第12話祝いの酒

「ごっ、合格してる」


 大学の合格発表みたいに張り出されていた紙に自分の名前があったことに、俺は安堵した。俺の隣では、教会まで合格発表を一緒に見に来てくれていたリッツとルシャが苦笑いしている。俺は全身の力が抜けていたから、仕方がないことだろう。


「あんなに努力していたんだから、私は合格していると思ってたけどね」


 ルシャは、俺にあきれたようにため息をついた。


「今年は、強い奴がいっぱい試験を受けにきたんだよ。だから、剣術のほうはちょっと微妙な順位だったんだ。筆記のほうで持ち直したみたいでよかったよ」


 本当に危なかったんだ、と俺は言い訳のように言ってしまいたくなった。

 だが、俺の後ろで泣き出す奴がいたから止めた。

 あれは、嬉しい涙じゃない。

 だから、合格した俺が言い訳みたいな真似をするのは止めようと思った。


「さて。エルも合格したことだし、三人とも無事に進路が決定したお祝いをしましょうか」


 ルシャは、そんなことを言い出した。

 俺は、目をぱちくりさせる。


「え、就職先と大学は?」


 リッツは、少し申し訳なそうに答えた。


「少し前に合格通知が届いたんだ。ルシャも、雇ってくれる魔法道具の工場が見つかったって」


 えっへんと、ルシャは胸を張っていた。

 どうやら、二人とも俺に遠慮して黙っていてくれたらしい。


「試験前の精神状態だったら、まともに聞けなかったと思うしね。さぁ、今日は今まで黙っていてあげたお礼も含めて、盛大におごりなさいよ」


 ルシャは、俺の背中を叩く。

 彼女は、上機嫌である。


「一番、心配していたんだよ」


 リッツが、俺にそう耳打ちする。


「ああ、知ってる」


 ずっと一緒に育ってきた、兄弟みたいなものだから。

 俺たちは、三人だけで生まれて始めて居酒屋に入った。居酒屋は小さくって、人気のない店を選んだ。知り合いに、このささやかな宴会を邪魔されたくはなかったのだ。常連客しかやってこないのだろう居酒屋はこじんまりしていて、薄暗かった。

 俺たちぐらいの若者もいるにもいるが、女連れはおらず俺たちは大いに目立った。だが、俺たち三人はそんな視線をものともせずに一番安い酒を注文した。

 かんぱい、と言って合わせるジョッキ。

 この世界で、エルの人生で、初めての酒だった。

 味は――そんなに美味しくなかった。


「ビールって、うまかったんだなー」


 俺は、ひっそりとそう呟いた。

 俺たちが注文した酒は、一言でいうならばワインをオレンジジュースで割ったような味の酒である。サングリアに近いかもしれないが、オレンジジュース味を隠すためなのか薬草の味がした。


 この薬草の味が、不味い。

 クレヨンみたいな味がする。


 しみじみと思うのだが、現代日本の食事って美味しかった。この世界というかルフの国で香辛料は高価なもので、発酵食品はチーズとヨーグルトぐらいである。味付けは、ほぼ塩のみだ。カレーなんてものは、もう一生食べられないのだろうな。いや、エルの人生では俺はカレーを食べていないけれども。


「そうだ。ちょっと、これを見てよ」


 ルシャが取り出してきたものは、指輪だった。

 金属で作られていて、飾り気はほぼない。だが、よく見ると精緻な模様が彫られている。


「職場探しのときに、自作した魔法道具なの。ちょと、使って見て。指にはめて、酒を握るだけでいいから」


 就職活動で、学生が自分の作品を持っていくのは良くある光景だった。

 どうやら、ルシャもそうしたらしい。

 自分の熱心さと技術を証明するには、いい方法だ。ルシャも自分で魔法道具のことを色々調べていたようだが、まさか魔法道具を自作できるほど知識を付けているとは思わなかった。

 俺はワクワクしながら、指輪をはめてみた。

 ルシャは自分の指のサイズで指輪を作ったらしく、指輪は第二間接のところで止まる。それを見たリッツが笑っていた。大爆笑していた。


 リッツの奴、酒に弱い体質だったのか。


 こんなに感情を表に出すリッツを見たのは、初めてだった。

 俺は、指輪をはめた手で自分の酒をもった。その瞬間、ジョッキに並々と注がれていたはずの酒は沸騰した。


「うわっ」


 驚いて、俺は手を離す。


「これぞ、瞬間湯沸かし器!」


 ルシャは大喜びだが、俺は唖然とした。

 というか、急に体の力が抜けたのだ。


「おい、これ……消費する魔力量がおかしいぞ」


 俺は、指輪を外す。

 フリージアから半分の魔力を奪ったはずの俺が、一回の発動でここまで消耗するだなんて。


「どういう設定をしいているんだよ、これ」


「改良の価値があって、楽しいでしょ」


 ルシャは、にこにこしていた。

 よくこの魔法道具の設定で、死人がでなかったな。


「エル。これから私が、すごい魔法道具を作ってあげるから期待していなさいよ」


「ああ……できれば、消耗が激しくない魔法道具を頼む。というか、俺が消耗する魔法道具なんて、一般人からしてみれば殺人兵器だからな」


 そうだろう、リッテ。

 俺は、酔っ払っているリッテのほうを見た。

 リッテは、指輪をはめて吐いていた。


「馬鹿!!こんな人殺しの道具をはめるな!」


 俺はリッテから、指輪を奪った。

 俺でさえ魔力不足におちいったものを普通の人間が扱えばどうなるか、の良い見本になったと思う。


「むっ……リッテでも吐くのか」


「言っておくけど、リッテは魔力が少ないんだからからな。こんなもんをつけたら、吐くのは当たり前だ」


 むしろ、吐くだけですんでよかった。

 魔法道具は、魔力を注入することで強制的に魔法を発生させる機会である。魔力という材料がなければ、発動しない。だが、中途半端に魔力があると魔法道具のほうが強制的に持ち主の魔力を吸い取ってしまうこともあるのだ。


 俺が、さっき異常なほどに魔力を吸い取られていたのはそのせいだ。


 リッテは魔力が少なかったから、魔力を絞り過ぎないように安全装置が働いたのであろう。というか、ルシャが安全装置を魔法道具に付けていてくれてよかった。


「ねぇ、エルはどういう魔法道具が欲しいのよ」


 ルシャは、俺に尋ねた。

 吐いて寝ているリッツの世話を思い出して欲しい。主に、俺がやっているのだから。


「俺は……ええっと。遠距離攻撃の魔法が欲しいかな。弓矢はあんまり練習できてないし、剣だと射程が限られるし」


 俺がリッツのゲロを拭きながら介抱しているのに、ルシャはにやにやと自分の作った指輪をつまみあげてみていた。


「じゃあ、属性だったらどれがいいのよ」


 ルシャがいう属性というのは、魔法の属性のことだろう。

 炎、水、風、土に分かれる。これは現代魔法にのみ適用される属性で、フリージアが使う古代魔法には適用されない。だから、現代魔法は魔法道具を使わない場合は、攻撃するしか脳がない能力になる。


「あー……炎かな」


 実は、生で魔法を見たことはあまりない。

 クラスには魔法を使える人間が何人かはいたが、ルシャみたいに魔法使いになることを望んだのはいなかった。まぁ、ルシャも途中から魔法使いをあきらめたけど。


「俺、昔はおまえみたいな魔法使いになりたかったんだよ」


 単純だけど、炎って力の象徴みたいなものだし。

 だから、たった一つだけ魔法の力が得られるのならば炎がいいと思った。


「光栄よ」


 ルシャは、にたりと笑っていた。


「私が使わない力を――あなたが引き継いでくれるのね」


 ルシャは、聖騎士を一度は目指した。

 彼女は、それにならないと決めた。


「……わかった。おまえの力を俺にくれよ」


 いつか、この指輪を越える魔法道具を作ってくれよ。

 俺は、ルシャにそう告げた。


「おい、大変だ!!」


 大人が、酒場のドアを破る。

 その行為に、全員の視線が注がれた。


「国王が崩御されたぞ」

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