第2話『家族』

「━━━ということはやっぱりカケルはニンゲンなのかニャ」


一通り説明を終え、三人は翔が本当に異世界人だと確信した。

翔自身も信じてもらえて安堵しているがどうも腑に落ちない事があった。


「信じるのか?」


それは三人が簡単に翔の話を信じた事だ。いくらファンタジーの世界と言えど、異世界転生なんて突拍子の無い話がそう簡単に通るとは思えない。

だが、ケットシーは━━━


「別におかしな事じゃないニャ。実際、過去にカケル以外に別の世界の住民が迷い込んで来たケースは何度かあるニャ」

「そうなのか?」

「問題なのはカケルが『ニンゲン』だということニャ」

「人間だと問題なのか?」

「うニャ。この世界はカケルも分かっている通り、魔法が飛び交う世界ニャ。つまり、魔法がどれだけ使えるかによって、その人の価値が大方決まるのニャ」


なるほど。つまり、魔法が一切使えない自分は役立たず同然だと。

翔は意外にも冷静だった。今ケットシーから遠回しに存在価値無しと言われたにも関わらず憤る気なんて少しもわかなかった。

何故なら自分は部外者。本来この世界にいる筈のない存在だ。そんな輩が存在価値が無いなんて言われて当然だ。


「役立たずで済めば良かったんだけどニャ…………」

「どういう意味だ?」

「カケル、今までこの世界に迷い込んで来た異世界人は殆どが魔法が使えたのニャ。だからそこまでぞんざいな扱いは受けなかったニャ。けど、当然その異世界人の中にもカケルと同じニンゲンもいたんだニャ」

「ソイツ等は今どうしてる?」

「………………」

「おい、何で黙る?」

「…………きっと、奴隷にされてるニャ」

「………………は?」


翔は予想外の言葉に思考が凍り付いた。

ケットシーは申し訳なさそうに続ける。


「この世界で、魔力適正が無い者は皆道具のように扱われるのニャ。魔法が使えない者は生命として見て貰えないのニャ」

「おいおい、冗談だろ?魔法が使えないだけで生命として見て貰えないのか?理不尽過ぎるだろ」

「それがこの世界の常識なのニャ。そもそもこの世界で魔法が使えないことが普通じゃないのニャ。この世界では魔法は生活の為にも生きる為にも必須な力だニャ。そんな力を使えないということは最早『私は生きる気なんてありません。どうとでも扱ってください』と自分から公言しているようなモノと同じなのニャ」


じゃあ人間はどうするのだ?

そう問おうとしたが出来なかった。問う必要が無かったから。

ケットシーの言った通りの認識をされるのなら、本人がどう魔法を使えない理由を述べようが、既に生命として認識されていない者の言葉になど耳を貸すわけがない。それが異世界人の人間なら尚更だ。

異世界。実際に来てみれば漫画なんて話にならないくらい優しくなさすぎる。


「だからカケルが魔法が使えないニンゲンだとバレると間違いなく奴隷にされるニャ」

「まっ、それをさせない為に僕達がいるんだけどね」


シャルルが後ろから翔にピトリとくっつく。

そして話を聞いて表情が暗くなっていた翔の頭を撫でた。


「最初はさ、カケル兄はただの行き倒れとしか思ってなくて、ニンゲンなんて全く知らないまま助けたんだ。けどね、今は違うよ。カケル兄がニンゲンだと分かった以上、他人の振りなんて出来ない。カケル兄は今日から僕達の家族だ。カケル兄に奴隷なんて酷いことは絶対にさせない。僕達がカケル兄を守るから、安心して。ね?」


翔はシャルルを見て、テレサとケットシーを見た。二人もシャルルと同じ意見だ。三人もこの世界の住民だ。翔を奴隷に出来る力も権利もある。だがそれをしない。

この三人が、今の翔に残された、最後の希望だった。

目尻が熱くなるのを感じながらももう一度シャルルを見た。シャルルは元気一杯の笑顔を翔にプレゼントした。嘘偽りのない、透き通った眩しい笑顔を。

翔はこの時思った。

自分のいるべき世界は、場所は、ここにあったのだと。

普通、異世界に迷い込んだ者は自分の世界に帰ろうと術を探す。そして最後には無事に帰れてハッピーエンドで終了。

だが翔はそんな王道を阿呆かと投げ捨てた。

あんな世界に帰る必要があるのか?答えは否である。

あんな世界、こっちからお断りだ。危険性は勿論この世界の方が高いが、自分の帰りを待ってくれる場所がある、自分を家族を言ってくれるこの家にいた方が何倍もマシである。

翔は新たに気持ちを切り替え、本格的にこの世界で生きていく事を決めた。テレサとケットシー、そして自分を助けてくれて一番に家族として扱ってくれたシャルルと一緒にいよう。

翔はシャルルの手を強く握りしめて、また流れそうな涙を我慢して、三人に小さく頭を下げた。


「……………色々ご迷惑をお掛けしますが、これから何卒、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします。マトウカケルさん」

「よろしくニャ」

「そしてようこそ。僕達、セリライト家へ!」


さぁ、話をしよう。そして綴ろうじゃないか。

異世界に迷い込んだ一人の青年が、一人の勇者の為に成長していくその背中を、その勇姿を、この頁に、一つ残らず書き記そう。

異世界に迷い込んだ人間『間藤翔』と、一人の冒険者の少年『シャルル・セリライト』の二人がどう変わっていくのか期待しようじゃないか━━━。




◆◆◆


チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえ、次第に意識が夢から現実へと引き戻されていく。

時間は少し過ぎ、異世界に来て早一ヶ月が経とうとしていた。

ベッドの上で寝息を立てる翔がこの世界に慣れるのにそれほど時間を用さなかった。

だが未だに魔法という物だけは一ヶ月経っても中々慣れない。

テレサが調理時に使う火も、ケットシーが掃除に使っている周囲の物を浮かせるポルターガイストも、シャルルが修行の時に使う大剣を手元に出現させる召喚?術も全て魔法で行われている。

翔も三人を見て自分も使えたらな~と羨むが、人間にそんな力は持ち合わせていない為、そんな願望も儚く消える。

魔法が使えれば少しはテレサ達の手伝いが出来るというのに使えない。そんなジレンマを抱えながら生活して一ヶ月が経って今に至る。


「起っきろ~~!」

「うぐっ………」


突然腹部が圧迫され、部屋に響く元気な幼い声。

重たい瞼を持ち上げてみるとお腹の上にマウントを取った青髪の少年シャルルが翔を見つめていた。


「起きた!」


ニパッと歯を見せるシャルルに釣られて寝ぼけ眼の翔も笑みが浮かぶ。


「………おはよう、シャルル」

「うん!おはよう!カケル兄!ご飯出来てるよ?食べる?」

「食べる………テレサさんの朝御飯が無いと、一日が始まらない………」


すっかりテレサに胃袋を掴まれてしまった翔はのそりと起き上がる。シャルルは翔の上から退くと思いきや、その逆。しっかりと翔の腰にしがみついて引っ付き虫のようにくっついたまま翔と共に部屋を出た。

こんな事も今では日常茶飯事となった。

シャルルの翔好きは母親のテレサでも少し妬いてしまう程だ。

元々人懐っこく、兄弟に憧れを抱いていたシャルルにとっては翔の存在はとてもシャルルの気持ちを昂らせた。

翔が家族に加わってからというものの、シャルルは暇さえあればずっと翔と一緒にいる。翔もシャルルを疎ましく思うことなんて一切無く、寧ろもっと接してきてほしいと思うくらいだ。

二人で笑い合う姿は紛うことなく兄弟のそれだ。


「今日のメニューは………?」

「ニトロ七草のおひたしとチョップガマガエルの串焼きに鋼鉄パンだよ」

「………なぁ、それ食べ物だよな?」


明らかに食物とは思えないネーミングに翔は思わず問い掛ける。シャルルはクスクスと笑って「勿論だよ」と肯定するが、どうも食欲をそそられない。

テレサの料理の味は翔に今までに無いくらいに合っており、翔自身も美味しければ何でもいいと思って今日までメニュー名なんて聞いてこなかった。だが実際に聞いてみればどうだろうか。聞かなければ良かったと後悔の念が津波の如く押し寄せてくるじゃないか。

翔は二度とメニューの名前や食材について聞かないと心に誓い、シャルルと共に食卓へと向かった。





「カケル兄!あ~ん!」

「テレサさん助けて。貴女のお子さんが俺を萌え殺しに来るんです」

「あらあらまあまあ♪」

「この茶番は一体何度目ニャ…………」


食事の時は必ずと言っていい程シャルルが翔にあ~んをしている。

嬉しそうにあ~んをしてくるシャルルに、同性にも関わらず翔は毎度ときめいていた。

シャルルの容姿が一見少女にも見えてしまうせいもあるが、それ以上にシャルル自身が愛くるし過ぎるのだ。

翔は溢れ出る煩悩を抑える為に毎度テレサに助けを求めるがテレサは微笑んでスルーする。ケットシーは翔とシャルルを見て溜め息を吐く。これがセリライト家の最近の食事風景となっていた。


「いつもシャルルがすいません。さぞお疲れになるでしょう?」

「そんな滅相もないです。俺もシャルルと遊ぶのは楽しいですから大好きです。本当に弟が出来たみたいで」

「僕もカケル兄大好き!」

「ただ急に俺の心臓を締め付けて来るのが難点ですが」

「あはは………」

「これはお互い重度のブラコンニャ………」


ブラコン。総称ブラザーコンプレックス。

この言葉は翔が教えた。シャルルと遊んでいるふとした時に無意識で口から出てしまい、気になった三人に教えを乞われて仕方なく意味を教えたのだ。翔は我ながら変な言葉を教えてしまったと内心少し後悔しているがまあ三人が楽しそうだから良しと半ば諦めている。


「そういえばシャルル。今日は迷宮に潜る日じゃなかったかしら?準備しなくていいの?」

「あっ!本当だ!急いで準備しなきゃ!」


シャルルは朝食をささっと食べ終え、自室へと迷宮探索の用意をしに戻った。

迷宮探索とは、文字通り、この世界に存在する迷宮の攻略である。

迷宮は下からF、E、D、C、B、A、S、SS、SSSと難易度によってランクが付けられている。

では、この世界では迷宮探索が人々が目指すべき最終ラインなのかと聞かれればそうではない。

迷宮探索はあくまでも資格だ。翔の世界で言う、『免許』や『学歴』のような物だ。

迷宮の攻略した数、難易度によってその者が就ける役職、得られる権利の質が変わってくる。

シャルルが今就いている役職『冒険者』はFランク迷宮を攻略する事でなることが可能だ。

だが、ほぼ全ての冒険者が目指すであろう役職がまだある。

それが『帝国魔術兵士団』である。

この団に入るとありとあらゆる分野に置いて全ての権利を有することが出来る。金や名誉、人々が欲する物殆どが己の意のまま。そうなれば誰だってこの団への入団を目指さないわけがない。

シャルルもその一人だ。

だがこの団に入るにはAランク迷宮を攻略しなければならない。ここで疑問に思うのが、何故Sランク以上の迷宮があるのにAランクの迷宮攻略が条件なのか?

全ての権利を有することが出来る団への入団条件がそんな物で良いのか?というのだ。

理由は簡単。Sランク以上の迷宮など誰も攻略出来ないからだ。

ただでさえ帝国魔術兵士団が全力で攻略を目指してもギリギリなSランク迷宮をたかが試験ごときに攻略をさせようものなら死人がゴミのように溢れ出る事は明白だ。

なので入団条件はAランク迷宮攻略となっているのだ。

だがそのAランクも一筋縄とはいかない。大の大人が最低百人以上で挑んでやっと攻略できるほどの難易度だ。

しかも攻略できたからと言ってその百人全員が帝国魔術兵士団に入れるわけではない。その百人の中から一番功績を上げた者を一人だけ団が選抜し入団を認める。

一般的に、帝国魔術兵士団が夢のまた夢とされるのがこの理由故だ。


「そんな団にシャルルは入って何したいんだ?」

「一番はやっぱりお金ニャ。シャルルは冒険者の中で下級クラス。稼げるお金も気持ち程度ニャ。だから早く上級クラスに昇格して帝国魔術兵士団に入ってテレサを楽させてやろうと思っているんだニャ」

「優しいのな」

「まぁ、それだけでは無いんですけどね………」


テレサの表情が曇る。


「あの子は、シャルルは、夫の代わりになろうとしているんです」

「旦那さんの?」

「お上………」

「夫は三年前、迷宮攻略で命を落としました」

「ッ!」


ここで翔は、何故シャルルの父親をこの一ヶ月間姿を現さなかったのかやっと分かった。

迷宮があるぐらいだし、てっきり単身赴任か何かと思っていたが、まさか亡くなっていたとは。

翔は何とも言えない罪悪感に陥った。


「その迷宮攻略はシャルルが初めての訪れた迷宮攻略でもありました。けど道中、シャルルが迷宮に住む魔獣に仕掛けられたトラップに引っ掛かってしまったんです。その時、シャルルは武器も壊されて殺されるのを待っている状態でした。そこに夫が割り込んで魔獣を一掃しましたが左胸に深傷を負ってしまい、そのままこの世を去りました」

「けど、旦那様の死は姫のせいじゃないのニャ。そもそも二人が行ったのはEランクの迷宮ニャ。あんな所にまさかSランク迷宮で出現する魔獣がいるなんて誰も考えつかないニャ。あて達も姫にはその事を十分説明したニャ」

「けど、父親を目の前で失ったシャルルにはそれを受け入れられませんでした。夫は自分が殺した。そう思い込んで、夫の代わりになろうと、償いをしようと冒険者の極致、帝国魔術兵士団になろうと決意をしました。夫が成し遂げられなかった夢を自分が果たすんだと、そう言って………」


翔は言葉も出なかった。あんな幼く小さな背中に、そんな残酷な物を背負い込んで生きてきたのかと思うと翔は居ても立っても居られない気持ちになった。

だが自分に何ができる?魔法も使えない、魔獣に立ち向かう勇気もない。そんな自分に出来ることなんて何もない。

自分の無力さに翔はただならぬ憤りを覚えた。


「あの子は、きっと今でも苦しんでるんです。あんな歳で迷宮攻略にソロで挑んで、怖くない筈ないんです。けどあの子は夫を失った日から、弱音なんて一切吐いた事なんて無かったです」

「姫は無理矢理恐怖を抑えつけているのニャ。今も心の何処かで助けを求めている筈ニャ」

「だからカケルさんにお願いしたいんです。どんな些細な事でも良いです。あの子の支えになってあげてください」


テレサはテーブルに手を置いて翔に頭を下げた。


「私達にはあの子の支えになれませんでした。ですが貴方なら、シャルルが認めた貴方ならあの子の力になれると思います。恩着せがましい事は分かってます。この世界に来てまだ日が浅い貴方に我が子を任せるのは無責任だと承知しています。ですが、これしかないんです。私にはこれくらいしか出来ないんです」


この時翔は何を思ったのだろうか。

困惑?嫌悪?呆れ?

少なくとも、そのような類いの感情は欠片も持ち合わせていなかった。


「テレサさん、頭を上げてください」


寧ろ、そんな御願い、願ったり叶ったりだ。


「俺は元々シャルルの支えになるつもりでした。何しろ俺はあの子に助けられた恩がありますから」

「カケルさん………」

「俺程度に何が出来るか分かりませんが、俺は俺の出来る範囲でシャルルをサポートしたいと思います。これでも、あの子の兄をやらせて貰っているので」


翔は頬を掻きながらはにかんだ。でも実際、翔自身も驚いていた。

自分の世界にいた時は他人に興味が無かったのに、今はシャルルに興味が出ている。可愛い弟を思う兄心故か、はたまた別の何かか。


「準備完了!行ってきます!!」


バタンと勢いよくシャルルの部屋の扉が開いて武装したシャルルが家を駆け足で出ていった。

翔はその背中を眺めながらテーブルに頬杖を付いて微笑んだ。


「いってらっしゃい。シャルル」


まっ、興味なんてどうでも良いや。シャルルさえ元気でいてくれれば、それで━━━。




◆◆◆


「百……七……百………八………」

「腰が下がってるニャ。もっと上げるニャ」


背中にケットシーを乗せた翔はただいま筋トレ中。

この世界で生きるのなら必要最低限の筋肉は付けるべきだとケットシーに言われたのが発端だ。

けどこれが意外にもキツいこと。監督としてケットシーが見てくれているのたがどうやら彼はスパルタなようだ。一日腕立て伏せと腹筋500回ずつ、ランニング10キロと運動していない翔にとっては中々過酷だった。


「カケルは非力過ぎるニャ。そんなんじゃそこらの子供にも押し負けるニャ」

「それ、は………言い過ぎじゃ、ない、か………!」

「カケルの握力いくつニャ?」

「五十、八…………!」

「この世界の子供は70あるニャ」

「嘘、だろ…………!」

「姫は120。お上でも90あるニャ」


この世界の常識がハイレベル過ぎる。

翔は頭が痛くなってきた。

こんな状態で本当にシャルルのサポートが出来るのだろうか。


「その為にも今鍛えているのニャ」

「おっしゃる、とお、りで…………」

「ニャ、やっぱり腰が落ちてきているのニャ。仕方ないニャ~。お上~!」

「カケルさ~ん!ファイトですよ~!」

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「美女の応援ほど優れた魔法はないニャ」


まさしくその通りである。

男というのはとても単純な生き物だ。たとえお世辞でも綺麗な女性に応援されたり褒められたりすれば嬉しくない筈がない。

まぁテレサの場合お世辞ではなく本心からの応援なので、翔もそれを分かっている。尚更嬉しくなるのだ。

テレサの応援を受けてからというものの、翔が筋トレメニューを全て終えるのにそう時間は使わなかった。

そして頑張ったご褒美としてテレサに膝枕をして貰っている。これには翔も口がにやけずにいられない。


「気持ちいいですか?」

「とっても………」


髪を透き通る滑らかな細い指が心地良い。これが母性。長らく味わっていなかった物だ。こうして膝枕されながらテレサを見ていると本当の母親のように錯覚してしまいそうになる。

女神のそれに等しい微笑を眺めていたらテレサの髪の隙間から彼女の耳が見えた。それだけだったらまだ気にしなかったのだが、なんと彼女の耳は尖っていた。


「あれ?」

「どうかしました?」

「耳、尖ってません?」


そう言うとテレサは目を見開いてキョトンとする。


「………あの、気づいてなかったので?」

「はい」

「一ヶ月も過ごして?」

「今まで髪の毛で隠れていたので耳なんて見たことありませんでした。テレサさんは人類種ヒューマニアではないんですか?」

「はい。私は森霊種エルフでごさいます」


エルフ。この言葉は勿論翔も聞いたことがある。魔法を得意とし、緑色の髪と尖った耳が特徴の生物だ。

何故かテレサの髪は青色だが。


「カケルさんのおっしゃる通り、森霊種は緑色の髪をしている者が多いです。ですが、中には私やシャルルのように青色の髪を持つ者もいます。一般的にはそんな森霊種を守護森霊種サポート・エルフと呼びます」

「じゃあ緑色の髪をしたエルフは?」

戦闘森霊種バースト・エルフと呼びます。基本的に、戦闘森霊種は攻撃系魔法を得意とし、守護森霊種は回復や補助系の魔法を得意とします。私とシャルルは後者ですね」

「なるほど。でも良いんですか?」

「何がですか?」

「俺が知っている限り、エルフって結構プライドの高い種族だと思うんですけど、そんな種族が人間の俺を家族になんて………」

「何を言いますか」

「イタッ!」


額を人差し指で弾かれた。流石握力90。人間がするデコピンよりも数倍痛い。

涙目で翔はテレサを見るが、テレサは膨れっ面で翔を見下ろしていた。


「貴方はもう家族なんです。誰が何と言おうと私達の家族です。その事実は覆りませんし覆させません。良いですね?」


かつて、こんな幸せな怒られ方をしたことがあるだろうか?いや、無い。そんな事、ある筈が無かった。


「あの………」

「はい、何ですか?」

「手を握って貰っても、良いですか………?」


途端に彼女に甘えたくなった翔はこんなお願いを出した。もしや引かれるかと内心焦ったが、翔の思いとは逆にテレサは笑顔を見せた。


「ふふっ、良いですよ」


翔が伸ばした手とテレサの手が繋がる。

優しい温もりだ。いつまでも握っていたくなる。


「おや、眠くなってきましたか?」


翔が船を漕いでいたのに気づいたテレサ。翔は運動した直後だったから疲れていたのだろう。翔はテレサの膝の上で寝てしまっては悪いと急いで頭を上げようとしたがテレサは上から頭を押さえてそれを阻止した。


「良いですよ。このまま寝てください」


フワッと頭の横で極小さな風が起こる。

テレサの睡眠魔法が展開したのだ。翔の睡眠のサポートをするつもりらしい。つくづく優しいお人だと翔は思う。

翔は多少の葛藤はあったが、睡魔とテレサの厚意に甘えてしまい、そのまま睡眠につくことにした。

この時、翔は心からこの家族に入れて良かったと思った。

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