第16話肯定

「エル、無事だったのか!!」


 居候させてもらっている叔父さんと叔母さんの家のドアをくぐると、そこにはルシャとリッツがいた。二人とも叔母さんと一緒に万が一の避難に備えて、荷物をまとめていた。叔父さんは、たぶん雇っている職人たちの様子を見に行ったのだと思う。


 帰ってきた俺を見てリッツは俺をほっとし、ルシャは俺に抱きついた。叔母さんは暢気に「まぁ」と驚いて見せていた。俺は、ルシャの重みでどさりと床に倒れた。


「竜は、城の騎士や兵士が殺してくれたよ」


 だから避難する必要はない、と俺は三人に伝えた。叔母さんはまとめていた荷物を解きにかかり、そのついでに俺たちにお茶を入れてくれた。俺たち三人は叔母さんと違って平常心に戻れてはいなくて、休養が必要だった。特に、俺は魔力をだいぶ使っていたからかなりダルさがあった。


「本当に死んだと思ったんだからね」


 ルシャは、俺をずっと睨んでいた。


「俺も……死ぬかと思った」


 俺は二人に、竜を殺したとは言えなかった。

言ったら、さらに心配をかけると思った。だが、疲労は隠せない。俺は言わないが、俺の消耗具合から竜から身を守るために魔力を使ったことは明白であろう。

 それでも竜に踏み潰された兵士たちを思いだすと……俺も「ああなったかもしれない」と考えてしまうのだ。だから、二人には言えなかった。心配をかけてしまうと、思ったのだ。


「……ごめんなさい」


 ルシャは、俺から顔をそらした。


「なんで、謝るんだ?」


 俺が尋ねると、ルシャは悲しげに笑った。


「せっかく、あなたが聖騎士になれたのに……止めてと言いたくなったの」


 その言葉に、俺は呆然とした。

 自分の夢を、今初めて否定された。


「ルシャ。今は、全員が無事だったことを喜ぼう。竜が出て、こんなに被害が少ないなんて奇跡だよ」


 リッツは、目を細めていた。

 その目には、わずかに嫉妬があった。


「竜は、黒竜だった。一番大きな金竜だったら、被害はこれじゃすまなかった。黒竜は、そんなに強力な魔法は使わないんだ」


 俺は、城に現れた竜について説明した。

 竜の中で、一番強力で巨大な竜が金竜である。

 全身が金色に輝いていたという竜は、強大な魔法を使用した。人間たちは、その魔法を模倣して古代魔法を作った。古代魔法から現代魔法が派生して、今に至っている。


「……リッツ、お願いがあるんだ」


 俺は、大学へと進学する予定の彼を見た。

 あと少し経てば、彼は王都を離れて学び舎へと進む。


「魔法と竜の歴史について、もっと調べてくれないか? できれば、教会についても」


「いいけど、なんで?」


 一年も竜のことを調べていたんだから、もう十分だろうという顔でリッツは俺を見る。


「ちょっと気になることができたんだ。でも、これからは本を読める時間があるかどうか分からないし……」


 竜のことをもっと知らなければ――フリージアのことを守れない。

 それに大学に行くリッツならば、俺よりも本に触れ合える時間もチャンスもあるだろう。


「分かった。調べて、なにか珍しいことがあったら教えるよ」


 リッツは、快く引き受けてくれた。


 よかった。


 彼が進学する大学には、きっとたくさんの本がある。その知識が、俺の疑問を解決する糸口なるように今は祈ろう。


「何で、そんなに竜のことが知りたいの?」


 ルシャが、俺に尋ねてきた。

 その目は、偽りは許さないと言っていた。

 フリージアのことを言うべきが、俺は一瞬だけ迷った。

 だが、言ったところで信じるだろうか。

 聖者であるフリージアへの信仰は絶対であった。しかし、その千の転生を信じているかどうかは人によって異なる。ルシャは疑問にも思わず信じていいたが、リッツは半信半疑というところだろ。


「聖者様についてのことなの?」


 ルシャは、俺を睨んだ。


「なんで……」


「昔から、あんたは聖者様のために頑張ってきた。だから、今回もそうなのかもって思ったの。エル、教えて。あなたは、どうして知りたいの?」


 私はあなたの家族なのよ、とルシャは言った。


「あなたがこれからも危険に携わったら、私はそのたびに心配する。なのに、私はどうしてあなたが無茶するのかの理由も教えてもらえないの!」


 ルシャは、ヒステリックに叫んだ。

 俺とリッツは、驚いた。今まで、ルシャがこんなふうに泣き叫んだことはなかった。もっと強い女だと思っていた。


「ごめん……」


「何に対して、謝っているのよ!」


 怒るルシャを、リッツが止めた。


「今まで、ずっと言わなかったことがある。言っても、信じてもらえないし、無駄だと思っていたことがあるんだ」


 俺は、息を吐いた。

 今までずっと、秘密にしていたことだった。尋ねられないから言わなかったという逃げは、もう通じない。俺は、真実を言う恐怖と向き合った。


 信じてもらえないかもしれない、馬鹿にされるかもしれない。


 それでも、家族と友人には打ち明けるべきだと思った。


「俺も、フリージアと同じように転生した。いや、フリージアの転生に巻き込まれた」


 俺はルシャとリッツに、現代のことやフリージアとのことを話した。俺が、フリージアの魔力を半分取ってしまったことも話した。


「……俺がフリージアを目指したのは、最初に俺が彼を助けようとしたからだ。最後まで、助けたかったんだ」


 現代日本で、俺は飛び降りる小学生を俺は助けられなかった。

 だから、この世界では最後まで手を握り続けたかったのだ。


「それだけ……だったの?」


 ルシャは、言う。

 彼女は、震えていた。


「たったそれだけを理由に、今までがんばっていたの?」


 違うのだ。

 たった、それだけではない。

 何も分からずにこの世界に放り出された俺にとっては、それが全てだったのだ。


「これからも、それを目指してがんばるの?」


 ルシャは、俺に尋ねる。

 俺は、頷いた。

 もう、それしか道は知らなかった。日本にいたころの俺は進学するだけの学生だったし、この世界にきてからは聖騎士だけを目指していた。


「ただ、こちらに来たときの気持ちだけで聖騎士をやるの?お願い、聖騎士を辞めて……」


 気がついたとき、ルシャの体が俺の近くにあった。

 彼女は、俺に抱きついていた。


「あなたは、もう十分にこの世界で生きたの……だから、日本なんて場所も、聖者様も忘れて普通に生きてよ。もう、今日みたいな思いはたくさんなの!!」


 ルシャは、俺から離れていった。

 そして、自分の部屋へと走り去っていく。


「リッツ、俺は馬鹿なのかな」


 俺は、去っていったルシャの背中を眺めていた。



「聖騎士になるって決心したとき、俺は姉さんを泣かせたんだ。そのときに、聖騎士なんて危ない職業を目指せば……また誰かが泣くって理解できたはずなのに、どうして」


 俺の吐露に、リッツは戸惑っていた。

 だが、決心したかのように息を吐いた。


「それでも、目指したいんだろう」


 リッツは、静かだった。

 俺とルシャが嵐のように荒ぶった後だというのに、リッツだけは静かにそこにいてくれた。


「俺は、おまえの言葉を全て信じられたわけじゃない。ただ、どうしておまえが竜や魔法に興味を持ったのかは分かった」


 俺は、リッツを見た。


「おまえは、俺を止めないのか?」


「俺は、おまえの家族じゃない。それに、俺も背中を押してもらった。俺も、押すよ」


 ぽん、とリッツは俺の背中を叩く。


「このことでルシャに嫌われても、俺はおまえを応援する。おまえが、俺を応援してくれたみたいに」


 ――ぼろぼろ。

 ――ぼろぼろ。

 涙が、零れた。

 人に味方をしてもらって、こんなに嬉しいと思ったことはなかった。リッツはこれから、俺と道をたがえる。それでも、彼は俺が進む道を肯定してくれた。


 それは、この世でもっとも心強いことだった。

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