5:11「ヒーロー?は遅れてやってくる」

 何で怒りが沸いて出てきたのか。

 一瞬それが理解できなかった。

 一瞬ののちに、それがグレィを傷つけたことに対するものだと分かった。

 グレィだけじゃない。視界を少しずらしてみると、近くにののも倒れている。

 俺が先の恐怖心に心を囚われていたうちに、形勢が逆転してしまっていたらしい。


 気が付いた時には、俺の右手にはいつもの杖が握られていた。

 術式を唱えた覚えはない。しかしそれだけに留まらず、力なく覆いかぶさるグレィをのけ、俺の体は敵の渦中に立っていた。

 動かないはずの体が、無意識のうちに動いていた。


 筋肉は普段、20~30%程度の力しか使われていないと聞いたことがある。

 脳が安全装置リミッターとなり、体が壊れない範囲で制御しているのだとかなんとか。

 今は抑えきれない怒りがそのタカを取っ払い、体を突き動かしている――のかもしれない。


「不思議だ。今にでも爆発しそうなくらい怒ってるのに、頭は冴えてる気がする」


 四肢と胴を射抜かれ、さっきまで俺がいた場所で気を失っているグレィ。

 すぐ近くで体を痙攣させながら倒れているのの。

 敵はヤマダを入れて五人。

 そこまで目で見たところで、弓による射撃が俺に向けられた。


「風よ風 逆巻き行くは我が為に ――吹き荒れ帰せよ!」


 詠唱と共に両手を左右に広げ、魔法を発動させる。

 【反乱の風ウィンドウォール・レヴィリオン】――風の障壁を作り、身を守る魔法であり、特定の攻撃を反射させる魔法。

 放たれた矢が風の壁へたどり着くと、矢の先端からぐるぐると風が螺旋を描くように纏わりついて行き、180度回転する。

 こうして敵の方へ向けられた矢は、俺へ放たれた時よりも勢い付き、そして凄まじい速さで以って射手の元へと帰っていく。

 跳ね返った矢は四人のうち三人に避けれらてしまったが、一人が脳天を射抜かれ、仰向けに倒れて逝った。


「そう簡単にはいかないか」

「糞雑魚がァ!! 何しやがったですかァ!」

「……うっさ」

「うう……える、にゃん?」


 ののが少し首を動かし俺の方を見た。

 先ほどよりは少し顔色がいい所を見るに、回復に向かっていると言うことなのだろうか。

 どうしてののがこうなっているのかは、体中射抜かれているグレィと違ってよくわからないが……それは後で聞くとしよう。

 とにかく今は、ここを切り抜けてグレィを一刻も早く看てもらうのが先決だ。


「える、にゃん……また、むぼー?」

「かもね」


 全く、本当に。

 どうして俺はこんな事にばかり巻き込まれるのか。

 ああ、冗談じゃない。


 さっさと終わらせて、こんな不運な体から解放されるんだ。


「でも、大丈夫。待ってて」


 後四人。

 弓が通じないと分かってか、奴らはそれを投げ捨て各々に構えだす。

 相手が魔法使いなら、とっとと間を詰めてしまえばいいということか。

 いたってシンプルだが、俺の前に立つ者がいない今、簡単に成し得る有効打だ。現に俺は近接戦闘において……特に物理的な戦闘においては無力。魔力を刃や火の玉に変えて放つだけの簡単なものなら咄嗟にできなくもないが、その程度で切り抜けられるとも思えない。

 いつまで体が動いてくれるかもわからないし、早々に決めなければ。

 雑念を祓っていられる、今のうちに。


 かといって……どうしたものか。

 俺の最大火力に値する【破弓ハキュウ業火槍ゴウカソウ】は隙が大きく、前に立つ人が必須。

 この場においては詠唱が終わる前に懐に入られて終わりだ。

 そして忘れてはいけないのが、エルフの魔法は精霊の力があってこそ。

 消費魔力が大きい分、威力もかなりのものなのだが……それも精霊から得られる魔力供給があってこそともいえる部分もある。

 この町は精霊の数がそこまで多いとは言えない。

 今の俺はグレィにかなりの魔力を持っていかれてしまったため、ガス欠寸前。

 使えるのはせいぜい中級を数発程度だろう。


 そう考えると、おそらく今使えるのは【猛火弾フレア・バレット】、【剛風刃】、【フレイムシールド】の三つ。

 【剛風刃】はその名の通り、術式を使わないでやるより強い風の刃。【フレイムシールド】は炎の盾。こちらは杖の先端から円形の盾を発現させるもの。

 どれも術式が短縮でき、即発動可能なものだ。


 大丈夫と言っておいてなんだが、大分心もとない。

 心もとない……が。


「できるかわかんないけど、試してみるか……!」

「さっさとってしまいますよォ!!」


 前後から、拳に魔力を帯びせた三人が襲い掛かってくる。

 ヤマダは何やら懐に手を潜ませているが、残念ながらそちらにまで気を配っている余裕はない。

 まずは目の前の敵から――だが、それならそれで!


「炎弾!」


 ヤマダに向けて【猛火弾フレア・バレット】を一発放つ。

 一人がこれを防ぐために位置を切り替え、両腕で以て受けて立った。そして残りの二人が前後から殴りかかってくる。

 交互に、絶え間なく襲い来る拳をギリギリのところで避け続けながら、もう一人が再度来る前にもう一発、同じ方向へ先程より少し強めの【猛火弾フレア・バレット】を撃った。


 テ族は炎に耐性でも持っているのか、先程一発を防いだ彼の腕は少し赤くなっている程度。しかしそれはグレィが炎を扱うことからして予想が付いている。

 同じように受けようと両腕を構えた直後、俺は来たる拳を【フレイム・シールド】で防いだのちに、着弾直前の【猛火弾フレア・バレット】へ手のひらを向ける。

 正確には、次に殴り掛かってこようとしている目の前の敵に。


 直後、【猛火弾フレア・バレット】は手を構えた男に着弾せず、ぐいんとUターンして俺の元へと戻ってくる。

 そして俺は小さく「風刃」と呟き、【剛風刃】を発動させた。

 Uターンした【猛火弾フレア・バレット】は俺の目の前にいる男の背中へ着弾し、驚く間もなく前傾に倒れ込むその首を【剛風刃】が切り刻む。


 これはコロセウムで俺が小ドラゴンを気絶させるためにやった散弾の応用だ。もっとも、あの時の方が数が多かった分大変だったのだが。


 首を飛ばし倒れる男には目もくれず、次の拳を避けようと体を動かす。

 しかし――


 ――ぐらっ。


「っ!!!」


 一瞬目の前が眩み、鳩尾に魔力の籠もったアッパーを受けてしまう。

 続けざまに右頬へのフックが襲い掛かり、俺の体は大きく体勢を崩した。

 辛うじて足を踏ん張り倒れるのだけは防いだものの、背後から迫るもう一人が俺の首へ右腕を回てくる。

 首への強い圧迫感と同時に、左手で頭を掴まれ身動きが取れなくなってしまう。

 俗にいう裸締めと呼ばれるもの。


 足掻こうにも男の力には到底及ばず、徐々に徐々に体から力が抜けて行く。

 目の前に迫りくる暴力的な表情と、辺りに充満した血の匂いが再び鼻をつき始め、意識もだんだんと薄くなっていくような気がした。

 ……時間切れだった。


「ム? おっと、チョット待ってください。そのままこっち向いてェ?」


 気絶寸前のところで、後ろからヤマダの声が聞こえてくる」

 指示通りに彼のいる方を向かされると、俺の目の前に歩み寄ってきたヤマダが、舐めるような目つきで俺の体を見つめてくる。

 そして俺の胸を嬉々とした、しかし狂気に満ちた表情で鷲掴みにしてきた。


「んぐっ!?」

「よくよく見てみればかなりの上玉じゃないですカァ! 殺す前に一度愉しんでおくのもいいかもしれませんねェ!」

「!!!!」


 ヤマダが何を言っているのか、理解したくなかった。

 しかし理解したくなくとも、理解してしまう。

 歪んだ笑みを向けてくるこの男が、憎くて憎くて仕方がなかった。

 目から涙が零れ落ち、体中が怒りに満ち満ちていた。

 その怒りと同じくらい、頭の中はこの先の恐怖で満ち満ちていた。


 何もできないもどかしさが相まって、両目から流れる涙が洪水のように溢れ出る。


「ヤ゛メ゛……ヤ、ダァ!!!」

「ハイハイ喚かないでください。二人とも、ちゃんと抑えてて」

「グ……ゾ……ぐッ!!!」


 手持無沙汰になったもう一人が俺の両手を掴み、二人の足が俺の両足を踏みつける。

 ヤマダはこれにうんうんと頷くと、俺のブラウスのボタン付近を両手で掴み、力任せに引っ張ってみせた。

 それによってボタンが飛び散り、ブラウスの下から俺の滑らかな白い肌と下着が露わになった。


「っ――――!!!」


 恐怖のあまりギュッと目を瞑ってしまった。

 ……が。


「……?」


 それから数秒間、次の行動が何もなく不思議に思ったところで、首と両手両足の拘束が解かれた。

 立つ力も残っていない俺はその場にへたり込もうとするが、膝が地面へ達する瞬間に、今度は別の力によって体が支えられる。


「大丈夫か!? そなたがエルナだな!?」

「……だ……れ……?」


 その男は、どこかグレィの面影を感じさせる、和装のおじさんだった。

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