第14話竜との戦い

「おまえっ、何をやっている!!」


 無謀な俺の手を掴んで、止める人間がいた。

 それは女性だった。


 胸が大きい見覚えのある女性は、いつかフリージアが連れ去られたときに助けてくれた女性騎士だった。鎧を付けていなかったが、私服でも分かる鍛えられた二の腕はとても特徴的だった。腰には、剣がささっている。ちなみに、ルフ国では銃刀法というものはない。


「……おまえは、二年前に聖者様を助けた」


 彼女は、俺を覚えていた。


「……あなたは」


 女性騎士は俺を引っ張って、人の波に飲まれないように走る。

 俺もそれに従った。


「リズだ。普段は、聖者様の護衛をしている」


「俺は、エル。今年、聖騎士になったばかりです」


 リズは、知っていると答えた。


「姪と同期だな」


 そういえば……フリージアが強い受験生がリズの姪とか言っていたような気がする。鉄砲魚みたいな魔法使いが、同期の叔母さんったなんて思いもしなかった。そして、こんなところで会うだなんて。


「リズさんは、どうしてここに。フリージアの護衛なら、あいつの側にいるはずなんじゃ」


「ここは、城だ。ここにいる要人の警護は、国の騎士の仕事なんだ」


 忌々しそうに、リズは呟く。

 行政とか役所みたいだな、と俺は思った。きっと、所属するところによって護衛できる対象や場所が変わってしまうのだ。


「おまえは、どうして城に向おうとしていた?」


 リズの問いかけに、俺は迷わずに答えた。


「フリージアが、そこにいるからです」


 目を点にする、リズ。

 次の瞬間には、彼女は大笑いしていた。


「おまえは、あの時も、今もそんな理由で危険に飛び込んでいたのかっ!!」


「だって、それが一番大事なことですから」


 大笑いするリズに、俺は真剣な表情で答える。


「フリージアを守りたい。それ以上に、必要な思いはなにもありません」


 今もそうなのだ。

 今もあいつがちゃんと生きているのかが、不安なだけ。

 いつのまにか、リズは笑っていなかった。うらやむような目で、俺を見ていた。


「……そんな純粋な思いを二年も持ち続けるなんて、若者ってすごいな」


 リズのそんな言葉。

 まるで、何かに憧れるような言葉だった。その言葉に、俺は老いを感じた。そして、実感した。俺こと金田純一の精神は、老いていない。


 エルという若いあるいは幼い体に転生したせいで、精神がまったく成長していないのだ。今までは、自分よりも幼いか同じぐらいの精神年齢のルシャやリッツばかり相手にしていたから分からなかった。だが、本来ならば俺はリズぐらいの年齢の大人なのである。


「だが、ここは危険だ。聖者様のことは私に任せて、おまえは逃げろ」


 リズの判断は、大人だった。

 俺は、聖騎士の試験に受かったがまだ正式に採用されたわけではない。だから、ここで俺を逃がしてリズだけでフリージアを助けに行くべきなのだ。


 俺は、空を見た。

 竜は、さっきよりも俺たちに――城に近づいている。


「――俺も、行く」


 たとえ、大人になれなくとも俺は譲るつもりはない。

 せめて何か武器はないか、と俺はポケットを探った。あったのは、ルシャが作った液体を沸騰させる指輪である。リッツから奪い取って、返すのを忘れていたのだ。魔力の消費量が多すぎるから、これを持っていても使い物にはならないだろうが。


「ダメだ。足手まといになる」


「なら、おいていってください。俺は、勝手のフリージアを守りに行きます」


 俺の目を見て、リズはため息を突いた。


「勝手について来い。付いてこられなければ、おいていくからな」


 リズは、俺から手を離す。

 勝手について来い、ということなのだろう。俺は、必死にリズの背中を追った。リズは素早く人ごみを縫って走り、俺ははぐれそうになる。何十、何百という人の波の中を走っているのだ。そのなかで、リズ一人を見つめ続けるのはとても難しい。


リズは私服で、大勢の人々と完全に同化してしまっている。一瞬でも目を離せば、俺は彼女を見失うであろう。見失うな、と俺は自分を叱咤する。

 ここで、リズを見失ってしまったら俺はフリージアの元へはたどり着けなくなる。

 だから、俺は走るのを止めない。


 俺とリズは、城と人々を隔てる高い柵の前にたどり着いた。その柵の向こう側には、広大な庭園。よく手入れされた緑の中には、竜を見てパニックになった民衆と同じようにあわてふためく兵士や騎士たち。

 リズは、それを見ながら舌打ちする。

そして、地面に指を向けた。俺は、以前彼女の魔法を見たことがあった。


 だからこそ、予感がした。


 俺は、ぎゅっと彼女の腰にしがみついた。リズは俺の行動に、なにも文句は言わなかった。それどころか、俺の行動に満足さえしていた。たぶん、これが正解だったのだろう。


 リズは指先から水を勢いよく発射し、その勢いで体を浮き上がらせた。彼女と俺の体はあっという間に、民衆と王族を隔てていた背の高い柵を乗り越える。


 ……まっ、魔法にはこういう使い方もあったのか。


 柵を飛び越えた俺は、呆然としていた。

 まさか、魔法で柵を飛び越えられるとは思わなかったのが。魔法と言うのはもっと破壊的で、柵を壊すことだけが魔法だと思っていた。


「魔法が初めてなわけはないな?」


 驚いていた俺をリズは不思議がる。


「こっ、こんな使い方は知らなかったんです。知り合いは単純な奴しか使わなかったし」


 俺の知っている魔法は、もっと単純なやつだ。

 というか、ルシャが単純に燃やすという行為にしか魔法を使っていなかったから、こういう応用を見たことがなかったのだ。座学では、本当に基本しかやらないし。


「おまえ自身は、魔法使いではないのか?」


「魔力は高いけど、現代魔法は合わなくて。剣はそれなりに使えます」


 リズは「そうか」と答えた。

 彼女は、剣を抜くと俺に投げてきた。

刃物なのにと金田純一の常識では思うが、この世界で長く過ごした今の俺は何てことないようにそれを受け取る。鞘から抜いた剣は良く鍛えられている。


「俺が使っていいんですか?」


「竜相手に剣は、あまり当てにならないだろう。それで身を守っていろ」


 たしかに、巨大な竜相手に剣は届かない。

 さらに竜には鱗があり、それが弱い魔法ぐらいなら弾いてしまうのだ。リズの現代魔法も効果があるか分からない。


「目か口を狙ってください」


 俺は、リズに言う。


「目か口?」


 俺の言葉に、リズは首を傾げていた。


「目と口は鱗がないから、現代魔法でも効果が発揮できる。竜が絶滅したのも、その弱点が原因なんです」


 一年間、俺は竜のことを本で勉強した。

 だから、弱点も覚えている。


 そこに攻撃を届かせることができるか、という問題はあったが。

 竜は、どんどんと近づいてくる。城の兵士や騎士たちも外へと出てきて、逃げる人間と戦う気概にあふれる人間とで俺の周囲は満たされた。そして、柵の向こう側にいる民衆たちは殆ど全員が逃げたようであった。


 良かった、これで何があっても無関係な人々は巻き込まないであろう。

 竜は黒い鱗を煌かせて、徐々に城へと近づいてくる。その巨体や黒い鱗の色から、黒色竜であると思われる。


 黒色竜は、竜の中では比較的小柄な種類であったと言われる。だが、あくまでそれは比較的の話だ。竜が絶滅して百年が経ち、大きな建物を気軽に作れない人々の目には竜は怪獣のように巨大に見えたことだろう。


 竜が近づくにつれて、逃げる兵士の数が増えていく。

 誰かがそれを叱咤するが、俺にはその光景が目に入らない。竜の長い首が、わずかに反り返っていた。


「まずい!!逃げるんだ!」


 俺は叫んだ。

 黒色竜の最大の特徴として、炎を吐き出すというものがある。炎を吐く竜は珍しくないが、黒色竜の吐き出す炎は被害が大きい。炎の温度自体はさほど高くないが、広範囲に炎を吐き出すせいだ。


 城からは続々と兵士が現れ、同時に同じ人数だけの兵士が逃げ出し始めているが、全員が炎にまかれることだろう。


「リズさん、炎が来る。一度、城に逃げないと死ぬ!!」


 建物を一瞬で燃やすほど、黒色竜の炎は威力が高くない。

 城の中に入れば一瞬で致命傷を追うという事態は、避けられるはずだ。蒸し焼きになる可能性はいなめないが。


「水で炎の威力を弱めれば……」


 リズは魔法の準備をしていたが、俺はそれを止めた。


「黒色竜の炎は弱いけど、現代魔法でどうこうなる威力じゃない!防御は諦めて、逃げるんだ!!」


 竜の口の端から、炎が漏れるのが見えた。


 ぞっとする。


 もう、逃げても間に合わないかもしれない。俺と同じように悟った兵士や騎士が、諦めたかのように剣を地面に落とした。口ずさむのは、神への祈りだ。


 死を悟り、彼らは死を受け入れようとしている。

 そんなもの、受け入れられるかと俺は拳を握った。


 俺には、まだやりたいことがある。


 やらなきゃいけないことがある。


 金田純一のときみたいに、すべてを中途半端にして逝ってたまるか!!


「エル!!」


 誰かが、俺の名前を呼んだ。


 その人物は、真っ黒な服を身にまとっていた。


 そして、俺の目の前で流れる銀の髪の毛。


 フリージアだった。


 本来ならば守られるはずの彼は、炎を一番に浴びるだろう前に躍り出ていた。誰よりも動きにくそうな格好をして、それでも前を向いていた。


 フリージアの目の前に、光る魔方陣が浮かび上がる。

 それは、いきなり何十にも増えた。


「魔方陣多重に発動させる……ちりばめる」


 フリージアは、何かを唱えている。

 呪文ではなくて、何かの手順である。たぶん、古代魔法のだ。

 いくつも作り出された魔方陣は、俺たちをぐるりと囲んだ。フリージアは、なおも魔方陣を作り出し続ける。


 竜が、炎を吐き出した。


 魔方陣たちが、よりいっそう強く輝く。


「耐える……耐えるから……壊れた部分は新しいものに交換!」


 炎が、魔方陣に阻まれる。

 竜の炎によって壊れる魔法陣もあったが、フリージアは手元にあった魔法陣を壊れた魔法陣の代わりに当てはめた。古代魔法は無駄、ムラがあり、膨大な魔力消費量の割には一つの魔法の威力が定まらないという弱点がある。


 フリージアは、それを大量の魔力で補っているのだ。

 次々と魔法を発動させ、弱い魔法陣には次の魔法陣をあてがう。

 フリージアが選択したのは、物量戦である。


「魔力が……フリージア、魔力は持つのか?」


 俺は、魔法陣が炎を防ぐ光景を呆然と眺めながら尋ねる。

 フリージアは、答えない。答える余裕がないのだ。フリージアは、今でも魔法陣を生み出し続け、壊れた魔法陣と新しい魔法陣を取り替え続けている。


 フリージアは、千回の転生で魔力を溜め込んだ。

 だが、その半分を俺は奪ってしまった。


「リズさん、魔力を移植する方法はありませんか!」


 俺は隣にいたリズに向って、怒鳴っていた。

 たぶん、このままではフリージアの魔力が持たない。


「移植?」


 俺の言葉に、リズは疑問符を浮かべていた。

 この世界では、移植の概念はない。


「俺の魔力をフリージアに渡せませんか!」


「ダメだ。魔力が合わない!!」


 個人の魔力は、量や質が違う。

 分類はできるが、未熟な技術で血液の移植ができないように、この世界でも魔力の移植はできない。少なくとも、俺は「できる」と学んだことはない。


 俺とフリージアは同じ魔力を分け合っているので「できる」と思いたいが、今の状態のフリージアに危険なことは出来ない。おそらく、彼の集中力を乱せば魔法陣の魔法が途絶える。


「できる……」


 フリージアは、うつむきながらも魔法陣を作り出し続ける。


「一人で、できる!」


 彼は、叫んだ。

 竜の炎が弱くなってきている。

 乗り切れる、かもしれない。

 竜の炎が、途切れる。

 フリージアも魔法陣を全て消した。


「ダメだ。フリージア、次が来る!!」

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