5:56「進撃の幼女」★
「【
「よーいどん!」
「ちょっ! のーのちゃん!?」
私が三つ目の強化魔法をかけるや否や、のーのちゃんは斧を両手に火グマに向かって突っ込んでいきました。
確かに、一般的に支援系の魔法は一度に三つかけるのが限界なのですが……一時的保護者の身としては、ゴーサインを出してから動いてほしかったです!
のーのちゃんは一見樫の杖に見える等身大の斧を頭上に持ち上げ、どういう訳か敵からは二メートルほど離れている位置で振り下ろします。
「ザクっ」と、火グマの足元を耕すのーのちゃん。
斧は大人でも抜くのに一苦労しそうなほど深々と地に突き刺さっています。同じくして火グマはのーのちゃんを横なぎにはたこうとしているのか、その大きな右前脚を広げていました。
余りに無謀で、無茶な突撃。
私は、咄嗟に【
しかしその直後――。
「……え?」
のーのちゃんの姿が、瞬きする間もない一瞬の間に消えてしまったのです。
火グマはまだ攻撃していません。
前脚を広げたまま首をきょろきょろとさせ、消えてしまった標的に困惑しています。
彼女だけじゃない。よく見ると、火グマの足元には地面をえぐったような小さな跡があり、深々と刺さっていたはずの斧まで消えていました。
それが何を意味しているのか。
私は理解するよりも先にばっと上を見上げると、徐々に大きくなってくるシルエットに目を奪われました。
のーのちゃんは空にいたのです。
両手に斧を握ったまま、ぐるりと一回転しながら落ちてきた彼女は、勢いのままに火グマ向けてそれを振り下ろします。
私が上を見たことに気が付いてか、火グマも首を上げました――丁度のーのちゃんが斧を振り下ろすのと、ほぼ同じタイミングで。
「でーーい!!」
勢いがついているとはいえ、とても幼い子供の一撃とは思えませんでした。
火グマの鼻へ直撃した斧は、そのままのーのちゃんが地面に着地するままに巨体を割っていきました。
「うっそ……あの子、何者ですか」
「ととととととととととと!」
着地した後は、奇妙な雄たけびを上げながら斧を振り回していました。
噴き出してくる血の中にのーのちゃんの物は一滴も含まれておらず、摂氏百度はあるであろう火グマの血だけが飛沫しています。
のーのちゃんの事は、キョウスケの旦那から色々と聞いていました。
規格外の子だと、だから大人の冒険者と変わらず信用してやってくれとも。
ですがこれはそんなレベルではありません。どう考えてもおかしいのです。
齢八歳の幼女によるあまりに一方的すぎる虐殺を前に、私は恐怖すら覚えていました。
「とーう!!」
しかし私の気など露知らず。
のーのちゃんは元気いっぱいの掛け声とともに最後の一振りを振り下ろします。
ぐちょりと肉塊を打ち付ける音と共に、何かが焦げるような匂いが鼻を突きました。
「ふぅー」
「っ……!」
遊んだ遊んだ。
そう言いたげに振り向いてくるのーのちゃんの顔は、煙発つ火グマの血で濡らされています。
私の目には、この幼い子供が先ほどまでの可愛い女の子には見えませんでした。
――殺される。
本能がそう告げたのか、私は無意識のうちに一歩後ずさっていました。
「の、のーのちゃん……貴女は一体」
「あーにゃん、うしろ」
「え――ニャッ!?」
先ほどまでと変わらない、マイペースな声色。
一体なにかと後ろを振り向いてみると、そこには倒されたはずの火グマが両手を大の字に広げて私のすぐ背後に立っていました。
すぐさま地面に飛び込むようにして距離を取り、何とか危機を脱することができましたが……あと一瞬反応が遅れていたら、私は火グマの剛腕によるハグによってぺしゃんこにされていたことでしょう。
「はーーー!」
私が体を転がせたところを見計らって、火グマに向かって飛び込んでいくのーのちゃん。
ザックリと、今度は一発で火グマの弱点である鼻に斧をめり込ませました。
ですがさっきのように真っ二つとまではいかなかったようで、勢いが殺されてしまったところで巨体を蹴り、斧を引き抜くとともに後ろへ飛び退きます。
のーのちゃんの一撃を喰らった火グマの顔には、痛々しく真っ赤な縦線が刻まれています。
しかしなぜ……確かについさっき、火グマはのーのちゃんの手で肉塊と化すまで滅多切りにされてしまったハズです。
そう思い後ろを見てみると、確かにのーのちゃんが切り刻んだものはそこにありました。
「まさか……二体目ですか」
「にゅう。あーにゃん、ちがう。よくみて」
「え? どういうことで……す……――――!!!」
なんということでしょうか。
少し気を周囲へ向けてみると、二体目だけではありません。
今私たちがいる場所に向かって、何十体分にも及ぶ何かの気配が近寄ってきていたのです。
いえ、何かなど考えなくてもわかるでしょう。
のーのちゃんの事に気を取られすぎていた私は、こんなにも分かりやすい大群の接近にすら気がつけなかったようです。
本当、エルナちゃんの助けになどと息巻いていた割に、さっきからいいところなさすぎじゃないでしょうか!
「にゅう。くまさん、いっぱい来てる」
「感じ取れるだけでもざっと四十から五十ってところでしょうか。一体どこにそんな数潜んでたって言うんですかね。さっきは全然見つからなかったのに……ってもしかして、これ全部やらなきゃダメなんですかね」
「前ののがやったときは、倒したらなんかきれーな宝石さんがでてきたの。壊したら出れたよ」
「宝石ねぇ……」
のーのちゃんと私は背中合わせになり、迫りくるクマの大群に身を構えます。
のーのちゃんの言い分からすると、最初の一体からはその宝石は出てこなかったということでしょう。
となると、考えられることは二つ。
向かってきている大群の内一体だけが宝石を内包しているか……全部倒さければならないか。
いずれにせよ、これは……。
「のーのちゃんの惨殺ぶりを目にしておいてなんですが……大ピンチ。じゃないですか?」
「にゅう。のの一人じゃやりきれないー」
「ははははは。私、その言葉に少し安心しちゃいましたよ。微力ながら、しっかり支援しましょう」
「おー」
全く、本当にこの子は末恐ろしい子です。時に子供は大人よりも残酷だとも言いますが、のーのちゃんは色々な意味で規格外すぎますよ。
エルナちゃんやロディさん、キョウスケの旦那とはまた別の意味で……!
「やれやれ、後で質問攻めにしてやりますよ。旦那、覚えててくださいネ――行きますよのーのちゃん!」
「うおーー!!」
のーのちゃんの可愛らしい雄たけびと同時に、四方八方の気の陰から、轟々と燃え滾る火グマの群れが襲い掛かってきました。
私は即座に【
私自身には【
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