5:62「金剛大鬼」

 穴の中で立てた作戦はこうだ。

 頭上にあたる空気穴の地点まで敵がやってきたところへ、俺がこの穴の中から最初の一撃を真上に叩きこむ。

 俺はそのままあらかじめ掘っておいた横穴へ全力ダッシュし、突き当りでエィネと合流。【飛行】の魔法で上へ脱出する。

 その間先に外へ出ているファルに敵を引き付けてもらい、情報を引き出す。

 あとは必要ならエィネがファルの補助に回り、メイン火力である俺は攻撃の機をうかがうという手はずだ。

 正直最初の一発で終わってくれればそれに越したことはないのだが……まあそう甘くはないだろう。


 俺は精製しておいた杖を突き立てて固定し、魔法を放つタイミングを図る。

 ファルは雪壁を作り、その陰で突撃のタイミングを待っているはずだ。


「……来た」


 ズゥン……ズゥン……と、重量感のある足音が俺のいる雪下まで聞こえてくる。

 それはすぐそこまで敵が迫ってきているであろう敵が、かなりの巨体であることを俺に知らせてくれた。

 意識を集中させるため目を瞑り、頭の中に魔法のイメージを明確に浮かべ、そして術式を口にする。


「災火の如き炎霊よ 我に仕えよ 応えよ――」


 魔力を吸収し、力を蓄積してきた杖の宝石が、【灯火】の明かりをかき消すほどの目映い光を放ち始める。

 今俺が発動させようとしているのは、【猛火弾フレア・バレット】の上位である【業火弾ヘルフ・バレット】のさらに上位に位置する魔法――【災火弾ディザスト・バレット】だ。


「恵みの導べ 架の災いを以って 汝が罪を浄化せん」


 最後の一句を口にするとともにカッと目を見開き、標準がぶれないように体を強張らせた。

 直後に魔法が発動し、頭上が真っ赤に照らされる。

 【災火弾ディザスト・バレット】……弾とは言うが、これはもはや火柱に近い。

 真上に放たれたそれは、すぐさま周囲を凄まじいほどの熱量で襲い、雪を蒸発させていく。

 俺は突き立てた杖をその場に置き捨て、横穴を全力で駆け抜け――ようとして、足を滑らせた。


「ひゃうんっ!?」


 横穴に走る前に足元の雪が溶け、滑ってしまった俺は盛大にしりもちをついた。

 雪の中だと威力落ちるかなあとか思って、上級魔法を選んでみたのはいいものの……完全にやりすぎた。

 慌てて走ろうとして、また滑って転ぶ。

 次の一歩を踏み出したときには、横穴の入り口が溶けかけて崩壊した雪でふさがっていた。

 それでもとまた一歩踏み出すと、今度は頭上に大きな影がかかる。

 俺の魔法の勢いで高さを維持していた巨体が落ちてこようとしていたのだ。


「あ……うあ……!」


 終わった。

 素直にそう思った。

 例え敵を倒していたとしても、このままじゃ簡単に落ちつぶされ、圧死する未来しか見えなかった。


「アホウ!! つかまるんじゃ!」

「え――」


 そんな時。

 失意の中聞こえてきた声に、考えるより早く手が動く。

 確かに手が何かをつかんだと思ったら、今度は体が大きく引っ張られ、浮いていた。

 見る見るうちに地面が遠ざかり、そこまで来てようやく、自分の身に何が起こっているのかを把握する。

 危険を察知したエィネが【飛行】の魔法で駆けつけてくれたらしい。

 ファルも一緒にいた。

 どうしてファルもと思ったが、俺のせいであることにかわりはないだろう。


「エィネ……ごめん」

「ほんとじゃぞ! なぜ【災火弾ディザスト・バレット】なんぞ使ったんじゃ!」

「火力重視で……」

「それで己も巻き添えになっては元も子もなかろうて……初撃で大ダメージを与えたいのはわかるがの、せめて炎はやめるべきじゃったろう」

「お、俺使えるの、火力系は炎ばっかりだし……ね」

「……はぁ」

「本当、ごめんなさい……」

「! お二人とも、あれを」


 エィネが呆れたため息をこぼした矢先。

 何かに気が付いたらしいファルが、地上を指さして言った。

 そうして意識を切り替えてみると、聞き覚えのある轟音が耳に入ってくる。

 二度目の雪崩だった。

 地上――杖の周囲、半径二十メートルはすでにクレーターができるほど雪が消滅し、かすかだが土のようなものが見えているのだが、そこへ雪崩れてきた雪が流れ込む。

 まるで俺の失態がなかったかのように、敵諸共真っ白な大地が姿を取り戻していた。


「え……終わった?」

「じゃといいがのう」

「降りてみますか」

「ま、また雪崩来ない……? 大丈夫……?」

「ビクビクしすぎじゃ。行くぞい」


 こう短いスパンで二度も来られると不安にもなろう。

 そういえば今回の雪崩は普通っぽかったな。

 いや、実際に何度も経験してるわけじゃないが、やっぱり一回目のは異常だった。こちらに気が付いた敵の攻撃と見たほうがいいのかもしれない。

 俺たちは敵がいた場所を頭に置きつつ、少し離れた場所に着地する。


 これで終わってくれていればいいが、やはり現実はそう甘くない。

 しばらくすると、敵が埋まっているであろう地点がボコッと盛り上がり、周辺の雪を吹き飛ばしながら這い出てきた。


「やっぱりダメか……て、ん?」

「どうかしましたか、エルナさん」


 這い出てきた敵――幻獣の姿には、確かな既視感があった。

 体全体が、複雑に光を屈折させる鉱石でできた幻の獣。

 前見たときよりも関節部に長くゴツゴツとした結晶なんかが増えたりして印象はだいぶ変わっているが、見間違えようもない。


「ダイヤモンドオーク……!」

「ほう。ヤツがか」

「エルナさんが以前対峙したという奴ですか」

「たぶん……かなり様変わりしてるけど」


 どうやら幻獣とやらは、この異空間で倒しても死に至ることはないらしい。

 それはそれとして、あいつが以前より確実にパワーアップしてることは間違いない。

 何せあの時は、俺の全力を込めた【破弓ハキュウ業火槍ゴウカソウ】によりほぼ一撃で消し炭にしたのだ。

 さっきの【災火弾ディザスト・バレット】はあれとほぼ同等の威力があったはず。にも拘わらず、ダイヤモンドオークはピンピンしている。

 無傷ではないようだが、致命傷とはほど遠い。


「前みたいに、一撃とはいきそうにないね……」

「もとよりそのつもりじゃろう。ほれ、敵さんもわしらに気が付いたようじゃ」


 ズシィンと、重量感あふれる足で地を踏み、ダイヤモンドオークは三メートルを越える巨体で立ち上がる。

 以前と変わらず、右手に握りしめているのはダイヤモンドでできたこん棒一振り。

 ガレイルでも受けるのに体を粉々にさせたそれ。ファルがまともに喰らったらひとたまりもないだろう。


「ファル。あいつ、見た目通り力は底知れない。一撃もらったら全身粉々になるから、絶対攻撃に当たっちゃダメだよ」

「容易に想像できますね……了解です」

「ごめんね、一人で前任せちゃって」

「何を言ってるんです、お二人は今まで前に立っていてくれたじゃないですか。戦闘で女性を守るのは、男であるボクの務めです。任せてください」

「うん……ありがと」

「頼もしい限りじゃの。ほれ、いくぞい!」


 エィネの声とともに、ファルとダイヤモンドオークが一歩踏み出した。

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