第24話取り返しのつかないこと

人が居なくなった決闘場で、俺はため息をついた。


「リッツ。おまえって、本当に馬鹿だな」


 ボロボロになったリッツの手当てをしながら、俺はため息をついた。ちなみに、リッツの意識は戻っていたがルシャとの決闘場からは動かしていない。脳震盪でも起こしていたら怖かったし、寒空で反省しろという気持ちもあったからである。


「そんなに、自分が一人前になるまでルシャが一人でいるって信じられなかったのかよ」


 俺の言葉に、リッツは無言で頷いた。


 リッツは、まだ学生だ。

 ルフにおいても結婚はまだ早い。だから、リッツには自分が大学を卒業するまで、ルシャを待つという選択肢があったのだ。というか、その選択肢が一番妥当だったのだ。


 だが、リッツは不安になった。

 たぶん、俺たちから離れたからだろう。


 それぞれの道を進んで、充実した日々を送って、気がつけば友人たちと離れていく日々。

 好きだった人とも離れていく日々だ。しかも、その好きな人は結婚適齢期をとっくに越えていて、近くには出世した男までいる。


 リッツは、怖かったのだ。

 何かのはずみで、俺とルシャが結婚してしまうことが。


 だから、こんな騒動を起こした。まぁ、リッツが考えていたことよりも大騒動になってしまったのかもしれないが、普通の男だったらルシャのような行動を取る女には愛想をつかすだろう。


 俺に、愛想をつかして欲しかったのだろう。


 リッツは、俺がルシャを嫌いになるように仕向けたかった。

 客観的に考えて、俺は男だし、出世したしでルシャ以外の女の子とも簡単に結婚できるだろう。だが、こんな騒ぎをおこしたルシャはそう簡単には結婚できない。リッツが迎えにくるまで、一人でいるしかない。


「リッツ……あえて言うぞ。おまえ、サイテーだ」


 俺は、かつては背を押してもらった友人にそう言った。


「サイテー、サイテー、本当にサイテー。ルシャの気持ちも考えなかったのかよ」


「……――考えた。でも、止められなかった」


 俺は、リッツの腕をつねった。

 本当は頭を叩いてやりたかったが、気絶していた人間の頭を叩くほどに俺は怖いもの知らずではないので止めた。


「なぁ、リッツ。おまえ、一生ルシャのことを好きでいろよ。こんなことをしたんだ、親に反対されても、ルシャがお前のことを一生許さなくとも……おまえはルシャのことを好きでいなくちゃだめだ」


 それは、ルシャの親族としての言葉だった。

 俺の言葉で、リッツの人生が狂ってしまうかもしれない。

 それでも、今の俺はルシャの従兄弟だった。


「ごめん」


「謝るな。だって、もう取り返しがつかないじゃないか」


 俺は、ふぅっと息を吐いた。


 そろそろリッツを家に送っていこう。こいつの両親になにかしら言われるかもしれないが、もうしらない。過ぎてしまったことだ。


「エル、こんなところにいたのか!!」


 俺がリッツを立ち上がらせようとしていると、上から声が降ってきた。

 振り返ると、馬がいた。

 正確には、馬に乗っているリリアがいたのである。


「おい、まさか馬を走らせてきたんじゃないだろうな!」


 王都では道が狭いので乗馬は禁止され、馬は歩かせることになっている。車にひかれて死ぬのではなくて、馬に蹴られて死ぬという事故を防ぐためである。


「お前の力が必要なんだ、来い!!」


 はじめて見るリリアの焦った顔に、俺は嫌な予感を覚えていた。

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