賢者爆殺指令

 二年が経った。オルトゥス協会の事業は続いている。水面下ではマナ覚醒者の事故死、変死、行方不明は増えているが、マナ講習は相変わらず盛況だ。


 マナ覚醒者になれば、身体能力が高まる。肉体は若々しく、病気耐性も高く、集中力が増す。


 反発も強いが、それ以上の支持を受け、師弟は、世界各地でマナ講習を開いている。正規、非正規の軍事組織のマナ覚醒者から度々たびたび襲われたが、撃退することで修一のレベルは上がっていった。


 修一と滝沢樹との関係は、あの日以来、少しギクシャクはしているものの、公私ともに続いている。警視庁から彼女以外に新たに二人が協会の警備担当となっている。三人とも通常人ノーマルだ。



 関東のとある海辺に警視庁の研修施設がある。夏場以外の季節には、殆ど人通りがない。施設自体は大きく、町から離れていて警備がしやすいとの理由で、明日のマナ講習はこの施設を借りることになっていた。


 駐車場に乗り入れた車から賢者と修一が降り立った。運転席にいる滝沢樹が声をかける。


「鍵を渡します。先に二人で施設の下見をして下さい。私は、ホテルで待機している警備班と打ち合わせをしてからまた来ますね」


 滝沢は鍵を賢者に渡すと、数百メートル先のホテルに向けて車を発進させた。


 師弟は施設に入る前にマナ探知をする。この二年、何度も襲撃を受けているので慎重になっている。


「施設内にはマナ覚醒者も通常人も反応がありませんね。待ち伏せはないようです」


「周囲もホテルの辺りまで全く人間の反応がないな。ホテルには百人位いるが、マナ覚醒者はいない」


 二人は玄関に向かうが、修一に電話の呼び出し音がなる。立ち止まって確認する修一を置いて、賢者は正面玄関を解錠した。だが扉を開けた先には壁が立ちふさがり、それ以上進めない。


(どういうことだ?)

 賢者がいぶかしんだ瞬間――


――ドガァァァァ


 扉に仕掛けられていた爆弾が師弟を吹き飛ばした。


「ウゥ……」


 修一はよろよろと起き上がる。爆発時は賢者の背後にいたので、大怪我はない。だが賢者は仰向けに倒れたまま動かない。


「先生!」


 修一は彼の身体に手を当てる。呼吸が弱い。懐から指揮棒型の魔法杖を取り出し、賢者に中級治癒魔法をかけた。賢者の様子を見つつ、自分にもかける。


 修一が自分への治癒魔法をかけ終わった頃、二台の警察装甲車がやってきて、道に止まった。車中から、警察の特殊部隊が出てきて、修一師弟を包囲した。三十人の隊員が銃口を師弟に向けている。


 指揮車から滝沢樹が隊員の大型盾に守られながら出てくると、ポーチ大の袋を修一に向かって投げた。


「その袋の中に二人分のマナ撹乱かくらんの首輪があるから、付けなさい」


「どういうことだ?」


「その首輪は体内マナを撹乱するわ。つまり魔法が使えなくなる。修一、自分に付けたらヴィクターにも付けなさい。従わなければ発砲します」


 有無を言わさぬ樹の言葉に、修一は逆らわず袋を手に取る。そして首輪を取り出した。


「うおっ」


 首輪を掴んだ途端、力が抜ける。マナによって強化されていた肉体が、その力を失った。首輪から手を離すと、また力が戻る。


 首輪を袋に戻し、賢者の傍らに立つ。


「俺たちをどうするつもりだ?」


「首輪を付ければ命は保証します。あなた達を非公式に収監します」


「いきなり逮捕かよ! 俺達が何をした?」


「いきなりじゃない。マナ覚醒者を増やす活動を止めろと何度も要請してきたでしょう!」


「要請に法的拘束力はないし、支持してくれる要人も多い。これは警察組織の暴走だろうが!」


 修一は会話しながらマナ探知をしている。包囲している部隊員にマナ覚醒者はいない。修一師弟が、魔法発動のためにマナ錬成を始めても、気付かれる心配はないのが不幸中の幸いか。


「俺と恋人になったのはスパイする為だったのか!」


「違う。私の修一への想いに嘘はない! だけど、二年前のあの日以来、世界中のマナ覚醒者達が水面下で殺し合いをしている。元をたどればヴィクターが原因よ」


「警察にだってマナ覚醒者はいるだろうに。首輪を拒否したら本当に発砲するのか? そこまでするのか? 俺達はテロリストじゃないぞ!」


「ヴィクターが精神魔法を使えることは分かっているの。話し合うにしても魔法を封じて拘束しないと、近寄ることもできない。こうするしかないの! お願い!」


 修一は視線を樹から、倒れたままの賢者に移す。弱かった賢者のマナ揺動が復活している。薄目を開けた賢者がかすかに頷くのを確認して視線を樹に戻した。


「断る。そちらこそ武装を解除しろ。あと十秒待ってやる」


「そんな! 修一、お願い止めて!」


(メタルバレット)


 修一は中級射撃魔法を呟く。彼の体内でマナ錬成が始まる。そして数秒後、錬成が完了すると修一の眼前に金属弾が発現した。弾は発現したと同時に射出され、三百メートル先のホテルの屋上にいる狙撃手の眉間を撃ち抜いた。


「イヤぁ、止めて! 止めて!」


 樹が叫ぶ。それは特殊部隊指揮官に向けた言葉なのか、修一に向けた言葉なのか。


 修一の魔法発動の直後、銃口を向けていた全ての隊員達が発砲した。


――ドガガッガガガッガガッ


 だが、全ての弾は、発砲直前に発現した師弟を覆う透明な大盾「アースシールド」によって防がれた。


 賢者が発動した中級土魔法アースシールド。術者は、半径二メートルの範囲でシールドを上下左右自在に動かせる。


 賢者は体を起こして修一に声をかける。


「ホテル屋上に二人いるが他のビルにはいないようだな。私はシールドを維持するので射撃は頼むぞ」


「はい」


 また中級射撃魔法を唱える。アースシールドは外からの攻撃は防ぐが、内側からの魔法攻撃は通る。


 中級射撃魔法は、弾の質量、形状、材質をより自由に錬成できる。特殊部隊が持つ大盾をも貫く修一の徹甲弾が、隊員達を一人また一人と倒していく。


 三人の狙撃手と、二人の突撃隊員を倒したところで、撤退命令が下った。隊員達は修一に盾と銃口を向けたまま、ジリジリと戦線を下げて装甲車に向かう。だが――


――ガゴンッ


 装甲車に穴が開き、エンジン部から煙が出る。


「ハハッ、魔法使いを相手にして逃げられると思うなよ」


 戦闘で精神状態が高揚している修一が笑いながら、追撃をする。装甲車が破壊されたことで隊員達はパニックとなり、走って逃げ出した。


 呆然としていた滝沢樹が我に返ると、盾でかばってくれていた隊員が血を流して倒れている。修一と目が合う。身体がすくんで動けない。


「あ……わ、私を撃たないの?」


「君からマナ揺動を感じたからな」


「え?」


 マナ適性がない者は、その体質は変化しないと聞かされていた。


「マナ適性がないはずの君からマナを感じる理由は一つしかない。君は妊娠していて、その子がマナ覚醒者ということだ」


「そんな! この子の――」


「何も言うな。父親が誰だとか、堕胎するのか、赤子にマナ撹乱の首輪をつけるのか、そんな話を聞く意味はない。どうせ君の言葉は一切信じられないからな」


 樹は修一の表情をうかがった。修一の眼差しには、もはや樹への愛情はなく、怒りしかなかった。樹は何も言えない。立っている気力もなく、へたり込んだ。


 賢者が樹に近づいて彼女の肩に手を置く。数秒の後、樹は眠りに落ちた。賢者は深く息を吐くと修一に向き直る。


「今回のことは全く予想外だった。襲撃に対して受け身のままでは、いつか撃退に失敗すると身にしみた。修一、私は潜在的敵勢力を潰しにいくよ」


「精神魔法で警察幹部達を『説得』できないんですか?」


「警察だけでなく、他の行政機関、政治家の何人かとも『親しい仲』だよ。それでも今回のことが起きた」


「分かりました。俺も戦いますよ」


「今回の襲撃にマナ覚醒者がいれば私達は死んでいたろう。警察や自衛隊にマナ覚醒者だけで構成された部隊がある。これを全て潰す。専守防衛の一線を踏み外すことになるが、いいのか?」


 賢者の問いかけに修一は黙って頷いた。



****

 ヴィクター師弟と特殊部隊の戦闘から二時間後。滝沢樹は研修施設近くのホテルの一室で、ある女性と対面している。


「アメリアさんが私をここまで運んでくれたんですね、ありがとうございます」


 樹にアメリアと呼ばれた女性は、今回の作戦の協力者だ。アメリアはマナ覚醒者だが、マナ撹乱の腕輪を付けてホテルで待機していた。


 黒髪黒目で白人種と黄色人種の混血のような骨格に色白の肌。三十前後の年齢に見える。


「どういたしまして。見事に返り討ちにあったわね」


「他人事みたいに言わないでください。腕輪を提供していただければ、気付かれずにマナ覚醒者の隊員とも連携できたのに」


「ダメよ。そんなことしても死体が増えるだけ」


「次はもっと周到な準備をしますから」


「次はないわ。二人を脅すだけの約束だったのに発砲してしまうし。私達は手を引きます。樹も手を引きなさい。最近はずっと腕輪をしていたから気付かなかったけど、樹は妊娠しているんでしょう? 身体を大事にしなきゃ」


「そんな! 同僚が沢山殺されているんですよ!」


「修一のことを恨んでいるの? 彼はヴィクターの犬に過ぎないわよ、今はね」


「恨んでいません。ヴィクターにのせられているのは分かっています」


「ならいいわ。彼の子を産みなさい。復讐より子供と未来を築くべき。私達はあなたの子育てを支援するわ。あなたの子を実験台にはさせない。他人から踏み台にされない、他人を踏み台にしない、そんな教育と人生を提供する。普通の子供として育てるの。私達ならそれができる」


 アメリアとその仲間のマナ覚醒者達は、隠棲いんせい派だ。政治にも戦争にも関わってきたが、静かに暮らすための最低限の干渉に抑えている。アメリア一派は、修一を仲間に迎えたくて協力したが、これ以上関われば、ヴィクターに目をつけられる。ここが潮時だった。


「もう行くわ。今の話、考えておいてね」


 まぶしいのは嫌い、と彼女は呟いて、サングラスをかけて出ていった。

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