走り出し、名残惜しそうに、シャルルと離れていく帝国魔術兵士団を何度も見た。

 シャルルはきっと帝国魔術兵士団を見たかった筈だ。けど自分の為に諦めた。

 そのシャルルの想いに翔は心から、強くなりたいと思った━━━。




「ただいま~」


 難なく家にたどり着いた二人。シャルルは元気よく帰ってきたことを中にいるテレサに示すが、その後ろ、フードを取った翔の表情は暗い。

 理由は勿論先程のこと。自分のせいでシャルルに気を遣わせてしまったことだ。

 血は繋がっていなくとも、兄として、弟に気を遣わせてしまったのが情けなかった。


「カケル兄?」


 澄んだ瞳が余計にツラかった。

 土下座をしてでも謝りたかったが、シャルルに指で唇を防がれた。


「カケル兄が今思ってる事、それは間違いだよ」


 澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめてくる。曇りのない、純粋その物の瞳で。


「僕が選んだ事だ。カケル兄のせいじゃない。だから悲しまないで」

「…………ごめんな。俺が人間じゃなかったら……」

「馬鹿だなぁ。カケル兄はそのままで良いんだよ。ありのままで良いんだ。僕の為に何かをしてくれるのは勿論嬉しい。けど、僕はそれ以上に、いつまでも今のカケル兄でいて欲しいんだよ。それに━━」


 シャルルはペシッと軽く翔の頭を叩く。そして腰に手を当ててムッと頬を膨らませ、人差し指を立てた。


「ニンゲンじゃなかったら、なんて悲しいこと言わないで。カケル兄はニンゲンだから良いんじゃないか。自分で自分の存在を否定しちゃ駄目。分かった?」

「………………シャルル」

「わっ!ははっ、仕方ないなぁ。よしよし」


 あぁ情けない。本当に情けない。よもや、年下の少年に抱きつき、慰められるなんて末代までの黒歴史だ。

 それでもこのシャルルはきっと、翔を蔑んだりしないだろう。この子はそういう子なのだ。

 翔は、このままだとシャルルの優しさに甘えて駄目人間になる気がした。

 だが、この優しさの前には誰であろうと無力と化すだろう。

 翔はどうにかしなければ、と思いながらもシャルルの体温に心を委ねるのであった━━━。






 ザワザワと騒がしい。

 騒ぎが起きている場所はグランド・エデンの裏街道。付近には武装した帝国魔術兵士団のメンバーが数人。


「これは酷ぇ」


 地面に敷かれた青いシーツを捲ると下には無惨にも粉々にされた肉塊。辺りに流れる血液の量、肉から見える白い破片、指のように見える肉片からその肉塊は人類種の物であることに気づくのに時間なんていらなかった。

 死体を見て顔を歪ませるのは帝国魔術兵士団幹部『十二星』の一人、モルドレッド卿。

 銀色の長髪を後ろで結い、紅蓮の瞳が特徴な剣使い。


「ったく、この惨殺事件は今週で何件目だ。まだ犯人は見つからないのか」

「申し訳ございません!未だ捜索中です!」

「早くしないか。このままだとまだまだ死人は出るぞ」

「ハッ!」


 部下を圧倒する剣幕と佇まい。

 団の中では一番の怒りんぼうと言われているが、正義の心はしっかりと根付く鋼の精神に、男女問わず心を奪われる者も数々。

 モルドレッドは腰の剣を抜き、「すまねぇ」と一言呟いてから横に薙ぐ。

 するとモルドレッドを中心に爆風が起き、肉塊はたちまち塵も残さず消滅した。

 これがモルドレッドのやり方。

 最早人の形すら留めていない人だった物を親族に見せた所で悲しみを誘うだけだ。そうならない為に、モルドレッドは責任を負い、これまで被害にあった者達の死体をこのように消し飛ばしていた。

 剣を鞘に戻し踵を返し、部下に命令を課す。


「何でもいい。二日後までに情報を一つでも良いから集めろ。今回の犯人は恐らくだ。帝国魔術兵士団の名の元に、何としても犯人を排除するぞ!良いな!!」

「「「「ハッ!!」」」」

「チッ!地上はこんなにも物騒だってのに、空は雲一つない穏やか快晴ときた。気味が悪いぜ」


 ガチャリと音を鳴らす鋼の鎧は赤く発光し、まるで赤い稲妻のように弾け、モルドレッドは姿を消した。

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