おかあさんの大事なもの
「ねえ、コレって」
彼女がダンボール箱から取り出した、黒いもの。
「ああ。懐かしいな」
僕の手の平ほどの大きさの、子ども用のミニポーチだ。
ポーチの正面には赤、青、緑、桃、黄色と、色で個体認識ができる戦闘服を全身にまとった五人のポーズを決めた写真が印刷されている。彼らのすぐそばに、彼らがそれぞれ保有する乗り物が合体して完成したロボットも写っていた。
「好きだったの、そのヒーロー戦隊?」
「うーん。覚えていない」
ダンボール箱の中から出てきた黒いポーチをきっかけに、僕らは作業の手を止めて、休憩することにした。
埃っぽいアパートを出て、一段ごとに踏むと微かに揺れる外付けの階段を降り、近くのコンビニまで歩いた。黒いポーチと共に。
「好きだから持ってたんじゃないの?」
「たぶん。僕が好きだったから、おかあさんが買ってくれたんだとは思う。でも僕が欲しいとねだった覚えは、ない。だってこの大きさのポーチは、財布にしては大きいし、ほかに物を入れて歩くには小さいし。買ってくれたのは、僕が保育所に行っていた頃だったとは思う。小学生になるとゲームばかりで、こういうヒーロー戦隊は見なくなったし」
「そうなんだ」
そうなんだよなあ、と声が出る前に、コンビニの自動ドアが開いた。
僕たちはそれぞれ、肉まんとペットボトルのお茶を買って、アパートとコンビニの間にある公園のベンチでそれを食べた。肉まんは、熱い内に食べたいから。
「どうするの、それ?」
肉まんが入っていた白い紙袋をくしゃくしゃに丸めて、コンビニの袋に入れる彼女。僕は、白い紙袋を一度きれいな正方形に戻してから、半分に、半分に、半分に、小さな三角形を作る。
「いる、かな。なんかさ、思い出したんだ。このポーチ、何回かおかあさんにゴミ箱に入れられて、その度にゴミ箱から僕が拾い上げていたことを」
『
黒いポーチから、二十年前のおかあさんの声が聞こえてきた気がした。
果たして。僕のおかあさんは片付け上手の人だったのか?
僕たちはアパートへ戻った。カーテンを閉め、部屋の明かりをつけて、作業を再開。
食べるところ、寝るところを除いては、かなりぎゅうぎゅうにものが詰め込まれている部屋。未開封のダンボール箱のほとんどは、前の家の僕のものだった。
「これは?」
僕の記憶にない、ぬりえ帳が出てきた。
「お
「いらない」
「おっけー」
いるもの、いらないもの、保留のもの。
とりあえず三種類に分けて、僕たちはどんどん袋の中へ入れていく。
夜九時ごろ、アパートの近くにチェックインしていたホテルに戻り、翌朝はホテルで朝食を摂ってからアパートへ行って作業を続けた。
「今日中に終わりそう?」
「わかんない」
「もう1ヶ月分、アパートの家賃払ったら?」
「いいの? うちの負担になるけど」
「いいじゃない。あたしのヘソクリ出すよ」
「うわあ。頼もしい」
土日祝日の休暇を、僕たちはあと何回使えば終わるだろうか。
おかあさんのアパートは、大事なもので溢れかえっている。
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