第19話聖者の正体
王の謁見の間まで来ると、俺たち全員は膝を折る。謁見の間はファンタジーな漫画でよくみるような、シンプルな作りだった。だが、護衛の数が多い。顔を伏してはいるが、俺は何となく気配で騎士たちの立っている場所を探っていた。
入り口に、二人。
外にも、三人。
窓の近くに、五人。
フリージアの護衛は、俺たち三人だけ。この人数差だったら、リズとリリアが魔法使いでも十分に俺たち仕留められる人数であろう。王はフリージアを共に王位につくようにとは言っているが、実質的な優位は失いたくはないらしい。
足音が響く。
たぶん、王は部屋に入ってきたのだろう。俺たち視線を下げているから見えないけど、足音は随分とゆっくりとたテンポであった。そして、段々と大きくなってくる。それは
まるで王が俺に近づいているかのような奇妙な感じの音だった。
「フリージアが、君を助けたのか?」
なんか、近くで声が聞こえた。
ものすごく嫌な予感がして、俺は恐る恐る視線を上げる。
テサレシス――現王の顔が近くにあった。
ルフ国の人間らしく色白の肌に、翡翠を磨いてはめこんだかのような瞳。一年前に見たときも思ったのだがフリージアを脱色して、成長させたような顔である。いや、顔の造詣はどうでもいい。大問題なのは、総理大臣的なポストの人が俺の近くにいること。
なんで、と思った。
「ごく普通の青年だ。本当に、ごく普通の」
王は、俺をそう評した。
あまりに、その通りなので反論できなかった。いや、反論しようとも思わなかった。王の気配は、どこか無機質だ。冷たい、というのも違う。
ホラー映画に出てくる人形あるいは賢いコンピューターを見ているような時のような気持ちだった。いや、もっと違うのはシリアルキラーと呼ばれる人間の犯罪を見たときの気分に近い。
冷静、冷徹、無駄がなく――同時に理由もよくわからない。
王が、なぜ俺に近づいたのか理由がぜんぜん分からないのだ。フリージアが親しくしているから興味が沸いたのだろうか。だが、それにしては無防備すぎる。俺は帯剣していて、その気になれば王の首を取れる距離にいる。
この王は、理解できない。
故に、不気味で恐ろしい。
俺は緊張したフリージアや彼を恐れた前王の気持ちが、今初めて分かった。
王は、俺から離れていく。王の行動はいつものことらしく、騎士たちは微動だにしなかった。俺は、ほっとする。
心底良かった、と思った。
俺の人生にかかわって欲しいえらい人に、王様はいない。というか、できれば王様なんて危ない身分の人と知り合いたくない。ましてやそれが、テサレシスなんて願い下げだ。
「フリージア、話を考えてきてくれたかい?」
王様はようやく王座に座ると、フリージアに尋ねた。
騎士たちが、わずかに動く。それぞれが自分の獲物に手をかけており、王の命令があればすぐにでも抜刀できる構えを取っていた。
フリージアは、招かれた身だ。
そんな彼に武器を向けるはずがない、と俺は戸惑った。リズとリリアも戸惑っており、フリージアだけが全てを分かっているかのように静かであった。
そこで、ようやく俺は気がつく。
俺たちは、人質だったのだと。フリージアは恐らくは聖王になる誘いをここ一年は、断り続けてきたはずだ。
王は、それにじれた。
あるいは後ろ盾をなくしたフリージアの周囲が、王の元へと聖者を送り出したのか。俺の身分では、推測しかできない。だが、言えることは一つ。
フリージアは、王に屈するためにここに来たのだ。
俺やリズ、リリアを護衛に指名したのは、フリージアへの人質にするためか。
それをフリージアは察していた。
「フリージア……」
逃げたかったら言ってくれ。
俺は、お前の味方になるから。
「エル、僕は味方はいらないから」
フリージアは、そう言った。
いらない、と言った。
「王、僕はあなたの隣に並び立とう。僕は、僕の目的以外は何も望まない」
テサレシスは、それは何だと尋ねた。
リリアも顔を上げて、フリージアの目的を聞いていた。
「僕の望みは、人に戦争を捨てさせることだ」
フリージアは、まじめに答えた。
だが、テサレシスはそれを笑った。
フリージアの夢と目的を心の底から笑った。
「フリージア、君は千回も転生を繰返したんだろう。その千回のなかで、人間が戦争を手放せた世界はあったのかい?」
笑いながら、テサレシスはフリージアに尋ねる。
フリージアは、凍りついた。
「竜のように、人間に利用された動物が救われた世界はあったかい?」
フリージアは、答えることが出来ない。
この世界で、竜は戦争の道具になった。骨を魔法道具にするために狩られて数を少なくし、ついには絶滅した。俺の世界にだって、似たような経緯で絶滅した動物は山のようにいる。竜と違うのは、竜は知識と魔法の力を持っていたことだ。
「フリージア。私は君の一番最初が、竜であったことを知っているんだよ」
俺は、息を呑んだ。
フリージアの表情は変わらないが、俺だけが動揺している。リリアとリズは、王様の話についていけてない。
「王家に伝わる古い話だ。まだ、竜がかろうじて生き残っていた頃、黄金の竜は人と竜の双方に願い事をされた。『人を滅ぼして欲しい』『もっと強い武器が欲しい』と願われた。黄金の竜は、双方の望みをかなえるために千回の転生に挑んだ――千回の転生の最後に、王族の一人として生れ落ちることを約束して」
それが、今のフリージアだ。
「サウベリット教は、その当時にはまだカルト教団のようなものだった。だが、段々と力をつけていき今日に至っている。王室としては目の上のタンコブのような状態だが、あの宗教を国のものとして認めるわけにはいかなかった」
教会の聖者は、王族に生れ落ちる。
だが、その聖者が敵なのか味方なのか分からない。
教会を国の宗教としてしまえば、生まれた聖者が敵であっても保護しなければならない。だから、ルフの国はどんなに強大になってもサウベリット教を国の宗教とはしなかったのだ。
「そうして、ようやく君が生まれた。君が生まれた日を、私はまだ覚えているよ。城中の大人たちが息を呑んで、君が――……伝説の黄金の竜の生まれ変わりが、敵か味方なのかを見定めようとしていな。でも、君の魔力は想像していたものよりもずっと少なかった」
俺が、半分もっていってしまっていったからだ。
「伝承は間違いか、はたまた千回の転生で増える魔力はそれぐらいのものなのか。大人たちは、慎重に君の成長を見守っていた。だが、君は喋りだすのも遅く、歩き出すことすら遅かった。最終的に、父も君は人の敵になるような器ではないと判断して教会に聖者として譲ることにしたんだ」
金田純一の意識がまだなかったときに出合った、フリージア。
あのときは本当に人形みたいだ、とエルは思ったのだ。あれが、たぶん本当のフリージアの姿。喋ることは稀で、動くことも稀な、人形みたいな毒にも薬にもならない聖者様。
「ところが、君はまるで生まれなおしたみたいに突然に活発になった。今まで興味を持たないどころか理解すら出来ないない魔法の勉強をし、古代魔法を習得した。そして、時には父が送り込んだ暗殺者すら返り討ちにしてみせた」
テサレシスの言葉に、俺は呼吸が止まった。
フリージアの父親は、宗教に傾倒していたのではなかったのか。あるいは、それはフェイクで用心深く息子を観察していただけなのか。
「あれは、父上の部下の暴走です。父自体はかかわっていないと仰っていました」
「君は、それを信じるのかい?」
テサレシスは、フリージアに尋ねる。
「僕は、人を信じます」
痛いほどに、真剣な言葉であった。
フリージアは、千回の転生に挑んだ。それは自分のためではない。竜のため、人のためであった。たぶん、フリージアは信じていたのではないだろうか。
人は戦争に勝つために、竜の肉体を利用する。
だから、戦争さえ無くなれば両社は歩み寄ることができるのだと。
「君は、竜と人を救うために千回の転生に挑んだ。だが、その転生の間に竜は絶滅。それでも、君はまだ人から戦争をなくせると信じているのかい?」
テサレシスは、フリージアの心をえぐるを止めない。
だが、その疑問は俺も感じていたことだった。
フリージアは、前世で人間から戦争は切り離すことが出来ないと知った。彼はそれを知ったから、小学生なのに自殺してしまった。
ただ、その絶望の記憶は俺が持っている。
けれども、フリージアが体験してきた大半の記憶はフリージアが持っている。たとえ、あの本の記憶がなくともフリージアも薄々勘付いているはずだ。
人から、戦争は切り離せない。
「できる――人は、そこに向かって努力ができる」
フリージアは、立ち上がっていた。
上段にいる王と同じ視線というわけにはいかない。それでも、フリージアは立ち上がって王に意見をしていた。
銀の髪に白い衣装が、ふわりと巻き上がる。
褐色の肌に纏う白は、一層に清く見える。初めて会ったときからフリージアは同じような服しか着ていなかったから、俺にとっては見慣れた姿のはずだった。
ぞっとした。
たぶん、この世界で生まれた人間にとっては神秘的な光景なのだろう。
清くて、強くて、賢くて、そういういかにも聖者らしい姿なのだ。
だが、前世の記憶を持つ俺にとっては、それは不吉な光景にも見えた。フリージアの姿が、歴史に教科書のなかにしかいないはずの殉教者に見えたのだ。
「僕は、千回の転生をした。様々な世界を見て周り――そのどの一つだって、まじめには生きていなかった」
フリージアは、笑った。
リズとリリアが、動揺するのが分かった。だが、俺にはフリージアの気持ちが分かっていた。二回や三回なら、まじめに生きるだろう。
だが、フリージアは千回も人生を繰返した。どれも二十歳ぐらいまでしか生きなかったというが、それでも途方もない年月であろう。そして、その生のなかにフリージアの目標はなかったのは。
彼にとって、千回の転生はただの踏み台。
この世界で使う魔力を溜め込むだけの。
「ついでに、どの世界でだって人間は他の生物を滅ぼして、戦争を続けていた。止めることができた世界は、一つだってない」
俺がいた現代だって、そうだった。
いくら科学が進んだって、いくら賢くなろうたって、戦争は起こっていた。
「でも――戦争に転がり落ちる前に、あがく人々はどの世界にもいた」
それは、たぶん俺の世界にだっていたのだろう。
でも、俺はその人たちの顔も名前も知らない。知らないまま、平和な世界に胡坐をかいて未来を嘆いていた。
「僕は、それを見た」
でも、俺の世界で少なくとも一人はあきらめていた。
流行になった、歴史の本。
あれを書いた著者は、少なくとも人から戦争を取り上げられないとあきらめた。
フリージアも、それを読んであきらめた。
「だから、僕もあきらめない」
俺は、祈った。
この世界の教会ではなくて、日本の仏壇に飾ってあった自分の祖先にですらなかった。ぼんやりと形の分からない、全能であって欲しい金色の竜に祈った。
――思い出さないでください。
――あきらめず、恐れない。フリージアの姿が、俺の目標になった。その姿が、この世界に放り出された俺の希望になった。だから、あきらめた記憶だけは思い出さないでください。
「それが、君の答えか。私の傀儡になっても、目的以外は望まないと」
「はい」
フリージアは、そう答えた。
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