5:27「フレド孤児院 再び」

「そんなことが……お屋敷の方から大きな音がして、子供たちも心配しておりました……その、ご無事でなによりです」

「ええ。なんとかねぇ」

「そういう訳ですので、キョウスケ様も後程こちらにいらっしゃいます。また詳しい話はその時に」

「はい」


 フレド孤児院の大講堂。

 前列の長机の方から、母さんとミァさん。それからマレンさんの会話が聞こえてくる。

 ファルは裏門の付近で親父が来るのを待っており、ののは前回来た時に遊んでいた三人の女の子たちと話をしているようだった。

 俺?

 俺はそりゃもちろん、子供たちに癒され……じゃなくて、お世話を任されている。


「やっぱりここは天国だ……!」

「てんごく?」

「おねーちゃん死んじゃうの?」

「ハッ!? 死なない! こんな可愛い子たちを置いて死ねないよぉー!」


 両腕を大きく開き、俺の両脇に座る男の子二人をがばっと胸元に抱き寄せる。

 はぁ、この子ども特有のぷにぷに感もたまらなく愛らしい。

 抱き枕にしたい!

 ……ここに泊まらせてもらえたら一人くらい貸してもらえないかな。


「でへへへ……」

「おねーちゃん! 苦しい苦しい!」

「おっぱい!」

「へへぇ……おっと、ごめんね!」


 本当は放したくないが、苦しいなら仕方がない。

 仕方がない……名残惜しいけど……。

 我慢、我慢するのだ。

 (母さんのおかげで)同じ苦しみを知っている身として、無理強いはできない。

 エルナお姉ちゃんは我慢できる子なのだ。


「ぬ、ぬぬぬぬぬ……」

「お姉ちゃん?」

「だいじょうぶー?」


「ぬぬ…………」


「何何ー?」

「どうかしたーん?」

「だー! やっぱ無理ぃー!!」

「「おわあっ!?」」


 俺が必死に我慢しようとしている姿を見て、きっと子ども達は心配して寄ってきてくれたのだろう。

 だが新たに俺の元へ来た子どもたちを見るや否や、俺は全員まとめて抱え込もうと……いや、もういっそ捕えてしまおうとして、体を大の字にしながら子どもたちに向かって飛び込んた。


 無理です。

 そんなに来られたらお姉ちゃん耐えられません。

 これはもう暴走モード突入です。


 四人の男の子を巻き添えに床へ倒れ込んだ俺は、彼らのすべすべほっぺを自分の頬とこれでもかとすり合わせる。

 あぁ、もうほっぺだけでも可愛い。


「はあぁ可愛い……♡」

「……な、何やってんだ、恵月」

「――ほぇ?」


 頭上から聞こえてきた声に、体が一瞬硬直した。

 それとほぼ同時に子供たちが俺の腕の中から抜け出し逃げてしまい、今度は頭の中が硬直する。

 その二つのプロセスを経て、俺の頭は古びた機械のように、ギシギシと不自然な挙動を見せながら上へ向いていく。

 そこには顔を引きつらせた親父と、口をあんぐりとさせているファルの姿があった。

 暴走モードが途切れた俺の顔面に、体中から熱が登ってくるのが分かった。


「ぁ……――――っっ!!」

「え、エルナさんにこんな一面があるとは……」


 やだもう……死にたくないけど、死にたい。



 * * * * * * * * * *



 親父とファルが合流した後、マレンさんに改めて屋敷が半壊状態であることと、再建できるまでここに止めてもらうことは可能かを相談した。

 親父の話によれば、最低でも二、三か月ほどはかかるらしい。なんでも折角の機会だからと、少しばかりリフォームにも手を付けるからだとかなんとか。


 確かに機会としてはいいかもしれないが、それでここにお世話になる期間を延ばすのはいかがなものかと思わなくもない。

 ……が、マレンさんはこれにニコリと微笑み、胸の前で両手を合わせながら口を開いた。


「えっと……キョウスケ様には以前より支援していただいていますから、お泊りになるのは構いません。き、きっと子どもたちも喜ぶと思います……! 丁度空き部屋が一つありますので、ひとまずはそちらでもよろしいでしょうか……?」

「うんうん! ありがとぉ~♪」

「家事手伝いはお任せください!」

「ホント助かるぜマレン。この様子じゃあ、恵月を子供と一緒の部屋にするわけにもいかねえしな」

「ねえねえ。それどういう意味さ、親父?」


 何故俺が子供たちと一緒じゃダメなんだ!

 むしろ大歓迎なのですが!

 ぜひそうして欲しいくらいなのですが!

 ……な、なんだそのアブナイ子を見るような目は。ファルも苦笑いしてるし。

 解せぬ。


「まあまあ落ち着けって。ここに来た理由はそこじゃないだろ?」

「……むぅ」


 まあ、それはそうなんだけど。

 何となく煮え切らない気持ちをむくれさせた頬に乗せ、俺たちはマレンさんが言っていた空き部屋に足を運んだ。

 大きさとしては六畳あるかどうかといったところ。全員が何とか寝ることができるくらいだろうか。

 文字通りの空き部屋なので家具の類は一切存在しない。

 ひとまずその変については後で考えることにして、持ってきた着替えを部屋の端に置いた後に話を進めることにした。


「それで例のドラゴンは南の方に飛んで行ったんだが、そっちにはセレオーネがある。そんでクラウディア卿の助けが得られればとな。妹のマレンなら連絡手段があるんじゃないかと思ってな」

「あ、はい。これでしょうか……」


 マレンさんが肯定し、腰の巾着袋から取り出したものは、紛れもなく【念話テレパシー】のカードだった。

 俺はよかったと胸をなでおろしてしまったが、親父は一切動じることなく、事を次へ次へと進めていく。


「すまねえが、ちょっと貸してもらっても構わないか? 確か他人でも使えたよな」

「はい、構いませんよ。あ、ある程度魔力コントロールができる方なら、どなたでもお使いになれるはず……です……確か」

「そうか。重ね重ね礼を言うぜ。恵月、頼む」

「えっ!? お――私!?」


 急なご指名が来て、思わず大きな声を出してしまった。

 俺って言いかけたし……如何せん外に出ても事情を知っている人とばかり会っていたため、まだ自分のことを「私」というのには慣れない。

 この体で生きていくと心に決めた以上、それ自体に抵抗はないのだが……全部終わったら、ちゃんと慣らさないと。


「そりゃかける相手が相手だからな。お前の話ならまず間違いなく聞いてもらえるだろ? オレは魔力の扱いは苦手だしな」

「それは……まあ、そっか」


 マレンさんからカードを受け取り、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 そのまま精神をカードに集中させ、南へ飛んでいく電波のようなイメージを思い浮かべながら魔力を練り上げた。


「じゃ、じゃあ。いくよ」


 一応みんなの方へ確認を取り、練り上げた魔力をカードへ送り込む。

 すると――。


 ――トゥr


「ボクだよ妹よ! 君から掛けてくるなんて珍しいな!!」

「早っ」


 ワンコールも待たずして通話に出た、暑苦しくも懐かしい声。

 間違いなくラメール・ソル・クラウディアその人だ。


「ムッ! その声は我が妹マレンではないな! その声は……」

「あ、えっとわたs――」

「ンンン――ッ!! ェエルナッッッッッすわああああああああああああああああんッッッヌ!!」


 ……うるせえ。

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