第22話すれ違う友情
十九歳になった、ある日。
大学へ進学したリッツが、帰ってきた。卒業というわけではなくて、長期休みに入ったかららしい。十五歳のときに進学したのに、まだ卒業していないのかと俺はひっそりと驚いていた。この世界の大学は、現代で言う大学と大学院が一緒になったような教育施設であったらしい。リッツの卒業は、さらに四年後であるという。
俺とルシャは仕事を一日休んで、リッツを出迎えた。
そうして、懐かしい面々がそろうと俺たちは酒場に行った。俺は滅多に来ないがルシャは顔なじみらしく、酒場のおっさんが「よっと」と気軽に挨拶をしてきた。普通の女性はあまり顔を出さないような店だが、ルシャはそんなこと気にしていないようである。
良くも悪くも図太い性格が、働いてからさらに悪化しているようである。
ルシャは男社会で苦労しながらも、なんとか仕事を続けていけていた。叔父さんと叔母さんは「もう、嫁の貰い手がない」と嘆いていたけれども、働く彼女は毎日が楽しそうだった。元々聖騎士なんて目指していたのだし、難題があるほうが燃えるタイプなのだろう。そして、彼女はとうとう俺の両親の形見で魔法道具を作ってくれた。
「単純だけど、炎を発生させる腕輪よ。長く使うと魔力を消費するから気をつけてね」
フリージアを助けようとして、俺は竜の骨の剣を折ってしまった。
その剣は、ルシャの手によって腕輪として生まれ変わったのである。
「あの剣、もう壊れていたけど羅針盤みたいな役割だったみたいね。強い魔力――特に竜に反応していたみたい。竜狩りにでも使われていた骨董品だったのかも」
ルシャの話を聞くに、両親の形見は竜の魔力に反応するものだったらしい。
だったら、なんで剣の形にしたのかと尋ねたがルシャは「職人の趣味としかいえないわ」と返した。当時の職人よ、なに考えて剣を作るってんねん。
心のなかで突っ込みながら、俺は腕輪を装着する。
さすがに、昔みたいに店内で試すのは恐ろしい。あとで、こっそり試すことにしよう。その様子を見たルシャが、くすりと笑った。
「なーんか、私たちが子供の頃と随分と変わったわね」
ルシャは、聖王のことを言っているのだと思った。
フリージアが聖王になって、教会の兵力と国の兵力は混ざった。かなりの戦力増強になっており、これが戦争の前触れであるということは嫌でも分かった。
元々ルフの国は、戦争を繰返して領土を広めてきた国である。最近おとなしかったのは、これまでの戦で攻め落とせる国をあらかた攻め落としたからである。
戦国時代における徳川家康時代状態と言えばいいのだろうか。
だが、まだ当方の国々は残っているのだ。きっとルフは、そこに向って侵略を始めるのだろう。
「そうだな」
大学から帰ってきたリッツは、なんだか元気がない。
そんな彼は、一気に酒をあおった。絶対に酔いつぶれると思ってリッツのだけ弱い酒に取り替えておいたのだが、その光景に俺やルシャは驚いた。
「エル、出世したらしいな」
「あっ……ああ。色々あって」
「身を固める気はないのか?」
前世の結婚適齢期の年齢が高かったこともあり、俺はまだ結婚なんて意識してない。そして、仕事も忙しい。そんな状態でも周りが煩く言わないのは、ルシャの存在が大きいのだろう。叔父さんと叔母さんは、できれば俺たちがくっ付いて欲しいと思っているみたいだし。
「忙しいし、当分はそんなことは考えられないよ」
笑いながら、俺はそう言った。
結婚適齢期をとっくに逃しているルシャの手前、何となく掘り下げづらい話題だった。
「そうか……なら、俺がルシャへ結婚を申し込んでもいいだろうか?」
俺とルシャは、同時に酒を噴出した。
「え……おまえらって、そういう関係だったの?」
俺は、ルシャとリッツを見比べた。
同学年一のイケメンだったリッツと女ガキ大将のルシャ。ものすごく釣り合わない。いや、ルシャも綺麗な顔をしているとは思うのだが……ルフの国の理想的な女性像とはかなりかけ離れているし。
「勘違いしないでよ、エル!私は、付き合ってもいないわよ!!」
怒り出すルシャと酔っているリッツ。
俺は、必死に考えた。
「なぁ、リッツ……おまえ、ルシャと交際しているのか?」
「してない」
潔い答えだった。
これでルシャがどうして怒っていたのかは、分かった。
「交際してないのに結婚って、話が飛びすぎだろ」
俺たちみたいな平民は、恋愛結婚が普通だ。まぁ、恋愛結婚といっても現代日本よりも親の「結婚しろ」の圧力が強いので、適齢期になったら相手を探して結婚するのが普通である。俺の常識よりもだいぶ短めだが、交際期間もきちんと存在する。
だが、リッツはそこらへんの常識をぶっとばしていた。
子供の頃は、一番女の子にモテていたリッツがである。
今でも、同世代の男では女の子からの人気が一番あるのにだ。
「エル!!ソコの馬鹿の酔いを覚まさせてね、私は帰るから!!」
怒ったルシャは帰っていった。
その様子に俺はあきれたが、彼女の気持ちも分かるのだ。男社会でルシャは肩肘をはって生きている。結婚したら、負けだと思っている。たぶん、俺とリッツはそれを理解していると彼女は思っていたのだろう。そこにきてのリッツの求婚である。
ルシャにとっては、裏切り行為に等しい。
「……おい、ルシャの性格と生活からしてこういうことになるのは目に見えてただろ。どうして、求婚なんてしたんだ。せめて、告白にしろ」
俺は、いつの間にかテーブルに突っ伏していたリッツの頬をつつく。
弱い酒だったのに、一気飲みしたせいで完全に酔っ払っている。
「どうせ、振られるならば完膚なきほどに振られたかったんだ」
ぼそっとリッツは呟いた。
「おまえたち、どうせ将来は結婚するんだろ」
ふてくされたように、リッツは言った。
「ルシャの性格を考えたら、そんな未来はないだろ」
俺が求婚したら、容赦なく殴られる。
リッツだから、怒るだけにとどめておいてくれたのだ。ルシャは、生まれつき魔法使えた。だからこそ、他者にむやみに暴力を振るってはいけないことも俺たち以上に教え込まれている。だが、彼女は家族の俺には容赦がない。
「でも……ルシャの近くにいる男はお前だけだ。出世もしたし、家族だってお前だったら二つ返事で娘をやるよ」
たしかに、そうだろう。
ルシャの生き方が叔母さんや叔父さんに容認されているのは、実のところ俺の存在が大きいと思う「最後にはエルと結婚するんだから」と思われている節がある。たしかに俺とルシャは親しいが、それは兄弟のような関係だからだ。結婚しろといわれてもできない。百歩譲って一緒に生活できても、子供はできないだろう。
「ルシャを待ってやればいいのに。あいつが、結婚が負けじゃないって思えるぐらいになるまで……まってやればいいのに」
俺は、ルシャと結婚する気はないのだ。
だから、リッツが待てばいい。
「ダメだ。俺は、ルシャの生き方を応援できない。彼女の生き方が……すごく可愛そうに見えてしまうんだ」
女性なのに苦労して仕事をしている。
だから、はやく一緒になってあげないと。
そういうふうに、リッツは思ってしまうのだ。たぶん、俺が「そうじゃないよ」と言っても彼の意識は変えられない。
「リッツ……ルシャは夢のために頑張っている。ぜんぜん、かわいそうじゃないんだからな」
それをいうことが、俺の精一杯だった。
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