5:55「飛んで火にいる夏の猫」

 文字通り炎天下の世界を歩き回り、私とのーのちゃんは火グマを探します。

 【冷却クーラス】の魔法のおかげで、例え燃えている物でも数秒ほどは手に取っていられますので、炎の森の中を舐めまわすかのように。できるだけわかりやすい、木々の間が広めの道を軸にしながらしばらく進んできたのですが……。


「いなーい」

「いませんねぇ」


 ……ええ、はい。全然いません。


「意外と、ていうか広すぎますよこの空間。森だってどこまで広がってるんですかってレベルですし! でも何か……どこか引っかかるような違和感も感じてるんですよねぇ……。とはいえ、これ以上奥に行くのは私の魔力的にもちょっときつそうです。水分補給して、一旦引き返しましょう」

「ぬうー」


 のーのちゃんはまだまだいけると言いたげですね。

 ですがダメなものはダメ。

 【冷却クーラス】の効果時間は一回につき六時間ほど持ちますが、現在はすでに三時間弱が経過しています。

 森を抜け、元居た場所に戻るだけでも効果時間が切れてしまいますし、何度も連続して使うと体に耐性ができてしまい、効果時間が短くなってしまうという欠点もあります。

 それに忘れてはいけないのが、ほぼ間違いなく戦闘になるということです。

 今はできるだけ、魔力消費を抑えておきたい。一つ策もありますし、見晴らしのいい場所まで出ておきたいのです。


「はい、のーのちゃんの分です。場所が場所ですから、水分補給はしっかりしておかないとですよ」

「ごくごく」


 のーのちゃんに水稲を手渡して、私は来た道を振り返ります。

 ちゃんと戻れるようにと、燃える木の幹に引っかき傷をつけておいたのですが……。


「よし、ちゃんと跡は残ってるみたいですね。それにしてもこの木、本当にずっと燃え続けてますが、一体全体どういった原理なんでしょうね?」

「世の中は不思議がいっぱいなのだー」

「ですねぇ」


 のーのちゃんのノリもあってか、状況のわりにいまいち緊張感がわいてきません……気張りすぎるよりはいいのかもしれませんが、これはこれで少々考え物かもしれませんね。

 私も一応冒険者としての資格を持ってはいますが、本業の役立たせるための勉強目的が主なところでしたから、こうして実際に冒険に出るというのはかなり久しぶりです。しっかり気を引き締めていかなくては。


 頬っぺたを両手でもって軽く打ち、気合を入れなおしたところで、私たちは元いた火山のほうへと歩みを進め――――ようとした、その時。


「あーにゃん! みて!」

「はい?」


 のーのちゃんが指さしたのは、私たちが進もうとしていた……ここまで辿ってきた獣道。

 よく目を凝らしてみると、かなーーり遠くのほうに何かが見えるような気がします。あれは……何かの塊でしょうか?

 例にもれずゴウゴウと燃えているのでよくわかりません。


 しかし私が確認してすぐ、炎の塊は森の中へと入って行ってしまいました。

 バキバキバキと、木の幹を無理やり押し倒すような不穏な音を響かせながら。


「! のーのちゃん、もしかして」

「げんじゅーさん?」

「かも。でもここでですか……とにかく追ってみましょう」


 依然木々を倒し続け進んでいるのか、炎の森には轟音が響いています。

 私たちは根元から追っていこうとして、のーのちゃんが初めて見つけた地点まで足を進めていったのですが……私はここにきて、先ほど感じていた違和感を思い出します。


「あれ?」

「あーにゃん、どーかしたー?」

「いえ、その……私たち、わかりやすいからとこの道を選んでましたよね」

「うん」

「……ですよね」


 嫌な予感がしました。

 いえ、正確には「引っかかった」「やってしまった」という焦り……でしょうか。

 焦りからくる、先に待ち受けているであろう未来の暗視。

 私はそもそもにして、初歩的なことを忘れてしまっていたのです。


「この道……よくよく見てみれば、獣道ってやつじゃないですか。ああ、本当に。安直な自分を呪いますよコンチキショウ!」

「あーにゃん?」

「のーのちゃん! 手をしっかり握っててくださいよ!」

「ふえっ――わあ!」


 森の中に、それも人が絶対に入らないような場所に一定の広さの道がある。

 どう考えてもおかしいじゃないですか。

 そうです、きっとこの道は普段から火グマがよく使用する道。

 私たちはそんな場所に、あの緊張感のないノリのまま来てしまったというわけです。

 いきなり灼熱の火山に放り込まれ、下って行った先にわかりやすい入口がある……誘いこまれたと言えば聞こえはいいかもしれませんが、よくよく考えてみればあからさまでした。

 むしろなぜ、違和感を感じていながらそれに気が付かなかったのかと。


 のーのちゃんの手を蒸れるほどギュッと握りしめ、私は来た道を戻ります。

 あの炎の塊。あれがおそらく、私たちが探し求めていた敵さんでしょう。

 でしたらまず間違いなく、先ほどのことで私たちを補足したはずです。

 そう、間違いなく……絶対に逃がしてはもらえないでしょう。いえ、逃げる気など毛頭ありませんが、それでも場の優位性というものがあります。

 炎の森の中は視界も悪く、私たちが行動できる範囲も限られてしまう。そのうえ相手は炎をまとった獣です。

 どう考えてもこの場で向かい打つのは難しい。

 どういった意図があるのかはわかりませんが、木をなぎ倒す音はだんだんと遠くに行っているように思います。

 それなら今のうちに、できるところまで走るのです。

 確かもう少し行ったところに小さな広場のようなところがあったはずです。

 相手に捕捉されている以上、また必ずこちらには向かってくるでしょう。

 その前に何とか迎え撃つ準備を!

 ですが……ちょうどその広場へ差し掛かった時。


「音が……近づいてきてる!?」

「あーにゃん見て! うしろ!」


 後ろ。

 のーのちゃんがそう言って指示したのは、燃え盛る炎で封鎖された道。

 正確には、倒された木の葉部分が獣道へ覆いかぶさっていました。


「前も!!」

「っ!!」


 バキバキバキと、重っ苦しい音を立て眼前で倒れる炎の木。前も後ろも封鎖され、絶対に逃がさないとばかりに炎の壁が立ちはだかりました。

 それと同時に、木々を倒す音が収まります。


 直径約十メートルほどの小さな広場。

 この敵さんの餌だらけの、灼熱の炎に囲まれた円形闘技場で、とうとうヤツと……火グマさんとのご対面です。


「ぐるるるるる……」

「ご丁寧に、ここまで引き戻してくれたって感じですかねぇ。そこは素直に感謝しておきますけど……いい気分はしない、ですね」

「あーにゃん、ののもじゅんびおっけー」


 一歩前に出て、背に背負っていた身の丈とほぼ同じサイズのオノを構えるのーのちゃん。

 さすがは一応現役の冒険者さんといったところでしょうか……それともただのおてんばさんでしょうか。物おじせずに向かっていこうとする姿勢は、私のほうが見習わなければいけませんね。

 私もあせっていた心を深呼吸で鎮め、敵を撃つことに集中することとします。


 そうです。

 何も変わらない……敵を倒そうと乗りこんだつもりが、ちょっと囲まれてしまっただけです。

 まあ、致命的なことに変わりはありませんが、私たちのやることも変わりません。

 目の前の敵を撃ち、エルナちゃんの道を拓くのです!


「よーし……行きますよ、のーのちゃん!」

「おおー!」

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