第15話新たなる疑問

竜は、何度でも炎を吐くのだ。

 だから、また魔法陣を張りなおさないといけない。


「もう……魔力が少ない」


 フリージアの言葉は弱かった。


 たぶん、彼の中にはもう魔力はない。

 だが、このなかでもう一度あんなことを出来る人間はいなかった。フリージアだけが、皆を救える。だが、俺の魔力はフリージアには渡せないかもしれない。


「フリージア、俺に教えてくれ!!さっきのやり方を」


 俺は、フリージアに肩を貸す。

 古代魔法なんて、使ったことがない。

 けれども、フリージアと同じ魔法が使える素質を持っているのは俺だけなのだ。フリージアの半分の魔力を持っていった俺だけが、古代魔法を扱える素質を確実に持っている。

 フリージアも、俺のやりたいことを理解してくれたようだった。


「エル。古代魔法は、言葉で説明するのが難しい」


「悪いけど、俺は魔法初心者だから見て覚えろっていうのはナシだからな」


 俺は苦笑いするが、フリージアは笑わない。

 状況はひっ迫していて、笑えるような余裕はないのである。


「もう一度、君と僕の魂と記憶を混ぜる」


 フリージアは、真剣な声でそう言った。

 竜は、首が反り返っていた。

 恐らくは、あと数十秒で炎が来る。


「やりたいと思ったことを出来ないで死ぬよりも、マシだ」


 俺は、そう答えた。

 フリージアは、ほっとしていたようだった。

 そのまま、フリージアは俺の顎を掴む。自分から、絶対に目を離してはいけないとでもいうように。そのまま、フリージアは俺の顔に顔を近づけ。


 ――思いっきり、俺の額に頭突きをかました。


「なんで、これなんだ!」


 俺は額を押さえながら、思いっきり叫んだ。

 俺、一番最初にフリージアと出合ったときもこれをやられたんだけど。


「煩い。衝撃を与えるのが一番可能性が高いんだ。古いテレビだって、コレで治るだろ!!」


「古いテレビの話じゃないだろ」


 立ちくらみをこらえながら、俺は竜を見据える。

 間近で見る竜は、恐ろしいほどに大きくて強大であった。あと、数秒で竜は炎を吐き出すであろう。俺が、防がなければ全員が燃やされる。


「最初の数分だけ、僕が防ぐ。その間に、魔法を習得して!」


 フリージアの目の前で、無数の魔法陣が展開する。

 光り輝くそれは、再び散らばった。


「おい、だから俺は魔法の初心者だ!」


「この魔法陣は、そんなに難しいことじゃない。魔法陣の模様を思い浮かべて、魔力を掌に集中すれば出る」


 俺は、フリージアを出現させている魔法陣を見た。

 ペルシャ絨毯並みの複雑な模様だった。

 これを頭に思い描けというのは、無理があるぞと思った。

 そして、もう一つ。


「魔力を掌に集まるって、どうするんだよ!」


 本当に魔法初心者なのだ。

 基礎知識はあっても、俺は魔法を発動させたことはない。魔力を手に集中といわれても、まったく分からない。


「……魔法道具を使ったことあるか?」


 フリージアは、俺に尋ねる。


「それはある」


「なら、その要領で僕に魔力を流せ。僕自身が、魔法道具になる!!」


 そんなことが可能だろうか、と俺は思った。

 だが、もう余り時間はない。

 竜が、炎を吐いた。フリージアがさっきと同じように魔法陣を展開して防御しているが、彼の自己判断では数分しか持たない。


 その数分では、俺は魔法を取得できない。

 俺はフリージアの腕を掴んだ。魔法道具を使用する要領で、フリージアに魔力を流す。魔法道具は使ったことはあるし、俺とフリージアの魔力は元は一つだ。


 だから、魔力を流しても問題ないはずだ。

 そう、思い込もうとする。


「聖者様、その方法は危険です!」


 リズが、フリージアを止めようとする。


「これしか、方法がない。止めないで」


 フリージアが、リズが拒絶する。


 俺は、目を瞑る。

 炎を吐く竜も――難しい魔法の話も全部忘れて、今はフリージアに魔力を流すことだけを集中する。

 体の奥底には、俺のものではない力がある。その力は、マグマのような熱を持っている。その熱は、俺の腹のそこから指先へと流れる。たぶん、コレが魔力。


 俺は魔法道具に魔力を注ぐように、フリージアに魔力を注ぐ。


 魔法道具は、どんな人間の魔力でも受け入れて発動するように作られている。家電製品に電気を流すようなものである。だが、人間は違う。


 人間は、電気を流すように作られてはいない。

 ましてや、他人の魔力を受け入れるようには出来てはいない。

 大丈夫なのか、と俺はギリギリのところになって迷う。俺の魔力を流すことで、フリージアが拒絶反応を起こして死ぬかもしれないと考えてしまったからだ。


 俺には、現代日本に知識がある。


 他人に他人の血を与えれば、拒絶反応を起こして死ぬことだってありえる。俺たちの魔力は元は一つだが、もしかしたら俺たちが別々に生きたせいでもう別物になっているかもしれない。


「エル、僕は大丈夫だ。でも、そろそろ魔力がつきる。自分で魔法を使うか、僕に流せ!」


 ここで俺が行動しなければ、皆で死ぬのだ。

 俺は決心して、フリージアに魔力を流した。


 フリージアは、目を見開く。魔力は、本来は他人に流すようなものではない。本来は一つのものと言っても、俺が流す魔力にフリージアは拒絶を示していた。


 嗚咽を吐き、今にも膝を付き添うになっている。

 だが、この方法でしか今は古代魔法は使えない。


「フリージア……」


「続けて、今から切り替える。見てろ、コレが君の魔力でできることだ」


 フリージアが作り出す、魔法陣の量が増えた。

 おそらくは、俺の魔力を使用して魔法を使っているのだろう。それらは、長く続く竜の炎から俺たちを守る。だが、俺の魔力を使用し続けているフリージアのほうが辛そうだった。俺が支えているが、彼はもう自分一人の力で立てない。


 息も荒い。

 他人に魔力を流すというのは、やはり無謀だったのだろうか。


「止めるな」


 フリージアが、俺を睨んだ。


「止めたら、絶対に許さない」


「……ああ」


 俺は、フリージアに魔力を流し続ける。

 どれぐらい苦痛を与えれば、俺はいいのだろう。

 苦しむフリージアに頼ることしかできないのが、申し訳なくて頼りない。俺はフリージアの側にいくために聖騎士を目指していて、今やっているのは彼を苦しめることだった。


「ごめん」


 その言葉が、自然にもれ出た。


「……僕が、君に与えた苦しみに比べればマシだ」


 フリージアは、うつむきながらも答えた。


 竜の炎が途絶えた。

 視界から炎が消えると、竜は飛び立とうとしていた。

 魔法陣の動きが変わる。今まで壁のように俺たちを守っていたのに、地面に対して水平になって――アレはまるで階段である。


「行って!!」


 フリージアが、叫ぶ。

 リズを筆頭に兵士や騎士が、魔法陣の階段を駆け上がる。彼らは次々と竜の背中に飛び移り、剣で竜を攻撃していく。だが、鱗に覆われた竜には大したダメージにならない。


「僕は――ずっと転生を繰返してきたけど、それは目的のための手段でしかなかった。所詮、繰返した千の人生はやり直しができるゲームみたいなものでしかなかった。でも、ようやく僕はやり直しのできない人生を手に入れて……分かったんだ。人生は一度っきり、だから皆はそれに喜んだり怒ったりする。僕は、君のたった一度の人生を奪った」


 フリージアは、魔法陣を展開し続ける。

 そして、うつむいたままで俺に謝罪する。


「最初に出会ったとき、僕は君に怒った。けれども、本当は君が僕に怒るべきだったんだ」


 ずっと謝りたかった、とフリージアは言った。


 かつてフリージアは、自分の目的を邪魔する人間を疎ましく思ってしまうと俺に相談した。あのときからフリージアのたった一つの人生は始まっていて、俺もそうであったとやっと気がついたようであった。

 俺の人生は、フリージアを助けようとして終わった。それはフリージアには無駄なことだったのかもしれないが、俺はそれを後悔したことは一度もない。


「俺は、おまえを助けたことを後悔したことは一度もない」


 まだ、俺が金田純一であったころ。

 目の前で取り降りるフリージアを見て何もしなければ、きっと後悔でどうにかなってしまっていただろう。だから、俺はフリージアを助けたことを後悔はしない。


「フリージア、集中しろ。今ここで、お前が死んだら俺は「ソレ」を後悔する」


 フリージアは、顔を上げる。

 彼の目には、まだ竜と戦い続ける兵士や騎士の姿が見えるであろう。誰一人として、竜に致命的なダメージは与えられていない。


「竜の弱点は、目や口だ。鱗に覆われていないところが弱い」


 俺は、フリージアにそうささやいた。


「随分と竜について詳しいな?」


「ちょっと趣味で調べていたんだ」


 攻撃できるか、と俺はフリージアに尋ねる。

 彼は、首を振った。


「そういう魔法は持っていない」


「なら、リズを竜に近づけてくれ。彼女の魔法は、竜の弱点をピンポイントに狙えるはずだ」


 フリージアは魔法陣を動かそうとするが、上手くいっていないようだった。

 俺たちの考えが上空にいるリズたちに伝わっていないのだ。今までは、フリージアはリズたちがいる場所に魔法陣を動かしていたに過ぎない。誘導という作業は難しいのだ。


 俺が加勢に行く、という手も考えた。

 だが、フリージアから離れれば魔法陣が消えて上空の兵士たちの足場が崩れる。


 竜が、尻尾を振るった。


 それだけで、近くにいた兵士や騎士たちの体が地面に叩きつけられる。リズはそれを何とか避けたが、今の攻撃で上空にいる兵士たちの数が半分以上は減った。


 竜は咆哮をあげて、俺たちがいる方向に向ってくる。


 リズや兵士たちは竜を止めようとするが、彼女たちの力では竜は止められない。フリージアも兵士たちの足場に魔法陣を使っているから、竜の行動を退けることができない。このままでは、俺とフリージアは竜に踏み潰されて死ぬ。


 竜の巨体を見て、ふと思った。


 俺がここで動かなければ、俺とフリージアは確実に死ぬ。


 俺がここで動けば、俺とフリージアが生き残る確立は高くなるが他の人間が死ぬかもしれない。

 どちらが、マシだろうか。

 後者のほうが、ずっとマシのような気がした。だから、俺はフリージアの腕を離した。驚くフリージアの視線を感じながら、俺はポケットのなかにあった指輪をはめる。


 俺の視界の端で、足場を失った兵士やリズたちが落ちていく。


 ある者は逃げ出し、あるものは竜に踏み潰された。


 俺は竜の尻尾で弾き飛ばされた、兵士の剣を拾い上げる。ルシャが作ったのは、水を沸騰させる指輪である。だが、初めて作った魔法道具の効果に『水限定』とつけられるほど、ルシャの技術力は高くはないはずだ。

 思ったとおり、俺が握った剣は熱を持ち始めていた。


 そして、体の血からがドンドンと抜けていく。


 古代魔法よりも魔力を吸う魔法道具なんて失敗作だよ、と俺は苦笑いする。それでも、情熱でこれを作ったとしたらルシャはすごい奴だと思う。俺には、こんなものを作る技術も情熱もないからだ。

 竜が、大口をひらいて俺に向ってくる。


 どうやら、こいつは俺を食いたいらしい。


 食わせてやるよ、と俺は竜の口の中へと向って走った。


「エル!!」


 フリージアが、背後で俺の名を呼ぶ。

 俺は竜の口の中から、剣を突き刺した。肉の焼ける臭いがする。普通の剣ではダメージを与えられないかもしれないが、この剣は熱した鉄である。切ったり、突いたりする毎に、竜の口の中は焼け爛れていく。

 竜は炎を吐くが、その瞬間だけ熱から身を守るために口から粘液を分泌している。その分泌は数分で終わるために、竜はそれ以上は炎を吐くことはできない。その分泌液は大量には分泌されないから、一日に吐く炎の量には限りがあるといわれている。


 さっき炎を吐いたばかりだから、竜の口の中には分泌液は少なくなっているはずだ。それでも口の中の火傷なんて、竜にとってはなんでもないことかもしれない。

 だが、俺にはこんな小さなことしかできない。


「くそっ!くそっ!!」


 指輪が吸い取る魔力の量が多すぎる。

 さっきまでフリージアに流していた魔力の量も多い。

 もう、気力だけで立っているような状態だ。

 ここで俺が倒れたら、俺は竜に飲み込まれて、消化されて死ぬ。そして、外にいるフリージアも死ぬのだろう。だから、我武者羅に剣を振り回す。


「もう、止めろ」


 声が聞こえた。

 気がついたら、世界は明るかった。俺の目の前にあるのは、焼け爛れた竜の口の粘膜で、振り向くとリズがいた。リズは、竜の口を無理やりこじ開けて俺に方に手を伸ばしていた。


「俺……死んだ?」


 尋ねると、リズが首を振る。


「笑えない冗談だ。死んだのは竜だが、お前も死んだかと思ったぞ」


 俺は、リズの手を取る。

 竜の口の外に出ると、巨大な竜は体を横たえていた。

 目には矢や剣が刺さっており、どうやら外の連中が上手くやってくれたらしい。だが、竜の体に押しつぶされている兵士の死体や悲鳴も聞こえて、俺は思わず目を背けた。


「竜は倒せたのか……」


 見れば一目瞭然な馬鹿なことを俺は尋ねた。

 リズは、俺にあきれずに答えてくれた。


「お前が無謀にも口のなかに突っ込んでくれたおかげだ」


 ぽん、とリズは俺の頭を叩く。


「竜が苦しみだしたおかげで、私もお前の言っていた竜の弱点というのが嘘ではないと分かった。それに、ほぼ一般人のお前の無謀さに兵士も騎士も勇気付けられた」


 俺の助言は信じられなかった上に、勇敢な行動は無謀あつかいされていたのか。まぁ、冷静に考えればそうか。俺のような若輩者のいうことなんて、素直に信じられるわけがない。


「フリージアは?」


「聖者様は無事だ。魔力の使いすぎで、疲弊してはいるが……」


 どうやら、フリージアも俺と同じ状況らしい。

 俺も、今は立っているだけで精一杯だ。


「うわぁぁぁ!」


 背後で、声が聞こえた。

 俺とリズが振り返ると、竜が立ち上がっていた。

 まだ、死んでなかったのだ。

 リズは、俺の前に立つ。


 ――なぜ、人を滅ぼさない。


 声が頭のなかで、響く。

 これは、魔法なのだろうか。現代魔法には無理な芸当で、俺は思わずフリージアのほうを見た。フリージアは目を見開いていた。


 ――あなたは言った。愚かな人に戦争を止めさせて竜を救うために、千回の転生で貯め続けると。


 竜は、翼を広げた。


 ――あなたは、金の竜のはずなのに。


  その声は、聞いたことがあるものだった。フリージアが男に連れ去られたときに、発せられた声。とても、醜い声に似ているのだ。


「あの時、あの男を操っていたのはお前だったのか?」


 俺の言葉に、竜は吼える。

 たぶん、竜は俺に向って吼えているのではない。俺のほかには、竜の言葉は聞こえていないようであった。この言葉が、古代魔法に適合する魔力によって伝えられているはずならば――竜はフリージアに語りかけている。


 ――あなたは、誓ったのに。竜に平穏を届けるって。約束したのに……。


 竜の目が、わずかに煌いたような気がした。

 それは、涙だった。


「危ないぞ! 下がれ!!」


 リズが、俺を後ろに下がらせる。

 竜の巨体が、倒れてきた。他の兵士たちも、俺たちと同じように逃げていく。竜は土埃を舞い上げて、地面に伏した。もう、動かなかった。


「……エル、お前は今日から竜殺しを名乗れるぞ」


 リズは呟いた。


「竜がたくさんいたころ、竜を殺しに行った馬鹿たちは竜殺しを名乗った。竜の口に突っ込むような命知らずのお前には、それを名乗る権利がある」


「頭悪そうな感じがしますね」


「まぁ、こういうのは酒場で名乗るものと相場が決まっているからな」


 リズは、にやりと笑う。

 きっと彼女なりに緊張をほぐしているのだろう。


 だが、俺には不安があった。


 フリージアは『人の世から戦争を消したい』と言った。俺は、その言葉を信じた。だが、竜が語った言葉はフリージアがかつて語った言葉とは違うものだった。


 可能性の一つとして、フリージアが俺と言う協力者を作るために嘘を語ったとも考えた。だが、俺を手駒にするよりもリズや他の聖騎士を仲間に引き入れたほうがよっぽど使える。俺と折半することになった魔力が目当てかとも思ったが、だとしたらもっと上手い方法があったはずだ。


 考えられる可能性がもう一つあった。

 フリージアは、俺と魂が混ざり合い記憶の一部をなくしてしまっている。その記憶のせいで、フリージアは自分の目的を思い違えているのではないだろうか。


「フリージア――……おまえは」


 千回の転生をする前のお前は、本当に人だったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る