第23話結婚破棄という名の決闘
リッツの告白から、一日が過ぎた。
結果、リッツとルシャが決闘することになった。
わけが分からないだろう。
俺も、もうわけがわからない。
ことの始まりは、リッツがルシャに酒場で大声で求婚したことまで遡る。
リッツは、モテる。
イケメンのリッツが、行き遅れの変わり者ルシャに求婚したものだから噂は王都中に広まった。そして、ルシャの両親の知るところとなった。
ここで、酒場でのことを思い出して欲しい。
ルシャはリッツの求婚に対して怒ってはいたが、求婚自体を断ってはいないのだ。
ルシャの性格を熟知した俺たちが「アレはダメだ」と判断して、振られたと言っていたに過ぎない。だが、ルシャの性格をよく知らなかった第三者は「男が照れ隠しに酒を飲んでプロポーズしたから怒っている」という解釈をしてしまったらしいのだ。
つまり、リッツのプロポーズは成功したと思われたのである。
叔父さん叔母さんは大喜びで、リッツの親に挨拶に行った。
リッツの親も、リッツの思いの丈は知っており「息子がそこまで惚れぬいたなら」ということで、結婚話は本人たちがいないところでまとまってしまったのだ。
慌てたのは、リッツである。
求婚したときは酔っていたこともあり、まさかここまでスムーズに事が運んでしまうとは思ってもみなかったらしい。双方の両親は大喜びだし、振られたとは言い出せないしで、泣きそうになったという。
そして、俺は
「ちょっと、リッツを燃やしてくる」
「落ち着け!!」
殺人犯になりそうな従姉妹を必死に止めていた。
「大丈夫よ、骨も残さずに燃やすから」
「何が、大丈夫なんだ!」
ルシャの目は、据わっていた。
放っておいたら、本当にリッツを殺しそうだった。ありったけの魔法道具を持ち出して、ルシャは家を出て行こうとした。俺は、それを止めようとして――家の前で土下座しているリッツを発見した。
第三者の俺の監視の下で、リッツとルシャには話し合いをしてもらった。俺がいなくなると殺人事件に発展しそうだったので、仕事は休まなければならなかった。
まずはリッツの謝罪に始まり、状況の確認を行なう。
言葉にするとこれだけの作業なのに、難航したのは気を抜くとルシャが魔法でリッツを燃やそうとしたからであった。ここまで怒っているルシャは、ちょっと初めてみるかもしれない。
「よし。今二人は婚約していることになっているんだな。まずは、婚約を解消しよう」
俺の提案に、ルシャは「どうやって」と睨んだ。
自分で言っておきながら、俺は頭を抱えた。
現代人の常識から言えば、婚約解消は本人たちで出来る。というか、日本だと婚約はあくまで口約束だ。法律的なことになると違うのかもしれないが、結婚のように正式な手続きは踏んでいないから気軽に分かれられる。だが、ルフの国では違う。
口約束なのは変わりないが、もう家と家との結びつきが出来てしまっていると考えるのが普通である。そのため、婚約破棄は離婚同様に面倒くさい。
「私側の親族が結婚相手に異議を申し込んで、決闘を行なうやり方もあるけど……」
ルシャの提案する方法は、だいぶ時代遅れの方法だった。
やっている人間はみたことないし、そもそも叔父さんは戦わないだろう。結婚に大賛成なので。
「ちなみに、俺も無理だからな」
聖騎士が普通の人間相手に決闘や喧嘩をすることは禁じられている。
数百年前ならともかく、今の時代にそれをやったら聖騎士をクビになってしまう。
ルシャもリッツも、そこは分かっていてくれていたから俺のことを責めたりはしなかった。
「なら、私が戦うわ」
ルシャの言葉に、俺とリッツは耳を疑った。
「私は、私の結婚に異議があるの。だから、私が戦う。筋は通ってるでしょ」
「と……通ってるとは思うけど」
その筋は果たして現代のルフの常識に通じるのだろうかとか、魔法使いと一般人が喧嘩したら一般人が死ぬとか……俺はそんなことが頭を過ぎった。
「大丈夫、魔法は使わないから」
「あ、だったら安全面では大丈夫か」
俺は、少し安心した。
久しぶりに帰郷してきた友人が灰になる姿など見たくはなかった。
だが、リッツは衝撃的な発言をする。
「……ルシャ、その勝負で俺が勝ったら結婚の申し出を受けてくれるのだろうか?」
俺は、今日がリッツの命日だと思った。
こうして行なわれた婚約解消のための決闘は、本人同士の戦いという常識と伝統を壊すような感じで幕が開かれようとしていた。
双方の親もさすがに話しについていけないらしく、俺は「もう、本人たちに任せましょう」と匙を投げていた。伝統的なルールによると花嫁側の親族と求婚者の勝負になるはずなのだが、空き地に即興で作られたリングに立つのは本人同士である。ちなみに、この勝負は求婚者側が「参った」というまでは勝敗がつかないことになっている。
イケメン求婚者と行き遅れ女の噂を知っている人々は、こぞってこの決闘を見に来ていた。見世物と化しているが、俺はもう何も言わない。
なんか、審判みたいに扱われているけど口出しするのは止めよう。
俺は、リッツに散々言ったのだ。
――決闘になったら、おまえは絶対に負けると。
「はじめ」
俺が言わなければならないので、俺が二人に始まりの合図を送る。ルシャには魔法を使わないと改めて約束させているが、リッツに勝ち目はなかった。
リッツは、平均的な身長と体重である。
女性のルシャよりも背が高く、重い。つまり、体格的にはリッツのほうがはるかに有利だ。もしも、ルシャが普通の人生を歩み、魔法使いでなかったらリッツに負けていただろう。
だが、ルシャは本気で聖騎士を目指してきた女なのである。
「おりゃー!!」
いきなり、ルシャはリッツを投げ飛ばした。観客も双方の両親も呆然としているが、あれは柔道でいうところの背負い投げである。
聖騎士は女でもなれるが、男性と同じ働きを期待される。そして、実戦でいざと言うときに頼りになるのは筋力である。
だが、女性に筋肉はつきにくい。だからこそ、女の聖騎士は男よりも筋力を必要としない技の鍛錬を中心的に行なうのである。ルシャは、人生の途中で聖騎士をあきらめた。
だが、彼女は自分で学んでいるのである。
戦い方を。
ルシャは、リッツに馬乗りになって動きを封じている。顔を殴らないのは、せめてもの慈悲だろう。それぐらいに、ルシャとリッツでは実力に開きがあった。
だが、あきらかに勝負がついている状態でもリッツは「まいった」とは言わなかった。ルシャは、プロレスみたいな関節技を使ってきた。苦しげなリッツの声が聞こえ、俺はこの勝負を止めさせるべきだと判断した。
「止めるな!」
リッツは、俺を止めた。
「……もう勝機はないわよ」
ルシャは、そう言った。
俺としては「最初からなかった」と言いたかった。
だが、リッツはあきらめない。
ルシャは、リッツを締め上げていた手を緩めた。これ以上は危険である、と彼女も判断したのである。だが、リッツは参ったとは言わない。
「リッツ、あなたは馬鹿なの。私に勝てる見込みはゼロよ。それでも、どうして勝負を挑むのよ。これじゃあ……私が根負けするのを待っているみたいじゃない」
「待ってるんだ」
リッツは、そう言った。
「俺は、絶対にルシャには敵わない。だから、優しいルシャが根負けするのを待って……」
その優しいルシャは、リッツを蹴り上げていた。
リッツは、動かなくなった。
ちなみに、気絶である。
死んではいない。
「この大馬鹿もの!!」
ルシャは、大声で怒鳴った。
審判として、俺はルシャの勝利を宣言する仕事をした。
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