第18話緊張

俺たちは、フリージアが乗った馬車を護衛しながら城の中にはいった。


 そこでわかったことがある。俺が一年前に城だと思ったものは、城ではなかった。いや、敷地でいったら城の一部なのかもしれないが、王様が住まうという意味合いでは城ではなかったのである。俺が威圧感を感じた建物は、国民への顔見世のために使う別館であったのだ。てっきり一年前に見た建物に入ると思った俺は、そこを素通りすることになって唖然とした。


 しばらく馬車を走らせると、今後は別の建物――王が住む本物の城が見えてきた。

本物の城は、豪華絢爛で目がちかちかした。なにかをうっすらと思い出すと思ったら、教科書に載っていたフランスの宮殿に似ているのかもしれない。


 ちなみに、そのフランスの宮殿には行ったことがない。教科書に載っていたのを見ただけだ。だが、奇妙に懐かしくなった。


 この世界の建造物は、俺がいた現代と違って簡素だ。だが、俺にはそれが新鮮だったところがある。歴史の教科書で紹介されるのは歴史的な建造物ばかりで、民家なんて載っていない。だからなのか、本で見たことあるような城はどことなく現代の臭いを色濃く感じるのだ。


 内部に入ると、なかも煌びやかでフランス宮殿みたいだった。

 俺は気づかれないようにきょろきょろしていると、隣にいたリリアに睨まれた。


 今のは、俺が悪かった。

 宮殿のなかで、なにがあるとは思わないが一応はフリージアの護衛をまじめにやらないと。ちなみに、フリージアは俺たちに囲まれて真ん中を歩いている。いつもの白い聖者の姿であり、見慣れた俺でさえ清廉であると感じる姿だ。


「なぁ、エル」


 フリージアが、そっと俺に耳打ちする。

 他の二人には聞こえないように、小さな声だった。


「本気でテサレシスに会いたくないから、今から突発性の腹痛になる」


 フリージアは、真剣な顔をしていた。

たぶん、このまま放っておいたらお腹が痛い演技を始めるだろう。いくら兄弟とはいえ、王都の謁見を腹痛で休もうとするな。


「おい、まじめにやれ」


 何事か、ちょっと心配しただろうが。


「いや、だって本当に会いたくないから……やっぱり腹痛になってくる」


 逃げようとするフリージアの肩を俺は捕まえた。

 こういう無礼をするのは、おそらく俺ぐらいなんだろう。


「おまえ、なにやっているんだ」


 リリアが、俺を睨んでいた。

 俺は、フリージアから手を離す。


「君と一緒にいると、ふざけたくなるな」


 フリージアは、真剣な顔をしていた。

 ちなみに、奴は小声で話している。だが、リズはフリージアと俺のやり取りが聞こえたらしく笑いをかみ殺していた。


 リズはフリージアが幼い頃から護衛として側にいたからか、俺とフリージアがふざけることに関して若干ではあるが他の聖騎士よりも大目に見てくれるところがあった。きっとリズは、フリージアに肩の力を抜いて欲しいと思っているのだろう。俺としては抜きすぎているような気がするので、今は叱って欲しい。


 ついでに、リリアも聖者に幻想を持っているなら、はやく壊して欲しい。


「王に会うときは、ふざけるなよ」


 リリアは、俺を睨んだ。

 だから、どうして俺を目の敵にするんだよ。

 俺は、ため息をつきながらフリージアのほうを見た。彼は、緊張していた。この表情は、はじめて見たかもしれない。


 フリージアは何度も転生を繰返してきたこともあって肝が据わっている。攫われても、竜を目の前にしても、自分の目的が根本的に間違っている可能性があっても、緊張することはなかった。

なのに、今は緊張している。


 いつも毅然として、自分のやれることだけをやっていた。だが、今のフリージアは先の見えない未来に緊張している。それこそ、逃げ出したいぐらいに。


「フリージア、本当に逃げたいときは言ってくれ。手伝う」


 俺のささやきに、フリージアは目を丸くする。

 本心からの言葉だった。


 夢に近づいたからなのか、最近思うことがある。俺は、ゴールにフリージアがいてくれるから頑張れたのではないかと。そして、ゴールにフリージアがいなくなったら走れなくなるのではないかと。だから、フリージアが望むのならば、俺は最果てだって付き合う覚悟ができていた。まだ、立ち止まりたくなかったからだ。


「……そこまで、付き合わなくていい」


 俺の言葉に、フリージアは笑わなかった。


「エル、これはお前の人生だ」


 小さな声で、フリージアは俺に釘を刺す。


「お前のたった一回だけの人生なんだ」


 もう次はない。

 千回の人生を繰返した、フリージアはそう語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る