フラグ回収はいたしません
ここは山奥のペンション、ブランシュ・ネージュ。
脱サラした熟年夫婦が二人で経営する、小規模宿泊施設だ。
この、よくあるペンションを舞台に、よくある事件が起こっている。
「さ、殺人鬼と一緒におれるか、私は部屋に戻る!」
真っ青な顔をした落語家の
この場に残ったのは、十人。
まずはペンション経営者の
僕たち以外のペンションの宿泊客は、まず高校生でロングヘアーの
そして専門学生カップル、長い襟足をゴムで纏めている
それから哲平叔父さんの知り合いの知り合いで、有給休暇を消化中だという長身の
最後の一人は、ずっと好意を寄せていた菜緒に誘われて意気揚々とスキーデートを楽しむ予定だったはずが……旅先で死んでしまった運の無い僕、
「みんな、下がって!」
「ちょっと、乱歩くん!」
「そんな……どうして米雄が……」
「
「うん、大地ちゃん……」
「んーこれはー毒殺、みたいですねー」
「そうみたいですねぇ」
乱歩くんが死体になった僕からみんなを遠ざけ、白い手袋を履いた
「どういう事だ……電話が繋がらねえ!」
「大地ちゃん、スマホも圏外で通じないわ!」
「ああ……」
「おい、浅子! しっかりしろ!」
「浅子叔母さん!」
「大丈夫ですか? お部屋まで運びましょうか? 私、こう見えて力持ちなんですよ」
「ああ。すまない凜ちゃん、手伝ってくれ」
「私も手伝うわ。叔母さん、しっかり!」
「わかりました。乱歩くん、
「はーい」
幽霊になってしまった僕は、ふよふよと天井付近に浮きながら全員の言動を見ていた。ちなみに死んだ僕は、死因がわかっている。
談話室に置かれた、浅子叔母さんが用意してくれた人数分のシュークリームとお茶。しかし叔母さんはシュークリームだけ、ひとつ多く用意していた。僕はラッキーと思って、自分の分を食べた後に余っていたひとつを食べた。
それが原因。
ナッツアレルギー持ちの僕は哲平叔父さんに、食事内容に気をつけて欲しいと
だからシュー生地の中に練り込まれたアーモンドプードルのアナフィラキシーショックで、僕は死んだ。小さい頃に同じようなシュークリームをひとつ食べて、似たような症状を起こして死にかけた事がある。だから気をつけていたつもりだったんだけど。初めての菜緒と二人きりの旅行で浮かれすぎていた。ふたつのシュークリームは、僕にとっては致死量だったようだ。
今きっと菜緒は、浅子叔母さんにシュークリームの材料を確認していると思う。だからこれは誰かの故意的なものによる殺人事件でも何でもなく、単なるの不慮の事故だとすぐにわかるだろう。だから菜緒には戻って来てもらい、早くみんなに、僕はアーモンドでアナフィラキシーショックを起こしたと言って欲しい、のだが。
「ねえねえ、
「おや、どうしましたか乱歩くん?」
「いま数えたんだけど、シュークリームが乗ってたお皿が、ひとつ多いんだ」
「えー、つまり。君は私達以外に、まだここに来る人間がいる、そう言いたいんですね?」
「そうだよ」
そのタイミングで、ペンションの玄関が開くと同時に雪まみれで
「いやあ、遅くなってすみません!
雪を払いながら大声で話す
「えっと、これから宿泊される方ですよね? いま色々と立て込んでて……おい
「わかったわ、大地ちゃん」
大地くんに頼まれた
「立て込んでるって、何かあったのかい? えっと、君は……」
「
「錦上大地……まさか君は、あの名探偵、
「じっちゃんの事を知ってるんですか?」
「ああ、もちろん! 改めて、俺は
その脇で、
「あれれ~?
「君は……白目のジローとして有名な現代の名探偵、
「
「もちろんだよ!
オヤジギャグを飛ばしながら、
「ちょっと、よろしいですか?」
「あなたは……」
「警視庁特命係の、
「特命係の、
「おや? 僕の事もご存知で?」
「知ってます、知ってますよ! 鑑識の
「これはこれは、
「はい。洋馬くんの母親と僕の母親が姉妹で。たまに親族会で洋馬くんに会うと、警視庁の特命係には凄い人がいる、って話すんです。いったいどんな人だ? と俺が聞くと洋馬は、
「
「もちろん、事件についてはニュースで報道される範囲でしか聞いてませんよ? それにしても、
「ええ、結構ですよ」
「わあ! 感激です!!」
「あの~」
「えーっと、待ってください。わかります、わかりますよ! あなたも刑事さんですよね、ちょっと待ってください、思い出しますから! 言わないで下さいよ!」
「……
「ああっ! そうだ、
照れ笑いをしながら、
「いや~一体どうしたんですか、皆さんお揃いで? 殺人事件でも起こりましたか?」
「まあ、そんなところだな……」
大地くんが神妙な顔付きで、談話室の顔に倒れた俺を横目で見る。
違う! 大地くん、違うよ!
「ええっ! そうなのかい?!」と大げさに驚く
「あそこに倒れてるお兄ちゃんが、シュークリームを食べた後に突然苦しんで、死んじゃったんだ」
「じゃあ、毒殺!?」
いやいや、ただのアレルギーです! 乱歩くん、ミスリードしないで!
「鑑識が来ないことには、死因の特定は出来ないんですがねぇ。あいにく、電話もスマホも通じないみたいで、
「雪山の孤立したペンションで、毒殺事件!?」
電話が繋がらなくなったのは、たまたまです!
「えー。ちょっといいですか。どうしても気になるのですが。どうして
それは僕が欲張ってシュークリームをふたつ食べたからです、
「つまり、もしかしたら狙われていたのは僕で、あそこの人は僕の分と間違えて毒入りシュークリームを食べて死んでしまったんですか!?」
ないないない!
「この事件の真犯人、俺が絶対に見つけだしてみせる……じっちゃんの名にかけて!」
「真実は、いつもひとつ!」
なぜか大地くんと乱歩くんが結託して、死んだ僕を指さした。今のは決め台詞だったんだろうか。
「おやおや。我々、警察がいるのに探偵くん達に勝手な捜査をしてもらっては、困りますねぇ」
「んー君達。お部屋に戻って、アニメでも見てなさい」
「「なんだってー!」」
揉め始めた名探偵組と警察組を、
「なんという夢の共演なんだ……この事件の解決を見れたら俺、もう思い残す事は何もない……」
うっとりしている
ほんとコレ、事件じゃない。事故。自損事故。
ていうか名探偵やら刑事やらこんだけいるのに、なんで誰も事故だって疑わないんだよ!
ほんとに早く、戻ってきてくれ菜緒!
僕は死んでるけど、殺されてはいない!!
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