5:26「行動開始」
「さて、意気込んだはいいが」
ほどまでの優しくも頼もしい姿が一変、親父は大きなため息をつきながら後ろを見る。
その視線の先にあるのは言わずもがな、半壊した俺たちの家だ。
「まずはコレ、なんとかしねえとなぁ……」
「きょー君、みんな。少し離れてて」
何とかしなければと、トホホ顔の親父の前に名乗り出たのは母さんだった。
俺たちは言う通りに五メートル後ろに下がるが、親父だけは疑問を浮かべながら母さんに問いかける。
「ろ、ロディ? 何をするつもりだ?」
「エルちゃんが無事だってわかったのなら、もう出し惜しむ必要もないじゃない? だからぁ~」
「なっ!? まさかおま――」
「風さんっ!」
母さんが掛け声とともに、両手を天高くふり上げる。
すると直後に巻き起こされた暴風が、瓦礫の山を上空に吹き飛ばした――その中に埋もれていた家具や私物もろとも。
「ミー君、お願い!」
「御意!」
離れていたミァさんに指示を出す母さん。
ミァさんは答えながら地面を蹴り大きく跳躍すると、瓦礫を踏み台にしながら巻き上げられた物の中から使えそうな衣類だけをひょいひょいと回収し、元の位置まで戻って来た。
続いて母さんが風を操り、瓦礫同士をぶつけて細かく砕いていく。
そして砕いた瓦礫をこれまた風に乗せ、庭の端まで運び落としていく。
とは言え、三階建ての屋敷のほぼ半分の領。
端から積み重ねるように落としていった瓦礫は庭の三分の一ちょっとを埋め尽くしていた。
いや、むしろ三分の一で済んだと言うべきか。母さんが器用に、ほぼ隙間なく積み重ねたおかげでその程度で済んだのだ。
「さっ、これで色々やりやすくなったんじゃないかしら♪」
「やりやすくじゃねぇよぉ!」
「あらきょー君、どうしたの?」
「あの中には色々あったんだよぉ! オレが二十年前に集めた歴史書とか資料とかあの本とかいろいろぉ!」
「あらっ! それはごめんなさいっ」
しまったと両手で口を押さえる母さんに、両手両膝を落とし、落胆する親父。
崩れた中には資料室も含まれていたため、その辺がまとめてダメになってしまったかもしれないのだからこれは仕方ないだろう。
もっとも、落胆している理由の大部分はあの本――もとい、アルカナメモリアの原本なのだろうが。
まあ、どの道全部拾い上げるのなんて無理な話だし、生活に関わる衣服を優先して回収するのは理解できる。
残りの荷物を避難させようにも一度瓦礫はどかさなければならなかったわけで……一概に母さんを責め立てることもできないだろう。
「さ、探す?」
「それには及びませんよ。奥様、キョウスケ様」
「ミァ……?」
普通は両手に持ちきれない……顔が隠れるほどの衣服を抱えたミァさんが割って入ると、落胆していた親父がそっと顔を上げる。
ミァさんの言っていることが理解できなかった親父はそのまま首を傾げてしまうが、彼が抱えている服の山のてっぺんにあるものを見つけたとたん、親父の顔に再び生気が宿った。
俺も見覚えのある赤い背表紙――アルカナメモリアの原本だ。
「お……おぉおぉ!」
「他はまた手に入りますが、これは私とガレイルさんにとっても大事なものですからね……何とか見つけることができて何よりでした」
「マジでありがとよおぉぉぉぉ……」
本当に、先ほどまでの大黒柱然とした態度は何処へ行ってしまったのか。
いい年したおっさんが、メイド服を着た男の娘に泣いて感謝している。
真面目に見ていたらドン引きしてしまいそうな光景を前に、俺はそっと視線を逸らしておくことにした。
そうしてしばらくして親父が落ち着いた頃。
「ふぅ……じゃあ、改めて今後について話すぜ」
まるで開き直ったかのような清々しい限りのキリッとした態度を見せ、親父は放し尾進めようとしていた。
今更そんな風に見繕おうともう手遅れである。
……が、そんなことは決して口に出さず。若干口元が引きつったまま、俺は親父の次の言葉を待った。
「恵月、クラウディア卿にもらったカード、持ってるか?」
「え? えっと、確か部屋に置いたままだけど……なんで?」
「グレィが飛んで行ったのは南――セレオーネ王国の方だ。あのカードがあれば、クラウディア卿に協力を仰ぐこともできるだろ?」
「!!」
ラメール・ソル・クラウディア。
確かあいつは伯爵家の若頭。彼の爵位を利用すれば、確かに有力な情報をいち早く手に入れることも出来る。
協力してもらえるのであれば、これ以上になく心強いだろう。
だがしかし……。
「でも、カードも瓦礫の中に……」
「だろうな。だから皆は、これから荷物をまとめてフレド孤児院に向かってほしい。オレはその間に町に出て、家のことを何とかする」
「孤児院に?」
親父が言う家の事は、壊れてしまった分の再建やらの事だろうが、何故あの孤児院に?
そりゃ子供たちに会えるのは嬉しい限りではあるものの……ああ、そう言えば色々悩んでたから、あれからまだ一度も会いに行ってないなあ――って、そうじゃなくて。
うーん、マレンさんに用事とかかな?
「マレンはクラウディア卿の妹だ。あいつも連絡手段として【
「な……なるほど」
言われてみて納得する。
あのカードは一枚100万はくだらない物であるが、一目惚れした女にひょいっと渡してしまうほど彼は財産を持っている。
それであれば、気にかけている実の妹に渡していないというのは確かに考えにくい。
別荘があるネリアまでもかなり距離があるし、それでなくても何らかしらの連絡手段は持ち合わせていそうだ。
「義父さん、僕もレイグラスで協力を仰ぎましょうか?」
「いや、できればそれは避けたい。事と場合によっちゃあ、グレィが死んだはずのドラゴンだってバレちまうかもしれねえ。知らせるにしても、もう少し時間がたってから。それもオルディにだけだ。……レーラちゃんのこともあるしな。折角の吉報を台無しにするわけにもいかねえ」
「……わかりました」
情報源は多いに越したことは無いが、親父の言う通りレイグラスの人たちにはあまり知られたくはない。
まだ事件性があるかもわからない段階だし、レーラ姫や国王に迷惑をかけるのは避けるべきだ。
まあ、屋敷のこともあるし、完全にはごまかせないだろうが。ファメールの町でも、先程の様子からしてドラゴンを見たという人はいるだろう。
何にせよ、早急に対応する必要があることは間違いない。
少し申し訳なさそうに俯いているファルの肩をたたき、親父がそっと励ましの言葉を投げかける。
「お前は悪くない。協力してくれようとしたことは素直に嬉しいぜ。ありがとよ」
「義父さん……いえ、僕の方こそ、ありがとうございます」
「おう! つっても、オルディに伝わるのも時間の問題かもしれんがな。ひとまずこれで行こうと思うがいいか?」
親父がみんなを見ながら最後の確認を取る。
俺たちはこれにこくりと頷いて答えると、親父も最後に首を縦に振り、握りこぶしを空高く掲げた。
そしてニカリと歯を見せつけた、男らしく逞しい笑みを浮かべながら、声高らかに行動開始の宣言をしたのだった。
「よっしゃ! それじゃあ行動開始だ!!」
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