5:41「賢者の秘術?」

「ゴロ? ――――ってはぁ!?」


 頭上を見上げてみると、宇宙空間には似つかわしくない雷雲が浮いていた。

 風に切り刻まれるのは嫌だが、雷に撃たれるなんてもっと御免だ。

 しかしこれがまた面倒なことに、俺が移動するとご丁寧に雷雲様も追っかけてくるようで……。


「くっそ!」


 追ってくるのであれば、足を止めてはいけない。意味があるかはわからないが、じっとしていたら的になるだけ。

 立ち止まった瞬間に、ドカンと撃たれて終わりだ。

 そういえば忘れていた。母さんの適性属性のこと。

 いつもは使い勝手のいい風か、時々水くらいしか使わなかったから、まさか他の属性攻撃を仕掛けてくるとは思いもしなかった……確か『炎・水・雷・風・光』だったか?

 五属性持ちは卑怯だろ!


 必死に、でも母さんを見失わないように、大きく円を描きながらとにかく走る。走りながら、どうにか反撃の機会をうかがう。

 時折落ちてくる稲妻に体を震わせ、数発に一度髪の毛をかすり、服にかすりを繰り返す。


 そしてそうしているうちに、ひとつ発見したことがあった。

 雷雲が現れてから、母さんは一歩も動いていないようなのだ。

 顔は俺のことを追いながらも、彼女自身はくいくいと腕を怪しげに動かしているだけ。

 雷雲は母さんの手動操作でもって、俺を追いかけてきていると言う事なのだろう。

 そしてそれには相当の魔力コントロールが必要なのか、その場から動くことすらできなくなると。

 分かってみると不便なものだ。

 いや、前衛がいればかなりの脅威になりえるのだが。


 生憎今は一対一。

 手動だというのなら、雷を落とせない場所まで走ってしまえばいい。

 操っている母さんの元へ!


 ぐるりと四十度ほど体を回し、母さんへ向かって一直線に走りはじめる。

 母さんはそうはさせまいと落雷の回数を増やしてきたが、落とすときも手を使ってコントロールしているようなので、ある程度は予測が付いた。

 一歩ずつ順調に接近していき、あっという間にその間合いを詰めていく。

 そしてあと三歩というところまで来て、杖を構えたその時。


 ――カッッ!!


「!?」


 何が起こったのか。

 目の前が突如真っ白に――いや、これは……光?

 眩しさのあまり目を細め、つられて足の動きが鈍る。

 直後、頭から右半身にかけて焼けるように強烈な痛みが走り、大きく上下にゆすぶられたような衝撃に見舞われた。


「――――ッ」


 間違いない。撃たれた。

 身体が倒れる。

 光属性の魔法を利用した目くらまし……ってところだろうか。

 ああ、くそったれ。

 そんな単純な手にはまるなど……って、俺も別に戦いなれてる訳じゃないし、仕方ないとは思うんだけどさ。

 かろうじて意識は保っているが、体の感覚が限りなく薄い。先ほどまでは働きすぎなほどに働いていた痛覚も、今はかなり鈍くなっているようだった。


 それから三十秒ほどで視界が戻ると、目の前には母さんの顔があった。

 相変わらず目は開いておらず不気味である。

 とうとう捕まってしまったらしい。

 体が動かなくなっているからか、それから乱暴をしてくる様子はない。

 むしろ膝枕をして、ご丁寧に頭をなでてくれている。

 この感じはそう、いつもの母さんのような……そんな安心感がある。

 何故だ?


 母さんの負の人格が一体何を求めているのか、本気で分からなくなってくる。

 いつの間にか頭をなでる手に魔力が帯びており、傷ついた俺の体を回復しようとまでする始末だ。

 徐々に体の感覚が戻る中、もう一度母さんの顔色を確認してみるが、やはりまだ意識を取り戻している様子はない。

 負の人格に打ち勝って戻って来たという訳ではなさそうだ。


「母さん」

「……………………」


 返事がない。

 やはり意識はないらしい。

 だが母さんの頬に手を持って行ってみると、心なしか微笑んでいるようにも見える。

 わからない。

 俺のことを強く望んでいることは理解できるが、それが何を意味するのかは全く理解が及ばない。

 でもそれでも、今また抵抗しようものなら、母さんは再び俺に攻撃を仕掛けてくるようになるだろう。それではダメだ。


 ……油断していて、且つ密着している今がチャンスか。


「ごめん……極力傷つけないって思ってたけど、やるね」


 頬に触れている右手で【猛火弾フレア・バレット】を放った。

 同時に頭をなでてくる手を、空いている左手でつかみ、右手は続けざまに無詠唱の火の玉を何発も放ち続ける。

 確実に当て、呪いの付与確立を上げるためだ。

 何発も何発も、とにかく反撃がこない限りそのまま打ち続ける。

 そうして十発目の火の玉がヒットしたとき、なんとなくその感触が違う気がした。


 火の玉に宿っている魔力が、そのまま母さんの中に入って複雑に絡まっていったような、不思議な感触。

 グレィの時は感じなかった、『アタリ』のサイン。

 直後に母さんは反撃を起こそうとして俺の脇腹へ手を持って行っていたが、何も起こらないことで確信した。


 俺はここで攻撃を止め、左手を離す。

 先の反撃が最後のあがきだったのか、母さんはその場に倒れるように気を失ってしまった。

 咄嗟に体を受け止め、今度は俺が母さんに膝枕をする形となる。

 手ひどくやってしまった顔を確認すると、幸いというかなんというか……案の定傷だらけであったものの、持ち前の治癒能力のおかげか思っていたよりひどい惨状という訳ではなかった。

 普通だったらぐちゃぐちゃになっててもおかしくないと思うんだけど……まあ、ひとまずはよかった。

 こちらの世界での傷が、現実の体に影響を及ぼさないとも限らないし。


「終わったかの」

「まったく、ヒヤヒヤさせるね……」

「あぁ、お二人とも」


 母さんが戦闘不能になったのを見てか、賢者の二人も再び俺たちの元へ駆けつけてきた。


「さて、詳しい話はあとで本人から聞くとして……始めるよ」

「お願いします」


 シーナさんがそう言って、俺のすぐ目の前に座った。

 こうして至近距離で見るとますます数千歳のおばあちゃんだなんて信じられないほどの美貌だ。

 ただ若々しいだけじゃない。凛として威厳に満ちた佇まいが、外見の美しさをさらに際立たせている。

 自分も将来こんな風になれるだろうかと、ちょっと羨ましくなってきてしまう。


「まずは、メロディアの額に指先を触れさせてみな。できれば利き手で、触れる指は一つでいいよ」

「……あっ! はい」


 いかんいかん、見惚れてしまっていた。それどころじゃないというのに。

 シーナさんの言う通り、俺は右の人差し指を母さんの額に持って行く。


「そうしたらゆっくりと、触れた先に意識を集中させるんだ。深く、この子の頭の中に入り込むイメージ」

「…………」


 母さんの中に……。

 指先に集中して、そのまま頭の中に。


 意識を丸ごと、腕から指先へ……しばらくそうしていると、無意識に魔力までもが集中し、指先が青白く輝き始める。

 すると同時に、俺の周りで精霊たちがキラキラと輝き始め、俺の体を包み込み――――突然、気絶しそうになるほどの激しい頭痛と目眩に襲われた。


「ぐぁっ!?」

「耐えるんだ! まだ意識はあるね!?」

「く……は、はい……」

「よし! アタシに続きな!」


 続けって……まだなにかあるのか。

 いや、なきゃ困るっちゃ困るけど。

 今にも気を失いそうになる中、とにかく指先は集中し、耳だけをシーナさんへ傾ける。そして。


「〝スフィーリアム・レムル・ジーィラ〟」

「ス……――スフィーリアム・レムル・ジーィラ!」


 目眩も頭痛も吹き飛べと、そんな勢いの余った声が響かせた直後。

 思い通り症状が消え、意識が何かに運ばれていくような、とても不思議な感覚に見舞われた。

 恐らくは瞬きするほど一瞬の時間。

 それでも体感としては、およそ十秒ほどはあっただろうか。

 今度は直感として、『それ』が伝わってきた。


 恐らく今俺の意識があるのは……母さんが第二の試練に挑んだ場所。

 つまりは母さんの心の中。

 だが、ここは……。


「屋敷の廊下だ……ここは、母さんの部屋の前?」


 間違いない。

 だって目の前の扉に『お母さんの部屋』って書いてあるもん。

 となると、母さんはこの中にいるのだろうか。

 なるほど……やることは大体わかってきた。

 つまりは自力で母さんを連れ戻せと、そう言うことだろう。

 賢者の秘術というにはいささかアナログ感が否めないが……俺、何か間違えたんだろうか?


 しかし、今はそんなことを考えてる暇はない。

 俺はごくりと息を呑んでから、扉を軽くノックし、ドアノブに手をかけた。

 そしてその先に飛び込んできた光景を前にして――


「ヒィッ!?!?!?!?」


 てっぺんからつま先まで、ありとあらゆる場所に鳥肌が立ってしまった。


 何故かって?

 ……母さんの部屋に置かれている、人形、ぬいぐるみ、はたまた家具やじゅうたんに壁紙まで――どれだけ妄想したらこんなものが具現化するんだというほどの、無数の『エルちゃんグッズ』に囲まれて、母さんが幸せそうな寝息を立てていたからだ。

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