第17話王から召還
しばらくフリージアに会うことはないだろう、と俺は思っていた。
だが、再会の機会は早かった。聖騎士になってから一年して、俺は王様に呼ばれた。なんで、と思ったがリズも一緒に呼ばれたので竜関連のことだろうかと考えた。
百年ぶりに竜が発見されたことに関してルフ国は一時騒然となったが、今では落ち着いている。誰もが、たまたま一匹生き残っていただろう程度にしか考えなかったのである。それにこの国では新聞を読む人間が少ないので、田舎のほうになるときっと王都に竜が出たことすら知らない人間も多いであろう。
誰もが、少しずつ竜のことを忘れてきたころ。
王への謁見は、そういうタイミングで起こった事件だった。
しかも、フリージアも一緒だという。教会本部と城までの距離は大したことないが、まさか聖者様を歩かせるわけにもいかない。フリージアは馬車で移動することりなり、その護衛を行なう聖騎士が必要となった。
何故か、その護衛が王からの指名で決められた。
俺とリズ、あとリズの姪のリリアが中心となって護衛を行なうこととなったのである。
リリアは、聖騎士の入団試験でトップ合格した天才である。魔法の才能もあるらしく、才色兼備と巷で騒がれている。あと、リズの姪だけあって胸が大きい。
「足を引っ張るなよ」
そして、俺は何故かフリージアの馬車の前でリリアに睨まれている。
俺の入団試験の成績は、リリアに遠く及ばない。その後の活躍も、別に睨まれるほどのことではないと思うのだが、ルシャのこともあったし女の子に嫌われるのは精神的にきつい。リリアが用事で立ち去ってくれて、俺が一息ついていると
「エル、久しぶり」
俺が護衛する予定の馬車から、ひょっこりフリージアが顔をだした。一応、人がいないのを確認しているが、もうちょっと気をつけて話しかけて欲しいと思った。
「聖者様、ちょっとは身分を考えてください」
「今更だろ」
久々に見たフリージアは、元気だった。
魔力切れは寝ていれば治るのから心配はしていなかったが、一年も顔を見ていなかったので安心はした。
「フリージア、そういえば王の就任式のときにおまえは王様に手を伸ばされていたよな。あれって、どういう意味だったんだ」
俺の問いかけに、フリージアは顔を曇らせた。
「聖王になれ、と言われている」
俺は、一瞬フリージアが何を言っているのか分からなかった。
「今の王様は、王様を辞めたいのか?」
だから、フリージアに王位を譲りたいのかと思った。だが、フリージアの王位継承権は今でも三番目である。二人分繰り越さないと王様にはなれない。
「違う。教会の力を取り込みたいから、飾りの王様になって隣に立てって言われてる」
フリージアは、今や教会のシンボルだ。
最初はお飾りの聖者としての立場しか望まれていなかったが、フリージアの存在感は年々大きくなっていった。それこそ、リリアみたいな天才が聖騎士になりたいと思うぐらいに。
そんな彼を二人目の王にして、教会の信者や聖騎士を取り込みたいと王は思っているらしい。聖騎士志望は、今や国の騎士の数よりも多い。だが、これ以上は教会の力では養えない。だから、王は兵力を集めるためにも教会の力を欲しがっていたのだ。
「テサレシス様……今の王は、おまえには立場を取られないと思っているのかね」
俺の言葉に、フリージアは苦笑いする。
「僕に政治は無理だ」
「俺もそう思う」
フリージアを慕う人間は多いが、彼はその舵取りができない。
そういう教育を受けていないし、そういう立ち回りが上手いタイプではない。
「それに、テサレシスは怖い」
「怖い……?」
それは、兄に対する言葉ではないような気がした。
「テサレシスは理想の王になれる。だけど……前王はテサレシスを恐れていた」
「自分の息子を恐れたのか?」
俺は前の王のことを詳しく知らないが、意外だと思った。
「ああ、でも王になれそうな器はテサレシスしかいなかったんだ」
俺はテサレシスを一度しか見たことなかったが、恐ろしい男には見えなかった。むしろ、フリージアと同じで外見だけならば毒にも薬にもならないような男に見えた。
「それに、気になることがある。僕が聖王になったとしても、その後の世代はどうするつもりなのかとか」
俺は、目をぱちくりさせた。
そういえば、この世界では俺たちはもう結婚適齢期なんだっけ。
「どうした?」
「いや、正直十六歳で子供とかって考えられないなと思って……」
「考えれないなら、考えなければいいだろ」
フリージアは、あっけらかんとしていた。
そういえば、こいつって大体二十代で転生していたんだっけ。無責任になるからとか思って、今までずっと子供を作らなかった可能性があった。
「まずい、人が来た」
フリージアは、馬車に引っ込んだ。
来たのは、リリアだった。
叔母と同じように長く髪を伸ばしている彼女は、俺のほうにつかつかと近づいてくると耳を引っ張った。俺の耳をである。
「ちょっと、こっちに来なさい!」
「いや、いまここを離れるのは不味いって」
まだ教会の敷地内だが、俺はフリージアの護衛なのだ。リリアもそれは理解してくれたらしく、俺の耳から手を離した。
「おまえは、どうして聖者様と親しいんだ」
「え……いや、その。と、友達だから?」
リリアは、視線だけで「俺に死ね」と言っていた。
「叔母様から色々聞いたが、本当に信用ならない男だな。聖者様が何と言っても、私は信用しないからな」
それだけを言って、リリアは去っていった。
はぁ、と俺はため息をついた。
「くっ……はは」
馬車のなかで、フリージアが爆笑しているのがわかった。
「おい、おまえのせいで嫌われたんだぞ。分かってるのかよ、聖者様」
俺は、馬車のドアを叩いた。
フリージアの笑い声は、止まらない。
憤っていた俺だが、段々とどうでもよくなった。忘れそうになるが、聖者という身分が可愛そうになるほどにフリージアの内面は普通だ。路上でなんの抵抗もなしにサンドイッチを食べたりする、庶民的な精神を持っている。たぶん、千回の転生の結果なのだろう。そんな庶民派が聖王の椅子に無理やり座っているのは、きっと息が詰まるのだろう。たまには、笑わせてやるかと鷹揚な気持ちが生まれた。
それと同時に、このチャンスは貴重なのだとも理解していた。
もしも、フリージアが聖王なんてものになってしまったら、話せる機会は今まで以上に減るだろう。だから、俺はフリージアが笑いを止めなければならないことを聞いた。
「……なぁ、フリージア。一年前、おまえは竜の最後の言葉を聞いたのか?」
あのときの黒竜は、フリージアに語りかけていた。
俺は、フリージアと同じ魔力を持っていたから立ち聞きしてしまったにすぎない。
「聞いていた」
笑いを止めたフリージアが答える。
「アレから色々考えて知り合いにも調べてもらっているんだ……それで、その――」
おまえは人間じゃなくて竜の生まれ変わりじゃないのか、と俺は聞きたかった。
俺がそう考えたのには、理由がある。
エルは幼い頃に金田純一の人生を夢見て、日記に続いていた。そして、同時に竜になる夢も見ていた。俺は竜の夢は、普通の夢だろうと思っていた。だが、そちらも前世の夢ではないかと思えてきたのだ。
俺とフリージアの魂は、混ざってしまっている。
俺の中に竜であったこ頃の記憶が残っていてもおかしくはない。
だが、聞けなかった。
聞けば、根本的な疑問が生じるからである。
竜を滅ぼしたのは竜であり、黒竜はフリージアが竜のために人を滅ぼすと言った。だから、フリージアが竜であれば――それは人の敵と言うことになるのだ。
「……エル、俺は人から戦争を取り上げたい。それは、信じてくれ」
フリージアは、苦虫をかみ殺すように言った。
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