生まれ変わった僕たちは
「とりあえず、
「僕は、日本酒のぬる
飲み物の注文を受けた大学生っぽい店員は、僕たちの席から離れるとカウンターに向かって「
「ぬる
「
「あるな。俺も一杯目は生が良いけど、ずっと生だと腹が冷えて下すようになった。二杯目からは俺も燗にするわ」
「そうしたら良い」
お通しの枝豆を一粒、さやから取り出して、豆を覆う薄皮も剥いて口に入れる。
清川は枝豆のさやを口元に付けて、三粒を一気に頬張る。
「厚木も昔は、部活が終わったらラーメン屋行って学生ラーメンを二杯食っていたのにな」
「から揚げ五個でも胃もたれするから、今は焼き魚と煮魚ばっかり食べてる。ラーメンも消化がつらくなってきたから、麺類は蕎麦やうどんを選ぶようになった」
「そんなに変わるのかよ」
「生まれ変わったんだよ」
「生まれ変わった、ねえ」
さっきの店員が「お待たせしました」と言いながら、瓶の生ビールとグラスがふたつ、升に乗せられた
清川は瓶を持つと左手に持ったグラスにビールを注ぎ、僕は徳利を升ごと引き寄せるとお猪口の半分くらいまでぬる燗を注いだ。乾杯はない。一口目は無言で自分の酒を
「モンシロチョウは、生まれ変わったと思うか?」
「モンシロチョウ?」
清川は飲み干したグラスに、二杯目のビールを注ぐが、それにはすぐに口を付けない。
そういえば清川は理科や生物が得意だったな、と僕は思い出す。
「蝶は卵から
「さあ、どうだろう」
僕は芋虫にも蝶にもなったことはない。
清川もないだろう。清川と初めて会ったのは小学生の時だったが、それから清川はずっと清川のままだ。見た目は少年から青年を経て中年に差しかかり、生え際と白髪と目尻のシワが気になるが、全くの別人になったというほどでもない。
「厚木が生まれ変わったなら、俺も生まれ変わったと思う」
「どの辺が?」
「頭、だな」
「脳みそがぐちゃぐちゃに溶けた?」
「そうじゃないけどよ。高校の時、厚木には話しただろ。俺は女を好きになれないって」
「言ってた」
「女が好きって気持ちも、彼女が欲しいって気持ちも全然なくて。でもそんなこと言えば、同性愛者なのかと言われそうで言えなくて」
「でも清川は同性愛者じゃない」
「そうだよ。家族が好きとか、友達が好きっていうのはあるけど、俺は性的に好きになれる人がいなかっただけだ」
高校三年生の夏だったと思う。
部活も引退して、受験勉強を本格的に始める少しの間に、僕は清川とそんな話をした。あの時の僕は「そうか」と言った気がする。清川を否定することも肯定することも出来なくて、正しい答えを見つけられないまま、その存在だけを認めるように口にした言葉だった。
「俺はずっと、その意識のまま生きていくんだと思っていた。誰とも付き合わない、結婚しない、子どもを作らない。ひとりで生きていくと、心の中で覚悟してた。でも彼女に会ってから、俺は生まれ変わったんだ。ただ好きという気持ちのままでもいい。同じ道を歩んで、ずっと寄り添っていたいと思えれば、一緒にいられるし、結婚もできるんだと」
「結婚の報告をもらった時は、正直驚いた」
「俺も驚いた。まさか自分が結婚するなんて。来世に行くか、異世界に行かないと結婚できない人間だと思っていたからな」
「彼女が同じ世界軸の人間で良かった」
「本当に、そうだよ」
清川の二杯目のグラスが空いた。瓶を逆さまにして残りのビールを注ぐと、店員に「
「厚木、なにか食べるか?」
「から揚げはいらない」
「わかってるよ。何でもいいから」
「だし巻き卵」
「きゅうりの一本漬けは?」
「食べれる」
「じゃああとは、串盛り合わせな」
ぬる燗と同じように、升に入った熱燗とお猪口がひとつ、テーブルに置かれる。店員は僕たちの注文をメモして、空になった瓶を下げていった。
「若い頃だと、フライドポテトは外せなかったのになあ」
「から揚げとフライドポテトは必ず誰かが注文してた」
「それを注文しなくなったあたりから、俺らは生まれ変わり始めていたのかもな」
「老化じゃないの」
「それはまだ認められないな。認めたくない」
清川が自分のお猪口に、熱燗を注ぐ。
その姿はかつて生ビールをジョッキで何杯も飲んでいた清川からとは全く別人で、そしてぬる燗を自分のお猪口に注ぐ僕も清川からみると別人に見えるのだろう。
「生まれ変わった、って良い言葉だな。昔の俺が頑張って頑張って、今の俺に辿り着いた気がしてくる」
「それは良かった」
「他人事だな。厚木が先に言った言葉だろ?」
「そうだった?」
「あーあ。もう忘れたのか。老化だな」
「うるさい。僕はいま生まれ変わってんだよ」
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