5:40「エルナVS.メロディア」

「母さんを、救う……!?」

「その通りだ。方法は教える」


 この状況、二人が言っていることから察するに、母さんは第二の試練を越えられなかったということか?

 まさか母さんに限って……一番得意そうな分野なのに。

 一体何なんだ? 母さんを貶めた負の人格ってやつは。


「お、おいアリュシナよ……本当によいのか!」

「おじいさん?」


 何かを躊躇している様子のおじいさんに、俺はちらりと疑問の目を向ける。

 俺に任せて大丈夫なのかという不安だろうか?

 それだったら理解できるし、ごもっともだと思うが……どうもそうではない様子だ。何か別に気がかりなことでも?


「ジジイ、そのくらいにしときな。それ以上はこの子たちの覚悟を侮辱することになるよ」

「ぬ、ぬぅ……」


 覚悟を侮辱する。

 そう聞いて引き下がるおじいさんだが、やはり気は乗らない様子。

 思えばここに来てから、基本的な進行はおじいさんよりもシーナさんが仕切っている。ここはおじいさんの精神世界なのだから、他人に任せるよりも自分でやった方が都合がよさそうなもんだが……何か理由でもあるんだろうか。


「はぁ。とはいえ、一応伝えておく必要はある。かねぇ」


 あまりにおじいさんが浮かばない顔をしているからか、シーナさんがため息混じりにそう続けた。

 母さんが襲い掛かってくる様子がないが、そんな悠長な……と思わなくもないところだが、その答えは、先ほどの疑問とまとめてすぐに返ってきた。


「エルナ、メロディアはまだ、こちらから手を出さない限りしばらくはそのまま突っ立ってるはずだ。……これからアンタに賢者の秘術の一つを教える。ただこれを覚えたらもう後戻りはできないよ。それでもいいかい」


 後戻りはできない……か。

 要は賢者の秘術とやらを習得したら、もうその道から逃れることはできないということらしい。

 おじいさんは俺がその道を歩むことを快く思っていないと。

 数千年を生きる苦しみを知っているだけに、他人に同じ道を歩ませたくないという思いからの言葉だったんだろう。

 確かに、それならおじいさんのその思いは侮辱にもなり得るものだ。

 母さんもそうだが、そうも心配されてはこちらとしても気分はよろしくない。


 何よりも、元々その覚悟を決めて試練に挑んだんだ。

 いいも何も、最初から答えは出ている。


「はい。大丈夫です!」

「よく言った」


 シーナさんへ返事を返し、俺は再び母さんと向き合う。

 さっき言っていた通り、母さんは今顔を伏せている状態でただただ立ち尽くしている。さっきまでの俺と同じ状況……その更に先にある、人格改変段階と言ったところか。

 動き出すまでに秘術を習得し、母さんを元に戻してやらなければならないということか。時間はあまりなさそうだ。


 絶対に助け出す。

 自分にそう言い聞かせ、シーナさんに教えを乞おうとした、その時――。


 ―――ひゅっ!


「っ!?」

「なっ!」


 母さんの右手が、俺に向かって一直線に伸びてきた。

 咄嗟に後ろへ飛び退き回避するが、それから何度も何度も、母さんは俺に向かって手を伸ばし、払い続ける。

 一体何がしたいのか訳が分からない。杖を出す様子はないし、目も瞑っている。

 まだ秘術のひの字も教わっていないという状況下で、俺はただ逃げることしかできない。


「ちょっ、母さん!」

「どう言う事じゃ!? あやつの意識、自然に浮き出てくるにはまだ早すぎるぞ!」

「……そういうことかい」

「アリュシナ、何かわかったのかの?」

「ったく……よく見てみな。メロディアのヤツ、エルナを捕まえようとしてるだろう。でも目は開いてない……あれはたぶん無意識だ。試練の最中、負の人格が起こした行動に関係してるんだろうね。だからエルナがこうやって戻ってきて、無意識のうちに体が求めちまってるのさ」

「あぁ、なるほどのう」


 やれやれ顔でおじいさんに説明を施すシーナさん。

 おじいさんも、これに長いヒゲを擦り、悠長に納得の意を示している。

 無論その間も母さんの魔の手は俺を襲い続けている。

 しかも先程からなんだかどんどんとスピードが増してきているようなのだ。精神世界とはいえ、全く消耗がないわけではない。むしろ魂むき出しの状態であるがゆえ、通常よりも精神的消耗は激しいといえる。

 これまで二つの試練で散々酷使してきただけあって、俺自身にもあまり余裕はない。集中力が一瞬でも途切れれば、俺は捕まってしまうだろう。


 つまるところ、早く対処法を教えて欲しい。


「ふっ! 二人で納得してない、でぇ! どうしたら、いいのかっ! 教えてください――よぉ!!」


 息は切れないが、正直もう結構きつい。

 そんな心の悲鳴がこもった叫び。


「まずはメロディアを戦闘不能にするんじゃ!」

「ふえっ!?」


 母さんを倒せだと!?


 いつの間にか、少し離れたところに避難しているおじいさんがそう言うと、以前ルーイエに来たときの……最後の修行が頭をよぎった。

 あの時も母さんと急に戦えと言われ、俺は負けた。

 それから屋敷に戻って、メイド服を着せられ……って、今そこは関係ない。


 確かにひとまずこの状況をどうにかするには、母さんを一旦おとなしくさせる必要はある。

 だが勝てるのか?

 ……いや、勝たなきゃいけないんだよな。


「しょうがない……なぁ!!」


 勝たなきゃならないなら、勝つしかない。

 よくよく考えてみれば、討伐隊から劇的な変化も何もなかった母さんは、ステータスも当時のままほぼ据え置きだ。

 気をしっかり持っていれば、勝てない戦いじゃない。

 ……ちょっと試してみたいこともある。


 そうと決まればと、俺は右手に杖を精製した。

 長々とやっている時間もない。

 目指すは出来る限りの短期決戦――あとは俺の『運』次第だ。


 足を止め、両手で抱き着くようにして襲い掛かってくる母さんを避ける。左足を左斜め前に、右足は左斜め後ろに――そうして俺がいた場所を素通りした母さんの背後を取った。


「まず一発目!」


 術式を使わない、少し弱めの火の玉を背中へぶつける。

 走っていた勢いもあってか、背中へ衝撃が加わった母さんは前のめりに転倒する。

 しかし数秒とおかずに立ち上がり、再び俺の方へ首を回してきた。

 目を閉じたまま、だが確かに俺の目を見ている。

 そしてその目つきが、先ほどとは違う気がした。

 何を言っているかわからないかもしれないが、なんだか過激になったような感じがするのだ。


「……かぜ、さん」

「――!!」


 母さんの口から出た言葉に、俺はバックステップを踏み距離を取る。

 その直後、俺の目の前をこれでもかという数の【剛風刃】が空間を切り裂いた。

 かまいたちで出来た壁とでも言おうか。当たっていたらとてもじゃないが立っている自信がない……この世界で死ぬことはないだろうが、一発KOだったことは間違いないだろう。


 これは俺が思うに、捕まえるなんて生易しいもんじゃない……何が何でも手に入れるために手段を択ばない。かなり病んでる方面のヤツだ。

 思い通りにいかないから、思い通りになるように――物言わぬ骸となり果ててでも手に入れるとかいう。


 つまりこれからは、母さんも全力で俺を殺しに来る。

 そう判断したところで【剛風刃】の壁が晴れ、同時に四発の【アクア・バレット】が飛んできた。


「風よ逆巻け!」


 俺が短く叫び、杖を前に構える。

 【反乱の風ウィンドウォール・レヴィリオン】の短縮した術式だ。

 これはレベル35で短縮できるため、今の俺なら使い勝手がいい反射魔法になる。

 とはいえ、全てとはいかない。反射できるのは一種類に限られるし、手の内が分からないといけないというのが欠点。

 だから後出しができる状況においては、事を有利に運ぶことが可能な魔法だ。


 【反乱の風ウィンドウォール・レヴィリオン】が発動し、四発の【アクア・バレット】はこれによって跳ね返される。

 跳ね返るのを確認すると即座に解き、母さんがどうなっているのかを確認する。


「……ダメか」


 即座に回復を施し、先程はなかった杖を構えていた。

 まあ、ピンピンしておられた。

 見るに四発ともちゃんと『当たって』たっぽいんだが……やはり俺は運がない。


「物欲センサーってやつかね……いざ故意に『呪おう』とすると、上手くいかないもんだ!」


 先ほど俺はちょっと試したいことがあると言った――それは母さんにこの【王の声】という呪いをかけ、解呪すること。

 母さんは実の母親だ、できることなら傷つけたくはない。

 できるだけ傷付けず、しかし確実に戦闘不能にするために、俺はこの手段を選ぶことにしたのだ。


 この呪いがあったままじゃ、グレィと『隣』に並ぶことはできないから。


 母さんをその実験台にするのはちょっとばかし心苦しいところはあるが、致し方がない。


 数うちゃ当たる……でもできるだけ最小限に。

 次の攻撃に備えて魔力を練り上げた――その時。


 ゴロ……


「?」


 頭上から何か、雷のような音が聞こえた。

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