第13話新王就任
国王の崩御で最初に心配したのは、フリージアの立場だった。
まずは崩御したエーステリア国王について説明しなければならない。彼は戦争によって国土を広める政策に、人生のほとんどを費やした王であった。若いころは、彼自信が戦場に立つことも珍しくなかったといわれる。それでも晩年は病に倒れて、幾度となく死の淵に立たされた。
戦場で無敗であった王が、初めて体験した死の恐怖。
王は次第に、宗教に傾倒するようになる。
王の心のよりどころは、完全に教会のみとなった。そのころに生まれたのが、フリージアである。教会はフリージアを聖者として認定し、国王はフリージアの身を教会に預けることにした。
ここで、ようやくフリージアは聖者となる。
フリージアの後ろ盾は、宗教に傾倒する自分の父親であった。死を恐れる父の心こそが、フリージアを教会の聖者でいることを許していた。だが、万人がそれを望んでいるわけではない。
ルフの国は、国の宗教というものを定めていない。
ゆえに教会の力を強大化させ、王族と教会と結びつける存在であるフリージアが目の上のタンコブのように思う奴も多いだろう。
そのフリージアが、最大の後ろ盾を失った。
次期王は、テサレシス。
フリージアからしてみれば、血の繋がった長兄である。
国王のエーステリアが崩御してからは、三日間が喪に服す期間であった。商売は最低限にとどめられ、街から活気がなくなった。俺も聖騎士としての仕事が始まるはずだったが、喪中の儀式のために延期となった。
ルシャもリッツも大学や仕事が始まる予定だったが、延期となっている。何かを新しく始めることは活気を生み出すから、喪中の期間には相応しくないとされているのだ。
喪中の三日目――。
俺は、ルシャとリッツを連れ立って城の近くまで行った。喪中の三日目だけは、城の周囲に人が集まる。喪が明けて、新しい王が決まるからである。
人々はそれを祝って、ようやく新しい時代が始まるのだ。
俺たちが城に行ったのは、朝早く。
それでも、すでに城の周りには多くの人々が集まっていた。俺たちは、その人ごみをかき分けて自分たちの頭上にある城を見上げる。白と水色と金の組み合わせた城は、荘厳なたたずまいで俺たちを見下ろしていた。
俺は、金田純一の人生では感じないものを感じる。
それは、威圧感だった。
自分たちよりも、圧倒的に超えられないものがいる。城というのは、それを俺たちに知らしめるようにたたずんでいた。
自由、平等。
金田純一の人生のなかで、尊いといわれていたものが――この城に見下ろされてからは崩壊していく。大きなものに従い、秩序を構成する一部になることが尊いのだと思ってしまう。そうなれ、と命じられているような気がする。
「この建物は、嫌いだ」
リッツは、顔をしかめていた。
俺たちの中では一番優等生(酒飲んでゲロをはいていたが)のリッツが、そんなことを言うのは珍しいと思った。
「王族に忠義を持ってると思った」
俺の呟きに、リッツは苦笑いした。
「俺の家は、商売をやっているからね。お金を払ってくれる人が、神様。こんなことで、こんなことは言っちゃいけないかもしれないけど」
リッツの考えは、資本主義に乗っ取っている。
それが正しいとは言えないが、俺には馴染む考え方だ。
「王室の人々は、すばらしいじゃない」
少し、ルシャはむっとしていた。
女なのに就職という先進的な進路を選択したのに、ルシャの王室に感じる考え方は保守的だった。まぁ、就職と王室への考え方は違うものだけど。
「あ……」
俺は、言葉を呑む。
城のテラスから、黒い衣服をまとったフリージアが現れたからである。フリージアの王位継承権は兄弟のなかで、一番低い。
ゆえに、一番最初の登場となった。
喪中ゆえに黒い衣服をまとっていたが、それにはたっぷりと布が使われていていかにも動きにくそうであった。恐らくはズボンもはいているのだろうが、シルエット的にはワンピースに似ている服だった。歩くたびに布が揺れて、フリージアが戦う身分ではないことを象徴的にあらわしているかのようであった。
次にテラスから現れたのは、フリージアよりもはるかに大柄の青年だった。正室から生まれた第三王子エリッジア。崩御したエーステリア国王と若い頃の面持ちが似ているらしくて、フリージアと三歳年上のだけなのに身長も胴回りも随分と違う。身についている服もフリージアと同じ黒なのに、エリッジアの衣類はどこか鎧を感じさせるものであった。
次に登場したのは、輝かしい美貌の男であった。
第二王子のゾルゾ。花咲くようなかんばせが、城の下にいる俺たちに向って微笑む。第三王子のエリッジアが武勇で名を響かせる中で、第二王子だけはトンと何の噂も聞かない。富裕層の間では、浮名を流している有名な王子らしいが庶民レベルでは人気以前に知名度がない王子である。
そして、最後に王位を継ぐ王子が現れる。
その王子は、フリージアと同じように銀色の髪をしていた。驚くべきことに、顔立ちはフリージアとよく似ていた。第一王子の肌の色は白いのだが、顔立ちや雰囲気がとてもよく似ているのだ。彼らの親が片方だけ違うなんて、信じられないほどに。
テサレシス。
それが、第一王子の名であった。
同時に、これから王になる若者の名前だった。
これから城の奥で、テサレシスが王になるための儀式が行なわれる。それは民衆には公開されないが、その儀式が終わって初めて新王は正式な誕生となるのだ。
テサレシスは、フリージアに手を伸ばす。
遠すぎてよくわからなかったが、俺にはフリージアがその手に戸惑ったように思われた。たぶん、ここでテサレシスがフリージアに手を差し伸ばすのは、予定にはなかったことなのだろう。現代の日本だって、こういう式典には台本があるものだった。
でも、たぶんテサレシスはその台本を無視している。
大勢の民衆の前で、フリージアは兄の手を取ることを思い悩む。たぶん、その行動には大きな意味があるのだろう。
フリージアが、一瞬だけこちらを見たような気がした。
俺とフリージアは、遠く離れている。
俺からフリージアを判別できるが、フリージアからはそうではないかもしれない。それでも、俺はフリージアが俺を見たと思った。
こんなとき、なんと答えるのが正解なのだろうか。
そもそも、答えなんて必要なんだろうか。
言葉すら、届かないのに。
――それでも、答えたいと思った。
フリージアが迷っているときに、背中を押してやりたいのだ。それが、自己満足だってわかっている。フリージアの人生に自分がかかわっていることを証明したいだけだって、分かっている。けれども、俺は彼に自分が選んだ道が正しいと声をかけてやりたかった。
「フリージア……」
おまえは正しい。
この世全ての人間がおまえの選択を恨んでも、俺はおまえの決めたことを恨みはしないから。だから、その意思を応援させてくれよ。
「あれは……」
リッテの声に、俺は顔を上げる。
空から、影が落ちていた。その影はあまりに巨大すぎて、俺は恐竜を思い出した。はるか彼方の昔に地球を支配した生物に羽根が生えて飛んでいる。だが、そんな馬鹿な話があるはずない。俺たちの頭上を飛んでいたのは、竜だ。
この世界では、絶滅したはずの動物。
集まっていた人々は、その巨大な竜を見たとたんにパニックになった。逃げ惑い、隣の人を押しのけて、踏みつけてまで、逃げ延びて生きようとする。
「ルシャ、こっちに!!」
俺は、従兄弟を自分の側に引き寄せようとした。だが、人生の途中までは聖騎士を目指していたルシャは実に器用にパニックになっている人々の波をさばいていた。
危ないのは、ルシャについていこうとするリッツのほうである。彼は、何度も人の波に飲まれそうになっていた。
「エル、ここは危ないわ。各自逃げて、私の家で集合しましょう!」
どんどんと離れていくルシャは、俺に向ってそう叫ぶ。
この状況では、三人で一緒にいることは危険だ。
「分かった。おまえも、リッツのことを守れよ!!」
リッツはルシャの側にいて、俺が彼の側に行くのは難しい。
ルシャは「任せて」と答えた。
俺も、自分のことを考えるのならば逃げるべきなのだろう。
だが、竜はこの場を動かない。
フリージアも、この場を離れられないだろう。
「なら……がんばるか」
俺は、自分の武器を確認する。
何もない。
何も持っていない。
それでも、俺は人々の波に逆らって城を目指す。何に持っていなくとも、フリージアが無事であるかどうかを確認したかったのだ。
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