5:63「白銀に舞う臣の剣」
ファルが駆け、ダイヤモンドオークが二歩目を踏み出す。
ダイヤモンドの棍棒がオークの頭上高くに振り上げられ、三歩目を踏み出すと同時に接近しているファルへ向けて落とされた。
しかしファルはそれを避ける様子もなく、腰に下げている一振りの片手剣の柄に手をかけた。
彼はそれなりに良い体つきをしているが、だからといってあの一撃を真っ向から受けて抑えられるとは思えない。
「ファル!!」
当たるなと言った矢先の行動に思わず声を上げたところで、ファルは横なぎに振るようにして剣を抜いた。
その直後。振り下ろされた棍棒が、彼の顔のほぼ真横の一で抜かれた剣と接触する。
棍棒の標準は少しずれ、当たったとしても肩を掠める程度の位置ではあったが、それだけでも片腕が犠牲になるのは目に見えていた。
運が良くても、棍棒の勢いに流され体が雪に叩きつけられるか、剣諸共体が弾かれるかのどちらかのように思えたのだが……。
「
影になってあまりよくは見えなかったが、ほのかに剣身が緑色のオーラを纏っていたように見えた。
そしてオーラを帯びたファルの剣は流されることも、弾かれることも、そして競り負ける事も無く、ダイヤモンドオークの棍棒を受け流して見せたのだ。
ダイヤモンドオークは大きく体のバランスを崩し、積もりに積もった雪を叩きつけた。
爆弾でも投下されのかと錯覚するほどの爆発音が響くと共に、巻き上げられた雪が俺たちの視界を阻害する。
雪が晴れるとそこにファルの姿はなく、上体を起こしたオークの方も困惑しているようだった。
ファルは雪に紛れ、オークの視界の陰を走り抜け、その頭の上まで昇っていたのだ。
「
今度は赤いオーラを纏った片手剣が、ダイヤモンドオークの頭を突く。
しかし剣先は深く突き刺さることは無く、本当に先の先を
うずめるにとどまった。
流石の鈍感オークもこれには気が付いたのか、左手を頭上に持って行き、ハエを叩くかのようにバチンと頭に打ち付けんとする。
しかし叩くまでの動きはスローそのもので、容易に脱出することができたファルは、一度俺たちの前まで戻って来た。
「流石に硬いですね……僕の剣では、かすり傷がやっとといったところでしょう」
「ファル、でもすごいよ……さっきの」
「言うとる場合か! 準備じゃ!」
「え、あ うん!」
エィネの言葉を聞き、俺は再精製した杖を構えた。
同じくしてファルも再びオークへ向けて走って行き、
さっきも言っていたが、ファルの剣撃では明確なダメージとなり得るほどの効果は見込めそうにない。そうなるとやはり、俺の炎で地道に削っていくしかない。
変に踏み込もうとしない辺りは流石と言ったところだ。その信頼にこたえるため……そしてつい先ほどの失態を払拭するためにも、俺は気合を入れなおし、魔力を練り上げる。
「
「
「
ファルの連続剣で視線と注意をそちらへ向け、次にエィネが右肩へ氷の魔法を放ち、同じ場所へ俺の魔法が炸裂する。
ダイヤモンドオークの知能はほとんどゼロに近いのか何なのか、このルーチンワークでそれなりにダメージを与えられていた。
ひとつ意外だったのは、エィネの氷魔法が思っていたよりも効いているところだ。
ファルの剣は先だけしか入らなかったと言うのに、エィネの氷の槍は貫き通す――とまではいかないものの、突き刺さるくらいにはしっかりと金剛石の体を貫いていた。おかげで俺の魔法が通りやすくもなり、思っていたよりも効果的に事が運んでいた。
その後も順調にダイヤモンドオークにダメージを与えていく。
右手と棍棒、左手、左足を破壊し、もう立つこともままならなくなったオークはやられ放題の状態まで陥っていた。
正直うまくいきすぎていると思ってしまうほどに。
そしてそんなことを思い始めると、思考はどうしても悪い方へとのびていく。
苦戦なんてしないに越したことは無いはずなのに。
あたかもそれを望んでいるかのように、悪い予感というモノは遠慮を知らずにやってくる。
右足を破壊し、前倒しになるところを見計らってとどめの一撃をお見舞いしてやろうと、魔力を杖に向けて送り込んだ――その時。
――ドス。
「え?」
何かが視界を横切った。
そのすぐあとに、右腕が動かないことに疑問を持った。
少しだけ前に居たエィネが驚いたような表情を浮かべ、何かを言いながら右の肩に手を当ててくる。
そしてまた少し遅れてやってきた焼けるような痛みを以って、俺は自分に何が起こったのかを理解する。
「うッ!? ああああぁぁ!!」
「大人くしとれ! 動くと治りが遅くなる!」
俺の右肩を、自身の手首と同じくらいの太さをしたダイヤモンドの結晶柱が貫いていた。
数秒程頭がパニックに陥りそうな状態が続くが、エィネが回復魔法をかけていることを冷静に考えてどうにか思いとどまった。
まだ左腕が吹っ飛ばなかっただけ不幸中の幸いか。
たぶんこの結晶は、ダイヤモンドオークの肩に生えていたものだ。
倒れた時にこれを飛ばして、俺の攻撃を止めようとしたのか。
……いや、待てよ?
ダイヤモンドオークにそこまでの知能はない。
それはついさっき確認したばかりのはずだ。
ヤツはファルの陽動に幾度となく反応し、俺とエィネの攻撃をまともに喰らっていた。
いくらなんでもそんな急に――
「! そうだ、ファルは!?」
気が動転して、前を任せきりにしてしまっているファルのことを忘れてしまっていた。
俺と同じようにやられてしまっているとしたら。
不安に駆られ、視線を正面に戻す。
「は……?」
意味が分からなかった。
ファルがやられている様子はなかった。むしろピンピンしている。
片手剣を華麗に操り、ずっとヘイトを取り続けてくれていた。
だが明らかに不可解な出来事が目の前で起こっていた。
ダイヤモンドオークの姿がどこにもないのだ。
その代わり、ファルの前には別の少年が立っていた。
肩まで伸びたサラサラの白髪。
肌の色も神と同じくらい白く、また同じく純白のコートを身にまとった、突然姿をあらわした少年。
その顔立ちは、どこかグレィに似ているような気がしてならなかった。
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