5:61「水風の盾」

「なっ――!?」

「やっぱりっ!?」

「呆けとらんで伏せい!!」


 轟音がドンドンと迫ってくる中、エィネが俺たちに向かって伏せろと言う。

 雪崩なんて伏せてどうこうなるものじゃないだろうに。

 そう思っていた矢先、エィネは伏せず、俺たちの前に立ったまま杖を精製する。

 防御系の魔法を展開して、どうにか身を守るつもりなのだろう。

 俺の魔法なら、迫りくる雪崩を燃やし尽くせるかもしれないなどと考えかけたが、おとなしく体を伏せることにした。

 この際、後ろにいるファルの邪魔にならないようにと、手早く長い髪を腕の中に抱え込んでおく。

 これを確認したエィネが杖を構え、術式を詠唱した。


「恵みの加護を!」


 雪崩が襲い掛かってくる直前。本当にギリギリのところでエィネの魔法が発動し、俺たちはドーム状の水のバリアに包まれる。

 これは以前にも見たことがある。確か母さんが使っていた水の盾【水盾の陣クァ・シーイラ】だ。


 身を護ろうとしてか、反射的に両腕が胸と顔の前にでてきてしまった。

 そんな身体の反応をよそに、迫りくる雪の塊は俺たちを横切り去り、光を遮断されたドームの中が暗闇に染まる。

 俺はそれを見て、咄嗟に【灯火】の魔法で中を照らした。

 ――すると。


「ぐっ――」

「エィネさんッ!」

「エィn ふひゃっ!?」


 不意に前から苦渋の声が聞こえてくる。

 その直後、俺の肩に何か冷たい物が落ちてきて変な声が出てしまった。

 見るとそれは水滴のようなのだが……続けて肩に落ちてくるものを見ていると、どうやら肩に落ちてきた雪が、俺の表面に張られた炎属性の魔力によって溶かされているようだった。

 だが問題はそこじゃない。

 肩に雪が落ちてくると言う事は、このバリアにほころびがあると言う事を意味する。

 上を見上げてみると、水のバリアにはかすかにヒビの様なものが入っていて、そこから少しづつ雪が漏れ落ちてきていた。


「なんじゃ、この威力……!」

「エィネ! きついなら俺の魔力も」

「おんしは今炎属性の魔力で体を覆っておろう! そんなもの流し込んだら、わしら諸共蒸し焼きになるぞい!」

「っ……そっか、ゴメン」

「いいや、いいんじゃ。じゃがわしもいつまでもつか分からんのも事実。おんしがもし、二つの属性を一度に使えるのであれば、是非とも力を借りたいところじゃな」


 そう言われてみれば、二つの属性を一度にというのはやったことがなかった。

 でも俺の適性属性は炎と風。

 【灯火】の方は一度使えば魔力の供給はしなくていいが、今使っている炎の膜はそうはいかない。一歩間違えれば悪影響が出てしまう可能性がある。

 双方のバランスが良すぎれば膜の熱が上がりすぎて俺の体が焼かれるし、強すぎれば膜がかき消されてしまうというのが容易に想像できるからだ。


「手のひらから伝わらせるだけなら、まだ何とかなるかもしれないけど……」

「エルナよ、無理はせんでいい。双属性魔法は上級も上級、超高難易度というヤツじゃ。もっとも、複数属性の適性を持っておること自体が珍しいが故でもあるが、おんしにはまだ早かろう」

「…………」


 そうこうしているうちにも、バリアは少しずつ綻び続けている。

 エィネの言うことは理解できるが、このままじゃいつか必ず競り負けるだろう。

 確かにリスクは伴う。だが失敗すると言う保証もない。最悪、少しの間だけ膜を切ればいいのだ。数秒くらいなら膜の保温効果も持ってくれるだろうし。その数秒で雪崩が収まるかもわからないから、最初はチャレンジする。


 ていうか見てて思ったけど、この雪崩長くない?

 もう軽く一分近く続いてる気がする。なんだかおかしくはないだろうか?

 ……いや、考えてる時間もそうないか。


 高等テクだとしても、今の俺は魔力のコントロールに関しては少々自信がある。

 装備の補助効果も相まって、通常よりもかなりやりやすくもなってるはずだ。


「よし」

「エルナさん?」


 やってやる。

 その決心を言葉にして、俺はエィネの小さな背中に左手を添えた。


「エルナ!? 何をしておる!」

「エィネは前集中して!」

「しかしじゃな――」

「いいから!!」


 エィネにそう言いつつ、風属性に変換した魔力を送り込もうと練り上げる。

 するとその瞬間、頭の芯から熾烈極まりない痛みが襲い掛かって来た。


「ぐ……あぁぁッ!!」

「エルナさんッ! 大丈夫ですか!?」

「じゃからまだ早いと言っておろう! 今すぐ止めるんじゃ!」

「……大、丈夫」


 膝が落ちそうになるのをぐっとこらえ、焼けるように痛む頭を集中させようと踏ん張った。

 本当に、頭の中が火事にでもなってるみたいだ。

 だがそんなことに甘えてはいられない。

 今の痛みはなんとなくだが理由が分かった。

 脳内の魔力変換キャパシティを100とするなら、先ほどまでは100全てを炎の膜に使っていた。そこに更に風属性を盛り込もうとしたことで、100だったものが101になった。つまりキャパオーバーしてしまったのだ。


 だったら話は早い。

 炎に割いている部分を減らし、余裕を持たせればいい。

 とはいえ、ただ減らすだけでは今張っている炎の膜の効果も薄れてしまうだろうから、正確には圧縮させるといったところだろうか。


 俺は風の魔力変換を一旦打ち止め、まず炎の魔力変換効率を自分でコントロールすることにした。

 少し意識してみると、魔力変換にはちょっとした粗があった。

 練り上げた魔力が全部属性変化できているわけではなく、だだ漏れになっている箇所がある。そこを風属性に変換することで、魔力変換の割合の無駄を省いていった。

 無駄な魔力をそのままエィネに流し込めないかとも考えたが、それはまた『魔力を属性変換しない』という別のタスクが必要になるため、風に変換したのだ。


 感覚としては、機械に任せていた部分を手動に変えた感じ。車のAT車とMT車みたいな。

 まあ言うだけなら簡単に見えるかもしれないが、これがかなり難しい。


 魔力の変換効率を自在にコントロールし、更に複数の属性を同時に扱い、調整する。

 そしてその具合を少しでも間違えれば、熾烈な痛みとなって自分自身に跳ね返ってくる。

 使いこなせれば幅が格段に広がるが、かなりピーキーな特性。そのうえ片手間にこなさないといけないとなると、高難易度というのも頷ける。


 集中力をフル稼働させて、ようやく炎の膜を維持したまま風の魔力をエィネに送り込むことができた。

 今の俺じゃ、とても片手間にとはいかないや。


「! エルナ、おんし」

「ど、どう? やってみるもんでしょ……っ」


 俺の魔力を受けた影響か、水ドームに風の刃のようなものが発生し始めた。

 魔法を発生させている杖を起点にしているため、前から後ろへと波打つように流れて行く。


 それから更に一分間ほど雪崩は続いた。

 雪の流れが止まると俺は魔力供給を止め、エィネは水のバリアの代わりに、俺が纏っているような薄い魔力の膜を雪の表面に張り巡らせた。

 俺たちが今居る空間が潰れてしまわないようにするためのコーティングだ。


「ふう。ようやっとじゃのう」

「お二人ともお疲れ様です。お力になれず申し訳ありません」

「気にしないでいいって。それより上、どれくらい積もってるかな」

「さあのう」


 雪崩なんて初めての体験だし、皆目見当もつかない。それは二人も同じだろう。

 現状は雪下の密閉空間に閉じ込められている状態だ。

 俺がギリギリ立てるかどうかという大きさのドームの中に三人。あまり長引かせれば呼吸もままならなくなってしまうし、早急に外に出たい。

 ただ……。


「二人とも。この雪崩、やっぱりちょっとおかしかったよね」

「いくら何でも長すぎる、か……」

「敵の攻撃ということも考えられるということでしょうか」

「うん」


 出るだけなら俺の魔法で穴をあけてしまえばいい。

 ただそこに敵さんがいるとなると話は別だ。

 事は慎重に、エィネが周囲を探るのを待つ。


「……おるの。正確には今こちらへ寄って来とる」

「どのくらいでここまで来そうかわかる?」

「さあの。そこまではわからんが、先いた場所からまだそう動いてはおらんことを見るに、足は遅いのじゃろう。考える時間くらいはあるじゃろうよ」

「そっか。じゃあエィネ、上ちょっとだけ穴空けていい?」

「ぬ? ……ああ、そういうことか。まっとれ」


 考える時間があるのなら、必要なのはこの場に身を隠していられる環境を作ること。

 そのためには空気穴を作る必要がある。

 ドームのてっぺん、直径五センチ分魔力の膜を解いてもらうと、俺はその小さな穴から上に向かって風の魔法をクッキーの型を取るようなイメージで筒状にして放った。

 そうして空いた穴の内側を、すかさずエィネが膜を張り固定する。

 外がまだ吹雪いているとしたら定期的に穴をあけなおす必要がありそうだが、ひとまずこれで呼吸困難にはならないはずだ。


 こうして準備を整えた俺たちは、来る幻獣戦に向けた作戦会議を始めたのだった。

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