フラグ回収はいたしません

 ここは山奥のペンション、ブランシュ・ネージュ。

 脱サラした熟年夫婦が二人で経営する、小規模宿泊施設だ。

 この、よくあるペンションを舞台に、よくある事件が起こっている。


「さ、殺人鬼と一緒におれるか、私は部屋に戻る!」

 真っ青な顔をした落語家の堂内枝葉どうないしようさんが、一同が会する談話室から二階の自室へ戻ってしまった。


 この場に残ったのは、十人。

 まずはペンション経営者の有働哲平うどうてっぺい叔父さんと、奥さんの浅子あさこ叔母さん。その姪で、僕と一緒にペンションへやってきた大学生の菜緒なおだ。


 僕たち以外のペンションの宿泊客は、まず高校生でロングヘアーの最上凜もがみりんちゃんと、眼鏡をかけた小学生の乱歩らんぽくん。二人は東京から父親の車で三人で来たらしいが、遊びに来ていたスキー場の駐車場で車がパンクしてしまったため、父親を置いてバスで先にペンションへ帰っていた。


 そして専門学生カップル、長い襟足をゴムで纏めている錦条大地きんじょうだいちくんと、凜ちゃんと同じくロングヘアーの瀬波幸せなみゆきちゃん。二人は幼なじみで、商店街の福引きで当たった旅行券を利用し、卒業旅行でここへ来たと話していた。


 それから哲平叔父さんの知り合いの知り合いで、有給休暇を消化中だという長身の古谷三郎ふるたにさぶろうさんと、ウィンタースポーツに興味は無いが叔父さんの食事を目当てに来たという、眼鏡の老紳士の臼田桔梗うすだききょうさん。


 最後の一人は、ずっと好意を寄せていた菜緒に誘われて意気揚々とスキーデートを楽しむ予定だったはずが……旅先で死んでしまった運の無い僕、永井米雄ながいよねおである。


「みんな、下がって!」

「ちょっと、乱歩くん!」

「そんな……どうして米雄が……」

ゆき、俺の後ろにいろ」

「うん、大地ちゃん……」

「んーこれはー毒殺、みたいですねー」

「そうみたいですねぇ」


 乱歩くんが死体になった僕からみんなを遠ざけ、白い手袋を履いた古谷ふるたにさんと臼田うすださんが全員に見えるように警察手帳をポケットから出してから、床で俯せに倒れた僕の身体を調べ始める。


「どういう事だ……電話が繋がらねえ!」

「大地ちゃん、スマホも圏外で通じないわ!」

「ああ……」

「おい、浅子! しっかりしろ!」

「浅子叔母さん!」

「大丈夫ですか? お部屋まで運びましょうか? 私、こう見えて力持ちなんですよ」

「ああ。すまない凜ちゃん、手伝ってくれ」

「私も手伝うわ。叔母さん、しっかり!」

「わかりました。乱歩くん、古谷ふるたにさんと臼田うすださんの邪魔しちゃダメよ?」

「はーい」


 幽霊になってしまった僕は、ふよふよと天井付近に浮きながら全員の言動を見ていた。ちなみに死んだ僕は、死因がわかっている。


 談話室に置かれた、浅子叔母さんが用意してくれた人数分のシュークリームとお茶。しかし叔母さんはシュークリームだけ、ひとつ多く用意していた。僕はラッキーと思って、自分の分を食べた後に余っていたひとつを食べた。

 それが原因。

 ナッツアレルギー持ちの僕は哲平叔父さんに、食事内容に気をつけて欲しいとあらかじめお願いしておいた。お客さんに出す料理のほとんどを叔父さんが作るので、それで大丈夫だと思っていたのだが。お菓子だけは浅子叔母さんが趣味で作り、叔父さんに内緒でお客さんに試食してもらっている、と食べる前に菜緒が言っていた。

 だからシュー生地の中に練り込まれたアーモンドプードルのアナフィラキシーショックで、僕は死んだ。小さい頃に同じようなシュークリームをひとつ食べて、似たような症状を起こして死にかけた事がある。だから気をつけていたつもりだったんだけど。初めての菜緒と二人きりの旅行で浮かれすぎていた。ふたつのシュークリームは、僕にとっては致死量だったようだ。


 今きっと菜緒は、浅子叔母さんにシュークリームの材料を確認していると思う。だからこれは誰かの故意的なものによる殺人事件でも何でもなく、単なるの不慮の事故だとすぐにわかるだろう。だから菜緒には戻って来てもらい、早くみんなに、僕はアーモンドでアナフィラキシーショックを起こしたと言って欲しい、のだが。


「ねえねえ、臼田うすだのおじさん」

「おや、どうしましたか乱歩くん?」

「いま数えたんだけど、シュークリームが乗ってたお皿が、ひとつ多いんだ」

「えー、つまり。君は私達以外に、まだここに来る人間がいる、そう言いたいんですね?」

「そうだよ」


 そのタイミングで、ペンションの玄関が開くと同時に雪まみれで髭面ひげづらの男が入ってきた。


「いやあ、遅くなってすみません! 半仁田はんにだです! 大雪で車が立ち往生しちゃって、仕方ないから歩いて来ましたよー」

 雪を払いながら大声で話す半仁田はんにださんに、電話を諦めた大地くんが対応する。

「えっと、これから宿泊される方ですよね? いま色々と立て込んでて……おいゆき、オーナーの有働うどうさん呼んで来てくれないか?」

「わかったわ、大地ちゃん」

 大地くんに頼まれたゆきちゃんは、一階奥の従業員室へ小走りしていった。

「立て込んでるって、何かあったのかい? えっと、君は……」

錦上きんじょうです。錦上大地」

「錦上大地……まさか君は、あの名探偵、錦上大輔きんじょうだいすけさんのお孫さんかい!?」

「じっちゃんの事を知ってるんですか?」

「ああ、もちろん! 改めて、俺は半仁田はんにだレオ。迷宮事件専門のフリーライターをしている。君のおじいさんの事も、何度も記事に書いたことがあるんだよ。まさかこんな大雪の日に、こんな山奥のペンションで、憧れの名探偵のお孫さんに会えるなんて嬉しいなあ! よろしくね!」

 半仁田はんにださんは破顔して、大地くんの両手を取り握手する。

 その脇で、半仁田はんにださんが持ってきた大きな鞄に、乱歩くんが興味をしめしていた。


「あれれ~? 半仁田はんにだのおじさん、大雪の中を歩いて来たのに、この大きなカバン、全然濡れてないよ~?」

「君は……白目のジローとして有名な現代の名探偵、最上もがみジローさんとこに居候いそうろうしている、土井どい乱歩くんじゃないか?」

半仁田はんにだのおじさん、僕の事も知ってるの?」

「もちろんだよ! 最上もがみ先生が解決した事件も、俺は独自に考察してるからね。そちらの錦上きんじょうくんのおじいさんに匹敵する、素晴らしい名探偵だよ。でもその影にはいつも、娘の凜ちゃんと土井乱歩くんの姿がある。君達は俺が思うに、最上もがみ先生の最上さいじょうの助手なんじゃないかな……なんちゃって!」

 オヤジギャグを飛ばしながら、半仁田はんにださんは乱歩くんの頭をガシガシと撫で回した。


「ちょっと、よろしいですか?」

「あなたは……」

「警視庁特命係の、臼田うすだです」

「特命係の、臼田桔梗うすだききょう!?」

「おや? 僕の事もご存知で?」

「知ってます、知ってますよ! 鑑識の森実洋馬もりざねようまって、俺の従兄いとこなんですよ!」

「これはこれは、半仁田はんにださんは森実もりざねさんのご親戚でしたか!」

「はい。洋馬くんの母親と僕の母親が姉妹で。たまに親族会で洋馬くんに会うと、警視庁の特命係には凄い人がいる、って話すんです。いったいどんな人だ? と俺が聞くと洋馬は、臼田桔梗うすだききょうというその人は、数々の難事件を解決してきた、警視庁の真打ちだ! と。そう言うんですよ」

森実もりざねさんは僕の事を、そんな落語風に説明するんですねぇ」

「もちろん、事件についてはニュースで報道される範囲でしか聞いてませんよ? それにしても、臼田うすださんのこの十年のご活躍は素晴らしい! 俺は貴方に興味があって、サラリーマンを辞めてフリーライターの道へ進んだんですから! 良かったら、握手してもらえませんか?」

「ええ、結構ですよ」

「わあ! 感激です!!」

 半仁田はんにださんは嬉々として、臼田うすださんと固い握手を交わした。


「あの~」

「えーっと、待ってください。わかります、わかりますよ! あなたも刑事さんですよね、ちょっと待ってください、思い出しますから! 言わないで下さいよ!」

「……古谷三郎ふるたにさぶろうでした」

「ああっ! そうだ、古谷ふるたにさん! もうココ、喉まで出かかってたのに! そうだ~古谷ふるたにさんでしたよ~いやあ、すみません。すぐに名前が出てこなくて!」

 照れ笑いをしながら、半仁田はんにださんは古谷ふるたにさんとも握手を交わして、至極ご満悦な表情になった。


「いや~一体どうしたんですか、皆さんお揃いで? 殺人事件でも起こりましたか?」

「まあ、そんなところだな……」

 大地くんが神妙な顔付きで、談話室の顔に倒れた俺を横目で見る。


 違う! 大地くん、違うよ!


「ええっ! そうなのかい?!」と大げさに驚く半仁田はんにださん。

「あそこに倒れてるお兄ちゃんが、シュークリームを食べた後に突然苦しんで、死んじゃったんだ」

「じゃあ、毒殺!?」


 いやいや、ただのアレルギーです! 乱歩くん、ミスリードしないで!


「鑑識が来ないことには、死因の特定は出来ないんですがねぇ。あいにく、電話もスマホも通じないみたいで、ふもとの警察署から応援を呼べないんですよ」

「雪山の孤立したペンションで、毒殺事件!?」


 電話が繋がらなくなったのは、たまたまです!


「えー。ちょっといいですか。どうしても気になるのですが。どうして半仁田はんにださんの分のシュークリームが、無くなっているのでしょう……」


 それは僕が欲張ってシュークリームをふたつ食べたからです、古谷ふるたにさん。


「つまり、もしかしたら狙われていたのは僕で、あそこの人は僕の分と間違えて毒入りシュークリームを食べて死んでしまったんですか!?」


 ないないない! 半仁田はんにださん、絶対に、有り得ないその可能性!!


「この事件の真犯人、俺が絶対に見つけだしてみせる……じっちゃんの名にかけて!」

「真実は、いつもひとつ!」

 なぜか大地くんと乱歩くんが結託して、死んだ僕を指さした。今のは決め台詞だったんだろうか。


「おやおや。我々、警察がいるのに探偵くん達に勝手な捜査をしてもらっては、困りますねぇ」

「んー君達。お部屋に戻って、アニメでも見てなさい」

「「なんだってー!」」


 揉め始めた名探偵組と警察組を、半仁田はんにださんは恍惚とした表情で見ていた。

「なんという夢の共演なんだ……この事件の解決を見れたら俺、もう思い残す事は何もない……」


 うっとりしている半仁田はんにださんには申し訳ないけど。

 ほんとコレ、事件じゃない。事故。自損事故。

 ていうか名探偵やら刑事やらこんだけいるのに、なんで誰も事故だって疑わないんだよ!

 ほんとに早く、戻ってきてくれ菜緒!

 僕は死んでるけど、殺されてはいない!!


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