5:54「四分の一」

 ミァの話によると、この空間の主であった幻獣はライオンの形をしており、屈強な体躯を駆使した物理攻撃に加え、土属性の簡単な魔法を使ってきたらしい。

 おまけに頑丈ときたもんだから、かなり体力を削るのに苦労したそうだ。

 それでも何とか倒し切ったのが、俺たちに見つかる直前のこと。

 倒した幻獣は、直後に魔力の渦に体を覆われると、先ほどミァが持っていた紫色の結晶へと姿を変えたのだ。

 そして地面に落ちたそれを拾いあげようとして手に取ったところ、結晶から流れ込んできた幻獣の力に、魔物化していたミァの体が呼応して、精神を蝕んでいった。

 一言でいうなれば、体を乗っ取られたといったところだろうか。

 だからオレがミァの手を斬ったことで結晶とのリンクが途切れ、正気に戻ったということのようだ。


 ロディと共にここまでの話を聞いた後。

 オレはロディから結晶を受け取り、それを聖剣の一閃でもって粉みじんにしてやった。

 ウチの大事な一人メイドをたぶらかしてくれた礼にしては少々物足りないくらいだったが、そこは我慢しておいてやろう。

 そんなことを心のうちに思っていると、不意にぐにゃりと視界がゆがんだ。


「おぉっ?」

「あらあら?」

「空間がゆがんで……」


 まるで混ぜ合わせる途中の絵の具であるかのように、不規則に並ぶ色が上下感覚を狂わせる。

 しかしそれもほとんど一瞬の出来事。

 気が付いたときには渦の外――渦があった森の中に出てきており、ここまで案内してくれた兵士のにーちゃんが、驚愕のまなざしでじっとこちらを見つめていた。


「――あ! 失礼しました! おかえりなさいませ。ミァ殿も、ご無事で何よりです」

「お騒がせしました。状況はキョウスケ様から伺っています」

「おう、ご苦労さん」

「!! 英雄殿、その左手は……ハッ! ミァ殿も!?」

「あー……まあ、幻獣にな」


 まあ、食いつかれちまったからには仕方がない。

 中でミァとやりあったことを言ってしまうと話が面倒なことになりそうだったので、二人とも幻獣の攻撃でやられたことにしてその場をやり過ごす。

 『幻獣の野郎に乗っ取られていたミァの攻撃』で失ったのだから、嘘は言ってない。


「手の方は、いろいろ当たってみてダメだったら義手でも作ってもらうさ。それよりどうだ? 外で何か動きは」

「はい! 今のところこれといった動きは見られません。他の渦に関しましても、未だ健在と思われます!」

「そうか……オレらが一番乗りってわけだ」


 元々ミァが先に入っていたため、出てくるのが一番早くなるということは予想がついていなかったわけじゃねえ。

 気を失っていた時間がどれほどだったのかはわからないが、まだ日が昇りきっていないことを考えてみれば、そこまでの時間は経過していなかったのかもしれねえ。


 そしてオレたちがミァを助け出したことで、同じ渦に後発で入っても同じ空間に飛ぶことができるということは立証された。

 他の渦が同じかはわからねえが、この後に起こす行動の候補として一つ……。


「他の加勢に行くかどうか、だな」

「ならエルちゃんのところに!」

「まあまあ待てってロディ。つか恵月んとこにはエィネがいるだろ? 行くなら先にのーのちゃんとアリィのとこだ」

「あっ……そうだったわね。えいちゃんとファル君がついてくれてるものね。うん。大丈夫、大丈夫よぉ……」

「か、顔が大丈夫じゃなさそうだな」


 ロディは視線を下に、眉間にはしわを寄せ、「大丈夫、心配はいらない」と必死に自分に言い聞かせているようだった。

 心配なのはオレも大いに共感するところだが、ロディって前からこんなに心配性だったっけか?

 元の世界でのことはもう二十五年も前であるがゆえ記憶が定かではないが、ここまでではなかったような気がする。

 子離れしろとは言わないが、あまり過保護すぎるのも考え物だ。


「だがそれはそれだ。加勢に行くかどうかは、ミァ。お前に尋ねたい」

「私。ですか?」

「ああ、頼む」


 ロディにあんなことを言いはしたが、オレとて人の親だ。

 かわいい息子と娘を助けに行きたいという気持ちは大きい。

 エィネがいるから大丈夫。そうは思っても、心配かどうかと聞かれれば心配だというのが本音だ。

 この感情は絶対に後々に響いてくる。


 そこで、いざとなった時には切り捨てることもできるミァに、この場の主導権を譲ったというわけだ。

 こいつも最近やたらと恵月のことを気にかけてるようだが、やるときはやる。そういう男の娘だ。

 冷静に、俯瞰して物事を言えるやつの意見であるならば、ある程度踏ん切りがつくってもんだろう?


「……待機しているのが得策かと」

「ミ、ミー君?」

「落ち着けロディ。気持ちはわかるが、訳を聞こうぜ」

「理由は色々とありますが、大きいのは私とキョウスケ様が片手の状態であることと、回復しきれない精神的な疲労。そして体力といったところでしょうか……片手を失ったことによるハンデは大きいです。使えないだけでなく、体のバランスも微妙にずれたことにより、思ったような動きができなくなってしまいますから。それに加え、回復魔法で癒すことのできない精神的な疲労が重なり、普段は犯さないようなミスを犯す危険性も高まっています。今下手に加勢に加わったところで、足手まといになる危険性のほうが大きいと判断しました」

「……なるほどな」


 確かに言う通りか。

 下手に左手を使おうとして隙を作る。ミァの話を聞いていて、そんなどうしようもない未来が透けて見えるようだった。

 それにミァは、昨日からずっとあの異空間に捕らわれていた。

 精神的な疲労と体力の消耗は、オレたちの比じゃないはずなんだ。


「仕方ない。か……ロディを危険に合わせたくもねえしな」

「はい。それもありますが、回復魔法が使える人物が一人は外にいたほうがよろしいでしょう」

「だな。ロディも、それでいいか?」

「むぅ……わかったわぁ」


 渋々だな。

 まあ、納得してくれたならそれでもいいか。


「よし、じゃあしばらくはここで休憩だ。少し体力を回復してから、アリィとのーのちゃんが向かったほうの渦に向かい、二人が出てくるのを待つ。んで、もしものことがあれば中に入るくらいの気持ちでいてくれ」

「承知しました」

「わかったわ」



 * * * * * * * * * *



「のーのちゃん、大丈夫ですか」

「だいじょーぶ」


 作戦開始の合図で渦に飛び込んだ私。アリィとのーのちゃんが放り出されたのは、灼熱の火山の上でした。

 空は赤みのある雲が覆いつくし、山肌のあちこちから煙が噴出しています。

 それなりに高い位置であるのか、下を見下ろすと炎の海のようなものも見え、まさか地獄にでも来てしまったのではないかと、一瞬錯覚してしまいました。


 しかし一つだけ幸運といえるのは、ここにいるのが私でよかったということです。

 この環境下で動ける支援魔法を使えるのは、あのメンバーでは私だけでしたから。

 正直この暑さ……いえ、熱さは暖かいところが好きな私ですらかなりきついものがありますが、そんなことは言っていられません。

 私は自分とのーのちゃんに暑さ対策の【冷却魔法クーラス】と、噴出する有毒ガスの対策に【浄化】の魔法をその場で施した布切れを口元に巻き、探索を進めることにしました。


「まったく誰ですか。こんな暑苦しい場所に住んでるあんちきしょーは!」

「あんちきしょー!」

「……まぁ、予想はついてるんですけどねぇ」

「おー? あーにゃんすごーい」

「ぬっ! のーのちゃん、今のもう一回」

「あーにゃんすごーい」

「あーにゃん! その響き最高ですっ!」


 幼さとかわいさを併せ持ったこの子はもはや犯罪級ですね!

 エルナちゃんに引けを取らない可愛さを感じました!

 っと、いけないいけない。少し気がそれてしまいました。


「ここにきて、思い出したんですよ。前にロディさんがお話ししてくれたエルフの里のこと」


 私たちは今、火山を下に下にと降りて行っています。

 それはあること――炎の海に見えたそれが、木であるかを確かめるためでした。

 そしてたった今、私たちはそれを確認したのです。

 見渡す限りの炎の森が眼前に広がっていました。見てるだけでも目がチカチカしますし、火傷してしまいそうです。


 森や山の中に生息し、炎に関係している幻獣。

 このことから真っ先に思い浮かんだのが、ロディさんの話に出てきた『火グマ』と呼ばれる幻獣なのでした。


「火グマは炎を食べるともいわれています。本当にいるんだとしたら、この空間はまさに天国と呼べるものでしょう」

「天国……ののにとっては、じごく」

「全くです! さっさと終わらせて、青い空を見るんですよ!」

「おー!」


 こうして私たちはある程度の予想を立て、目的の幻獣探しを始めました。

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