ショコラッテと調合屋

ギギイ、と音を立てて古代のダンジヨンのような分厚い扉を開くと、深い森を思わせる静かで冷たい空気に満ちていた。壁を覆い尽くす棚には木の実や乾燥した動植物、液体の瓶が並べられ、様々な香りが混ざり合って鼻腔を刺激する。ここは調合屋。薬、毒、洗剤、菓子の材料に至るまで、何でも揃うと評判だ。


「おい調合屋、いるかい。」

男が店の奥に声をかけると、頑固そうな老人がのそっと出てくる。

「なんでぇ、誰かと思やあジンの旦那じゃねえか。」

「爺さんまだ隠居してなかったな、こりゃ好都合。」

「ふん、まだ若ぇのには任せられねぇや。何用だい。」

「いやな、菓子なんだよ。甘い菓子。」

「菓子!竜殺しのジンともあろう男がまぁた軟派な!」

「うるせぇな、事情があるんだよ、いいから聞け。」


ジンが言うにはこうだ。先日、いつもの街道をずんずん進んでいたところ急に体調が悪くなり、動けなくなった。あたりは暗く、宿も無い。已む無く野宿をして高熱にうなされていたところ、若い女が通りがかり、水と飲み薬、それに食べたこともない菓子を分けてくれたという。

「その菓子の味の不思議なこと。炒った木の実みてぇな香ばしい匂いで、齧るとこれまた木の実みてぇにカリっとしてるんだけどよ、口の中でとろりと溶けて苦い!苦いけど甘ぇんだ。」

「はぁん、そりゃまた面妖な菓子だな。苦くて甘いか。」

「そいつがもう美味いのなんのって……俺は病み上がりなのに病み付きになっちまって、町中探し回った。だが誰に聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りよ。」

「ははぁ、それで俺っちに泣きついたってわけか。」

「そうだよ、あと頼れるのは爺さんだけ。よっ、知恵袋!」

「おめぇもしょうがないやつだね。」

そう言って調合屋はのそりと立ち上がり、粉末の入った瓶を取る。

「この茶色い粉末が……あら、これはキクイムシの天日干しか。」

「おいおい耄碌すんじゃないよ。」

「これだ。これはショコラッテといってな、近頃貴族連中が好んで買い求めとる。」

「ショコラッテ?聞いたこともねぇな。」

「ちょっと待っとれ、今煎じてやる。」

そう言って調合屋は茶色い粉とスパイス、何かの粉末を混ぜて湯で煮出した。

「ほれ、飲んでみ。」

もくもくと湯気を上げる液体をジンは恐る恐る口に含む。

「うえ!苦しょっぱい!こんなもん似ても似つかねぇやい!」

「そうかい。これが上流階級の味、ってやつらしいがね。じゃあこっちも飲んでみな。」

別の湯のみを差し出され、ジンはさらに慎重に味を見る。ちびり。

「ん…なるほど、砂糖を入れたのか、少しはあの味に近づいたかな。」

「ほれみろ、やはりその菓子はショコラッテに違いねぇ。一件落着だな。」

「いや待て待て調合屋!近づいただけだよ!だいたいこりゃあ汁じゃねぇか!俺が食ったのは固まりだったよ!」

「まったく世話のかかる男だね。冷やして固めりゃ同じだよ。ちょっと待ってな。」


少しあって調合屋が茶色い固まりの乗った皿を持って奥から戻ってくる。

「ほれ、これ食って帰ぇんな。」

なるほど流石は調合屋だ、女性に貰った菓子に瓜二つではないか。ジンはぽいと1個摘んで口に放り込む。口でとろりと溶けて……なるほど苦くて甘い。しかし……何かが足りないようにジンは感じた。

「うーん……。」

「どうでぇ、旨いだろう。俺っちに調合できねぇものはねぇんだ。」

「なんっかこう……あの日食ったのはもっと複雑でほわーっとする甘さでよ、ちょっと酸っぱくてほろ苦い……なーんか違うんだよなぁ。」

「酸っぱい?……果実の汁でも混ぜ込んであったか?」

調合屋は首をかしげ、ジンは確かめるようにもう1個を口に含んだ。

「おーいミスティ、青林檎の汁を持ってきな。」

「はーいお爺ちゃん。」

調合屋に呼ばれて、孫娘が奥から出てくる。

「あ」

「あ」

ジンと孫娘は同時に声を上げる。黒髪をさらりと肩で切りそろえた可愛らしいその少女は、ジンに菓子と薬を分け与えたそのひとであった。


その瞬間、ジンの口の中の菓子は甘酸っぱく、ほろ苦いに変わり、熱もないのに顔が熱くなるのを感じた。


「爺さん、これだ。この味だよ。」


「ははぁ、そんな隠し味を入れられたんじゃ調合屋形無しだ。」


その後、調合屋の翁は隠居して店を孫娘に譲ったとか。


(おわり)

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