第31話背中を押される
フリージアは、人間が生み出した武器というものを丸ごとなかったことにする魔法を持っている。その魔法を使うために、フリージアは千回の転生を繰返した。
俺が半分の魔力を持っていってしまったが、それでもフリージアがその魔法にかけた気持ちは変わらないと思っていた。
「フリージア、本当にいいのか?」
「ああ。アレは僕にはもういらない魔法だ」
君に上げよう、とフリージアは言った。
フリージアの魔法を使うには、いくつか条件があった。強大な魔力を持っていること。あるのは、強大な魔力だけでいい。呪文も魔法の修行もなにもいらない。
なぜならば――魔法道具があるからだ。
正気の沙汰ではないが、フリージアはこの世で一番巨大な魔法道具を作っていた。しかも、自分の骨を使って。ちなみに言うが、今のフリージアの骨じゃない。
金竜のフリージアの骨である。
竜の骨は、強大な魔法道具を作る材料になる。
金竜は自分の死後に、魔法道具を作らせた。巨大な体の骨を全部使って、とても巨大な魔法道具をだ。いかれている、としか言いようがない。
だが、これは金竜の安全装置みたいなものだったのだろう。
なにせ、記憶というのは忘れられる。前世の記憶でも、いや……前世の記憶だからこそフリージアは忘れることがある。不測の事態も考えられた。
そして、予測の事態は起こった。
俺とフリージアの記憶は、混ざってしまった。もしも、金竜が魔法具道具を作らずに、記憶を頼りに魔法を発動させるなんて計画を経てていたら、フリージアも俺も途方にくれていただろう。互いに魔法の記憶が、別れてしまっていた可能性もあったからだ。だから、金竜の予測は正しかった。
金竜が作った魔法道具は、王都から少し離れた場所……竜の墓と呼ばれる山にある。金竜が死んだ伝説もある山であったが、実のところ金竜が死んだという伝説はいくつもあってどれも当てにならなかった。フリージアの記憶以外は。
俺はフリージアの話を何度も聞いて、王都から少し離れた山こそが本当に金竜が死んだ場所なのだと突き止めた。そして、そこにいくまで必要なものがあった。
馬車である。
城にある馬車は、テサレシスに行方を知られることになるから使いたくないとフリージアは言った。家出するみたいだったが、人間がフリージアの魔法で滅んでしまうのだったらもう「聖王が家出していいのか」なんて馬鹿馬鹿しいことに悩む必要なんてないと割り切った。
馬車の件は、リッツを頼ることにした。
他の馬車に乗るような知り合いはいなかったのだ。時機を見て、帰郷していたリッツに俺は、馬車に乗せてもらえるように頼み込んだ。ルシャの結婚騒動の時から顔を合わせていなかったので、ものすごく頼みづらかったが。
「いいよ」
リッツは、すぐに返答した。
俺は思わず、ルシャとのことを尋ねた。
「あれから、顔も合わせてもらえない」
当然だろう。
こいつは、それだけのことをした。
「リッツ、俺が言ったことを忘れるなよ」
俺は、それしか言えなかった。
俺とフリージアはある晩に城を抜け出して、リッツの馬車に乗り込んだ。だが、さすがのリッツも俺が夜中に馬車を貸してくれと言ったことに不信感を抱いていたらしく、とんでもない助っ人を呼んでいた。
「なっ……なんでルシャが?」
リッツの馬車の中には、馬車の持ち主であるリッツとルシャがいた。彼女はすっかりたくましくなった腕を組んで「心配だったから」という。
「リッツに聞いたのか?」
「リッツに聞いたのよ」
俺は馬車に乗り込むフリージアに手を貸しながら、ルシャに尋ねる。フリージアは、古代魔法で姿を変えている。
「リッツに……あんな酷いことをされたのに、まだ信じられるのか?」
俺が、そう尋ねた瞬間にルシャは俺の脳天にチョップした。
前々から思っていたら、なんで俺ってこうも気軽に暴力の対象になるわけ!!
「たしかに、リッツは私に酷いことはしたわ。でも、友人がおかしな行動をしでかしているってときに……見てみるふりをするやつじゃない」
「つまり、一人じゃ俺を止められないからルシャをつれて来たってことか」
聖騎士として何年も働いている俺と大学生のリッツとは、体格からして大きく違う。だが、ルシャは魔法使いだ。作戦次第では、俺を制圧もできる。
てっきり、これからルシャのお説教でも始まるのかと思ったがルシャは何も言わなかった。俺はいぶかしみながらも、馬車に腰を下ろす。
リッツの馬車に乗せてもらった俺とフリージアは、王都を抜けた。フリージアは毎度恒例になった姿を変える古代魔法を使っているが、きっと今頃は城は大変なことになっているだろう。聖王様が消えたのだから、当然だ。
ああ、もう帰らなくていいんだな。
俺は、ぼんやりとそう思った。
「エル、行き先は金竜の墓場でいいんだな」
リッツは、俺に確認する。
俺は、頷いた。
「そういえば、お前は竜が好きだったよな」
リッツは、俺の旅を駆け落ちか何かと思っているようだった。女に変身しているフリージアが隣にいるんだから、そう思われてもしかたないかもしれない。……だから、女のルシャを連れてきたのか。彼女は俺の家族だし、引き止めるのならばルシャが一番と思ったに違いない。
「金竜って、どういう存在だったんだろうな」
俺は、リッツに尋ねた。
彼に竜のことを調べえて欲しい、と頼んでいたのを思い出したのだ。
フリージアの肩がびくりと震えた。
「金竜は、有名な竜だろ。だって、歴史上一匹しかいない」
その言葉に、俺はちょっとびっくりした。
リッツは俺が驚いたことに、驚いていた。
「まさか……あれだけ調べていたのにしらなかったのか?」
「種族名だと思っていたんだよ。黒竜とかは、種族名だろ」
そういう勘違いか、とリッツはちょっとあきれたようだった。
金竜――名前の通りに金の鱗を持った竜。一番大きく、一番強大で、それが通るたびに家は吹き飛んだ。地面に降りれば、地震が起きた。その竜はあまりに巨大で強大すぎて、常に一匹だけ。常に、一人ぼっち。
他の竜や人間が、金竜を信仰して力にあやかろうとした。
金竜に人は『もっと武器を』と願い。
金竜に竜は『人間を滅ぼして欲しい』と願った。
二つの種族に願われた金竜は、千回の転生後に両種族の望みを叶えるといった。そうして金竜は山へ飛んで行き、最初の生が終わった。
「懐かしい話だ」
「懐かしい話だ」
俺とフリージアが、同時に呟いた。
リッツが、俺たちの反応をいぶかしむ。
「まぁ、竜が死んだ場所は諸説あるらしいけどな」
「そこが――正しい」
フリージアが、とても小さく呟いた。
恐らくは、リッツに聞こえないようにするためだろう。
急に馬車が止まった。
リッツが馬車から顔を出して、前方を確かめる。どうやら、検問が設けられているらしい。フリージアが黙って城を抜け出してきたから覚悟はしていたが、思ったより素早い対応だった。フリージアの古典魔法は彼の母親の顔ぐらいしか模倣できないから、検問所のなかにフリージアの変身後の顔を知っている奴がいたら終わりである。
「さて、私の出番ね」
ルシャが取り出したのは、化粧道具だった。
それに、俺もフリージアも瞬きを繰返す。
「この子は肌の色が特徴的だから、それさえ変えれば誤魔化せるわ」
ルシャはフリージアの顔をファンデーションのようなもので塗りたくり、フリージアの肌の色を変えた。昼間だったら見破られたかもしれない、稚拙な変装である。だが、今は夜だ。そして、この世界の明かりは未だに蝋燭が主流である。
暗がりでは、はっきりと人の顔を判別することは難しい。魔法で姿を変えているうえに、化粧までしていれば、なおのことだ。
俺たちは、検問を何とかやり過ごすことができた。
そして、俺はルシャとリッツが検問に対して対策を考えていたことに驚いていた。ルシャは「ふふん」と解くげに鼻をならす。
「何年、あんたと暮らしていたと思っているのよ。それに、私たちは女の子の正体をちゃんと知っているのよ」
俺もフリージアも「あっ」と声を出した。
子供の頃にフリージアは、二人と出会っていたのだ。もう忘れてしまいそうになるぐらい、ずっと昔。フリージアが初めて俺に会いに来たときのことだった。
「でも、今日つれて来る相手がこいつだってことは言ってなかったぞ」
俺は、リッツにフリージアを連れてくるなんて一言も言ってない。俺にはそう見えなくても、フリージアは聖王だ。ちょっと、山に連れて行きますとはいかない。
だが、リッツもルシャもフリージアの正体を察していながらも何も言わなかった。それどころか、俺の手伝いまでしてくれた。
「あんたは、何時だって人の背中を押してくれたわ」
ルシャが呟く。
「お前の言葉が、励みになった」
リッツが笑う。
「あんたは、あんたが信じることをやりなさい。私とリッツは、応援してあげる。あんたなら、リッツみたいな馬鹿なことをやらないでしょ。私たちは、あんたの門出を祝いに来たのよ」
そういったルシャの言葉に、俺ははっとする。
俺は今から人間を滅ぼそうとしているのに、それなのにルシャもリッツも俺の背を押していた。
なんでだよ、と思う。
人間というのは、もっと最低なやつらじゃないのかよ。
他人を痛めつけてまで、自分の欲望をかなえようとする奴らじゃないのかよ。
俺の動揺をどういうふうに勘違いしたのか分からないが、ルシャは子供みたいにニカッと笑ってみせた。
「エル、あんたは間違えない。だから、自分の道を進みなさい」
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