暗殺魔法とレベルアップ

 修一に恋人ができた。警視庁警備部の滝沢樹たきざわいつき。修一より二つ下の二十六歳。オルトゥス協会の事業で知り合い、公私ともに親しくなった。


 人々をマナ覚醒者へと導くオルトゥス協会の事業は、熱狂的な支持もされたが、強い反発もあった。脅迫も多く、実際に暴力沙汰になることもあった。それに対応するため、オルトゥス協会日本支部には警視庁警備部から、滝沢と江崎、小沢の計三人が専任担当者となっていた。


 滝沢はマナ適格者ではないが、二人の警察官は、マナ覚醒者エンライテンドだ。修一ほどの才能はないが着火程度の魔法は使える。



 今日は午後から千人規模のマナ講習が始まる。それに備えて、賢者と修一、滝沢、江崎、小沢の計五人で、警備の打ち合わせをしている。


「修一、昨晩は深酒だったようだな。顔色が少し悪いぞ。解毒魔法で宿酔ふつかよいを醒ましてやろう」


 そう言って賢者は解毒の魔法をかけた。


「ありがとうございます。深酒したつもりはないんですけどね。緊張して顔色が悪かったのかな」


 多少は緊張がほぐれた修一とは対照的に、江崎と小沢の両警官の表情が険しくなった。


「解毒魔法ですか。初めて聞きましたよ。柊さんは習っているのですか?」


 江崎の質問に修一が頷く。


「公開していない魔法がまだ色々あるようですね? もしかして相手を毒状態にする魔法もあるのでは?」


 江崎は修一から賢者に視線を移して質問をする。険のある口調だ。


慧眼けいがんだね、確かにあるよ。毒魔法は、成人男性なら半日ほど体調を悪化させる。初級水魔法だ。大した魔法ではないが、魔法使いに悪印象を持たれるのが嫌だから公開していない」


 賢者が話すにつれ二人の表情がさらに険しくなっていく。


「老人や子供なら殺せるということでしょう? 証拠も残さない完全犯罪ができる。我々だけにはやり方を教えて頂きますよ。断るなら、テロリストと判断します」


「え、江崎さん、テロリストだなんて、飛躍し過ぎです。落ち着いてください」


 滝沢樹が焦ってなだめようとするが、二人の警官は彼女を一瞥いちべつすることなく、賢者を睨んでいる。


「物騒だな。逮捕どころか発砲されそうだ」


 賢者は言葉を切って江崎と小沢の様子をうかがう。二人は賢者の言う通り、今にも飛びかかりそうな殺気を発している。賢者は少しためらった後、次の言葉をはっきりと口にした。


「……だが断る」


 賢者が断ると同時に、二人はホルスターから拳銃を抜いて、迷いなく、引き金をひいた。賢者はとっさに両腕で頭をカバーする。銃弾は胸部に着弾した。


「ガハァ」


 ローブの上から撃たれた賢者は、痛みに耐えながら魔法を唱えた。警察官の足元に、青白く輝く魔法陣が浮かび上がった。彼らの動きが止まった。


「うぅ、修一、私の拘束魔法が効いているうちに攻撃しろ。この杖を持て。魔法の威力を高める」


 修一は賢者が差し出した魔法杖を手にして魔法を唱える。


「ス、ストーンバレット!」


 石弾を射出する初級土魔法。マナが希薄な地球では空気銃程度の威力しかない。多少の怪我はしても、致命傷を与えるものではない。そのはずだった。


 しかし魔法杖で強化された射撃魔法の石弾は、江崎の胸を貫いた。胸に空いた小さな穴から血の染みが広がっていく。江崎は表情を凍らせたまま、床に崩れ落ちた。


 自分の放った魔法の効果に驚いている修一に、賢者が大声で助けを求める。魔法陣が消えて、拳銃を持った小沢と賢者が揉み合う。同僚の暴走を止めるべき滝沢樹は、パニックになって固まっている。


「修一、修一、気をしっかり持て。助けてくれ。もう一度ストーンバレットを撃て! ストーンバレットだ!」


 修一の動転は治まらないが、賢者の言葉に無意識に反応して魔法を唱えた。


「ストーンバレットっ」


 同じく石弾は小沢の胸を貫き、その心臓を破壊した。即死だった。当てることだけを意識して射撃魔法を放てば自動的に心臓に弾が向かう。修一には、射撃魔法の才能があった。


「先生、大丈夫ですか!」


 我に返った修一が声をかける。


「ふぅ、痛むが大丈夫だ。このローブはミスリル糸が編み込まれいる。拳銃弾程度なら貫通しない。だが骨にヒビは入ってるかもな。治癒魔法を頼む。待て、杖は使うな」


 修一は魔法杖を賢者に返してから治癒魔法を発動した。


「ヒール……なんだ? 杖がないのに魔法の効力が増している!?」


「やはりそうか」


 賢者は暗い表情で苦笑いをする。


「どういうことです?」


「ゲームと同じだよ。マナ生物を倒してレベルが上がった。オルトゥスでは、魔物を倒してレベルを上げるのが普通だが、人間を倒しても、レベルが上がるからな」


「そんな……人を殺すとレベルが上がるなんて」


「正確には人間ではなく、マナ覚醒者だな。修一は、まだ中級魔法を覚えるレベルには達していないが、身体能力や魔法練度が上っているはずだ」


「アアア! なんでこんなことに。江崎さん、小沢さんっ」


 やっと我に返った滝沢が、倒れた二人に駆け寄って声をかけるが、二人とも心臓を石弾で破壊されている。胸にぽっかりとあいた穴を見れば、蘇生できる可能性がないのは明らかだった。


「日本では初めてだが、他国では、情報局や軍関係者から、非公開魔法を教えろと何度も脅されたよ。そして断ると襲撃された。この二人も本来の所属は警備部ではなく、公安や軍組織じゃないのかね?」


 問われた滝沢樹は応えない。力のない表情で、二人の同僚のむくろに寄り添っている。だが、突然、大声を上げた。


「なんで!」


 樹が叫ぶ。


「なんで殺したのよ!」


 目に涙をためた樹が修一を睨む。


「あ、あんなに威力が増すとは思わなかったから……」


 修一自身も予想外の事態に混乱しながら答える。


「ヴィクターさんだって! あの二人よりよっぽど強いじゃないですか! 殺さずに取り押さえることができたはずです!」


 樹が今度はヴィクターを非難する。


「確かに。本来の私の力なら、小沢さんだけなら取り押さえることができたろう。動転していたのだ。すまないと思う」


 賢者の言動は常に冷静沈着だ。謝罪の言葉を発する賢者には悔恨の表情は全く見られなかった。


 樹はヴィクターをしばらく睨んでいたが、携帯を取り出して、警察に連絡を始めた。


「修一、今回の件は隠してもいずれ広まる。世界中のテロ組織、そして正規の軍隊も、密かにマナ覚醒者狩りを始めるだろうな。いや、既に始まっていると考えるべきだ。目的は、高レベルのマナ覚醒者を集めた超人兵部隊の創設だな。修一はどうする?」


 賢者が視線を樹から修一に移して問いかける。


「どうするって言われても……」


「人里離れた場所に隠棲いんせいするなら、準備を手伝おう。迎え撃つ気があるなら、予備の魔法杖とローブを貸す」


 賢者は鞄から三十センチほどの指揮棒のような形と大きさの魔法杖を出す。


「人を殺す覚悟があるなら受け取りなさい」


 賢者の手にある魔法杖をしばらく見つめていた修一は、黙ってそれを受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る